二二話 奴隷、大海賊の秘宝を開く


 島に到着した時には日が落ちかけていたため、一晩明けてから上陸することとなった。


 そして朝。


「いくぞーてめぇらー!」

「アイアイサー!」


 ザッザッザッ


 半数を船に残し、バーソロミュ海賊団は宝を探しに島の奥を目指していった。


「ロビーナ。なあロビーナ。ロビーナ」

「顔色から分析すると、マスターの現在のテンションは98%です」

「地面が揺れてない!」


 久々の陸地に、俺は感動さえも覚えていた。

 気持ち悪くなるたびに、時間をかけて意味のない景色を眺め続ける必要はもう無いんだ。


 きゃっきゃっ きゃっきゃっ

 

 喜びのあまりステップしてしまう。ホップ、ステップ、ジャーンプ。


「ちっ。いつまでも遊び気分でいやがって」

「海に命を賭けてないやつは呑気なもんだ。役立たずが」


 はしゃぐ俺を見て、聞こえるように陰口を言ってくる船員たち。未だに彼らからの俺への殺意は尽きてない。それどころか長期間の航海からの披露でむしろその分ヘイト敵意を向けられてしまっている。


 なにをしてくれるか分からないため、用心しなければならない。


 しかし宝さえ発見してしまえば、そんな気苦労はもうせずに済む。早く見つけるため、ブラックハートにハッパをかけにいくことにした。


「ブラハ。ちょっといいか?」

「なに勝手に略してるんだてめえ」

「だって長いだろブラックハート」


 アリーに比べたら倍以上だぞ。


「ちっ。あんまり気安く呼ぶんじゃない」

「ところで半分も船に残してきてよかったのか? 小さい島だけど隅々まで探索したらこの人数でも一日じゃとうてい終わらない。多少リスクがあるとはいえ、もっと探索のほうに人数を割いたほうがよかっただろ」

「ふっ。甘いな」

「なにかあるのか?」

「よし。今から面白いものを見せてやろう」 


 クンクン

 唐突に、ブラックハートは犬のように鼻を嗅ぎだした。


 いったいなんだ?


 そう思っていた矢先、ブラックハートは刃先を右斜めに向ける。


「こっちだ。この先に宝がある」

「おぉー! さすがボスのスキル『盗賊の鼻ハンタードッグ』。宝の居場所が分かるんだ!」


 なるほど。

 ブラックハートが偉そうにしていたのも分かる。こと宝探しにいたってはこれ以上ない便利な技能をあいつは持っていた。

 そしてこのスキルがあったからこそ、わざわざリスクを背負ってまで人数を分配しなかったんだ。


 ブラックハートの導きに従って、全員歩を進めていく。


 やがて洞窟の手前にバーソロミュ海賊団は到着する。


「この気配。ダンジョンか」

「こんなところにもあったんだな」

「松明を点けろ。奇襲に備えて油断するな」


 慎重に準備をしてから、俺たちはダンジョン内に入った。

 

 ゴッゴッ

 中は形状も大きさもバラバラの岩だらけで、まるで未開の山中を移動しているかのように歩きにくい。無人島だったはずなのになぜか石畳で聖地されていた前回探索したダンジョンと比べると、実に荒んでいて本物の洞窟のようだ。


 キュッ、と一番前にいたブラックハートが急に足を止めた。


「まずいな」

「どうした?」

「二手に別れている」


 先を見ると、同じような道が左右に伸びていた。


「さっきみたいに匂いで分からないのか?」

「はー。ほんとにガキは分かってねえな。素人はこれだから」


 俺が言うと、船員たちは一斉に溜息を吐いた。

 悪かったな素人で。


 呆れる部下たちの後ろで、ブラックハートは口を開く。


「ダンジョンが異空間なのは知っているな?」

「そうなのか!?」

「そうなんですね。レポート中……レポート中……」

「ダンジョンでは、移動のルールがぼくたちが普段過ごす外とは違ってる。ぼくたちが前に進んでいるつもりでも、実は下に落ちていたりするんだ。つまり匂いで位置が分かっても、その方向に歩いているはずが全然別の行き先に向かっている可能性があるということだ」

「知らなかったそんなこと」

「冒険者の中では常識だ」


 一度攻略しただけで、ダンジョンを侮っていた。俺は集中して、緩んでいた身を引き締めさせる。


 ヒュー

 唐突に、ブラックハートは口笛を吹いた。


「なにかいいことでもあったか?」

「別に……ただ、腑抜けてた誰かさんがいい顔になったなって」

「褒められているのか馬鹿にされているのやら」

「ロボは皮肉が苦手なため、誉め言葉と解釈されました」

「そんなススクに、ついでに右の道へ行く班長を任せたいと思う」

「はぁあああ!?」


 驚く船員たち。俺のほうが驚いている。


「道先は二つ。ならばぼくたちも二手となって進めば、確実にウィリアムの宝を手に入れられる」

「……なら、しょうがないか」

「ボスの命令なら従うしかねえ」

「えっ?」


 一度は動じたものの意外に聞き分けのいい船員たち。

 どうしたいったい? おまえらさっきまで俺を殺そうとしてたくせに。


(まあでもこれが普通か。さすがに船長の言うことならこいつらも聞くか)


 俺は意外にまともな海賊たちの行動に、感心して少し親しみを覚えた。


 誰も異論がなかったため、スムーズに人員は分けられた。

 

 ロボ電灯ロビーナズ・ビームで暗い道を照らしながら前進する。


「ススクさん。ちょっといいですか?」

「なんだ?」

「気になるところがありまして」


 船員のひとりが声をかけてきた。さっきまで小僧だの役立たずだの言われたのに、ブラックハートの一声でこんな丁重に扱われるとは。

 段々とやる気が湧いてきた。海賊は好きじゃないが、ここの宝くらいは取らせてやるか。


「ここなんですけど?」

「この光ってるところか」

「はい」

「ロビーナちょっとこっち来てくれ」

はいロボ

 

 岩の集まっているところを掘る。意外にも柔らかく、どんどん穴が深くなっていく。しかしほんとに柔らかいな。まるで壁というよりは、なにかを埋めてるような……


 カチッ


 落とし穴が開いて、シュポーン、と俺とロビーナは底まで落とされた。


「なんだここは?」

「がははは。引っかかてやーんの」

「ほんと力だけでおつむのほうはただの馬鹿だな」


 見上げると、海賊たちが俺を指さして嘲笑していた。


「どういうつもりだ?」

「ボスにちょっと気に入られたみたいだけどよ。おれたちはてめえみてえなのと一緒にいたくないんだよ」

「絶対、別れたら恩も忘れて通報するだろ。だからその前に殺す。正当防衛ってやつだよ」

「だからボスと同じ【盗賊シーフ】のおれが、スキルを使って発見した罠におまえをはめたんだよ」


 どうやらこいつらをわずかにでも信じた俺は言われた通り本当に馬鹿だった。


 だけど仕方ない。

 今はすぐにでも脱出して、罠の脅威から逃げねば。

 

 ガクン

 

「あれ?」

「マスター。ロボ動けません」

「がははは。どうやら一番きついやつのようだな。そこは無力の間。どれだけ強かろうが、そこにいる間は力が無くなっちまう」

「じゃあ、こいつで終わりだ」

「なっ」


 数人がかりで運んできた岩を落としてきた。


 ゴロゴロゴロゴロ!

 穴を丸々埋めるほどの岩が勢いよく俺たちの元に転がってきた。






「ん?」

「どうしましたボス?」

「いや。なんでもない。先に進むぞケスラー」


 ふいに悪い予感を感じ取ったブラックハート。

 一度立ち止まった彼だが、振り返って先に進む。


「ボスー」

「おまえたち来たのか。そうか。ここは合流地点か」

「はい。なんとかボスがいなくてもみんなで頑張ってきました」

「……ススクはどうした?」


 二手に別れた船員たちが別方向からやってきた。

 彼らはブラックハートの質問にバツの悪い顔で答える。


「それなんですが……」

「あのガキ。やっぱり海賊なんかに付き合ってられるか―って女と一緒に帰っちまって」

「このダンジョンをか?」

「はい。とんだ馬鹿ですよ」

「そっか」


 報告に、一言だけ口にするとブラックハートは歩き出す。


「えっ? それだけですか?」

「宝を前に逃げ出したあいつを殺しにいかないんですか?」

「本人の言う通り、あいつは海賊じゃない。だから、それでもいいんだ……ぼくたちは元々、交わるような人間じゃないんだよなススク」


 眼帯を抑える。

 少し緩んでしまったベルトを、ギュッと締め直す。


 それからブラックハートたちはダンジョンの最奥を再び目指した。


 罠にモンスター。

 力は足りないが、財宝探しという高いモチベーションを保つ目的と培った技術で様々な過酷な障害を乗り越えていく。


「これが、キャプテン・キッドの秘宝」


 スキルのおかげで、目の前の煤けた木箱が宝が入っている箱だと分かった。

 すっかり古ぼけていて、町中にあれば廃棄予定の物かなんかだと勘違いしてしまう。


「こんなのがね……あれ? 開かねえ」

「堅っ」

「ボス。お願いします」


 盗技スティールスキル鍵開けキーブレイク


 ガチャッ

 盗賊のスキルで男たちが無理やりこじ開けようとも壊せなかった箱が一発で開いた。


「おお! さすがボス!」

「ボスすげえ!」

「おいおい。中はなんだ? 海賊たちの願いを叶える物ってのは?」


 シュゥウウウ

 宝箱から煙のようなものが噴きあがると、一瞬で海賊たちを包んだ。


「ゴホッゴホッ。なんだこれは……えっ?」


 咳をしながら自分が甲高い声になっていることに気付いたブラックハート。急いで両腕を見ると、細くなって爪が伸びていた。


「まだ昼間だぞ? なんでアリーになってる?」

「ボ……ボス……」

「み、見るな! おまえたち、ぼくを見るんじゃない!」


 えっ?

 パニックになっていたはずのブラックハートは、船員たちの姿が視界に入ると言葉を失った。

 

 煙が去る。

 

 そこにいた船員たちは身体の色が不自然なくらい青黒くなっていて、目がギョロっと浮き出ていた。そして以前はなかったはずの牙が生えていた。


「おまえたち、いったいなにがあった?」

「イヒヒヒ!」

「気持ちいいよぉおおお。お肉食べるのうまいよぉおおお」

「女がいる! ヤらせろ!」

「うわぁあああ」


 船員たちはアリーになったブラックハートに迫ってきた。

 

 思考する前に、ブラックハートは本能で逃げていた。

 船員たちの寒気のする狂気に、部下を慮る気持ちや宝への執念などはかき飛んだ。今はただひたらすらあいつらから逃げねば。


「ぼくはブラックハートだ!」

「女女女! ボスボスボス! ボス女女女女女!」

「イカれやがって!」


 追いつかれそうになったため、シュパッ、と投げナイフを飛ばした。

 見事足首に命中したが、


「ハアハア……ヤらせて」

「ひぃいいい」


 痛みを感じる暇すらなく走り続け、ブラックハートは組み敷かれた。


「ケスラー。正気に戻れ!」

「女女女」

「ぼくは童貞処女だぞ! テクニックなんて全然なくて」

「うおぉおおおお!」


 興奮して咆哮する船員。

 ブラックハートはこれからされることを自覚して、恐怖で身を竦ませる。口をガタガタと震えさせながらで懇願をする。


「や、やめて」

「へっへっへっ」

「おっ、おねがいですから」

「ひょぉおおお!」


 しかしてその涙は、狂った船員にとって状況を引き立たせる極上のスパイスだった。アリーの唇を奪おうと、顔面を一気に近づける。


 バキィィ!


 突然、吹っ飛ぶ船員。怯えているアリーの隣には、既に男が立っていた。


「――こんばんは。待った?」


 パルタ・トラキがそこに現れた。

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