二一話 奴隷、海賊の秘密を知る
「おまえ。なんで」
「……」
黙り込むブラックハート。とはいえ聞かないわけにもいかないため、俺は説明を求めようとする。
ガチャ
「!」
「ふわぁ~もう朝か~。最近はやけに早く感じる」
「ボスはどこだ? 夜の見張りのはずだけど」
「最近はずっとボスだものな。あの人いったいいつ寝てるんだか? さすがおれたちとは根本的に体が違うねー」
朝になって船員が起床し、ワラワラと甲板に集まってきた。
サッ、と俺の後ろに隠れようとするブラックハート。もしかしてこのことを他の海賊たちは知らないのか?
船員たちが俺たちの元へやってくる直前、俺は物陰に向かって叫ぶ。
「ロビーナ!」
「了解」
「うおっ。あの化け物の女だ」
現れたロビーナは顔面に白粉を塗って
「パンパカパンパンパパンパン」
「な、なんだ。いきなりリズムをとりはじめたぞ」
「船を漕いでるかと思っていたら~」
「なにか言い出した」
「全て夢でした~」
「……」
「コワーイ!」
「……」
船内が静まり返った。
起きかけでだらしない姿を晒していた船員たちも揃って真顔になっていた。
「
「なるほど。全てを別の言語にするとオール。船を漕ぐのはオールだからそこに繋げたんだ」
「じゃあ夢ってのは、船を漕ぐが睡眠の比喩表現にも使われていて。眠る=夢を見てるってことか」
「たしかに、今のこの状態が夢かと思うと怖いな」
「おもしれー。嬢ちゃんもっと見せてくれー」
ロビーナの披露した芸に、船員全員が注目する。
実はロビーナは、ずっと俺たちを物陰から見ていた。
俺も最初は気づかなかったのだが、そういえばあいつ島を出て元気を取り戻してから睡眠を必要としていなかった。俺に危険がないかと夜はずっと監視の目を光らせているらしい。
一緒にいればいいのに、と誘いもしたのだが「主人の異性との逢瀬の時間を邪魔するプログラミングはロボにはなされておりません」と返ってきた。別にそういうことじゃないのに、と否定しても譲らない頑固者め。
この隙に。
俺はロビーナが船員たちの目を集めてくれている内に、開いてた扉から船の内部へ駆け込んだ。
「ここなら、しばらく安心だろう」
「……」
渡された俺の部屋に入った。
ここは今まで俺とロビーナ以外の人物が訪れたことはなく、身を潜めるには持ってこいのはずだ。
「で? どういうことなんだこれは」
「呪いだよ」
「なに?」
「ぼくは夜の間だけ女になる呪いをかけられたんだ」
呪いとは一種のバッドステータスだ。
その内容は軽いものから重いものまで様々で、ともかく一度かけられてしまったその通りに行動してしまう。
「この前の冒険の時、宿に使っていた村の女にかけられたんだ。解除させようにも、姿をくらませて他の村人も女の居所どころか存在すら知らなくて」
「そんな女がいたとは……でも本人がいなくても【
「ぼくは海賊だぞ。賞金首にもなってるし、教会になんて行ったら即投獄だよ」
「それもそうか」
「これも自由の代償ってやつだよ」
「ただの悪党の因果応報だろ」
「ふんっ」
ブラックハートは不機嫌そうに顔を背けた。俺は眼帯が気になってつい言ってしまう。
「ところであんた、眼はいったいどうしたんだ?」
「あぁ。それか」
日焼けした肌に黒髪。赤目とタネが分かった状態でよく見てみればアリーとブラックハートの特徴は一致していた。
なのに一切、俺が全く二人の間に関連したものを感じなかったのは眼帯の存在が大きい。
スポッ
ブラックハートの眼帯の下には、右目と同じく赤い眼球が残っていた。
「見えるのか?」
「おうとも。視力になにも問題ない。実に健康だ」
「じゃあなんで眼帯をしていたんだ?」
「箔付けのためだよ。ぼくはよく舐められるからね」
船を持った際、部下からも軽んじられていたらしい。
船長としての威厳を持つため、冒険で名誉の負傷をしたことにして隻眼を演じていたそうだ。
確かにブラックハートは小柄で、顔つきも眼帯をとった状態で観察すると少年そのものだ。ひょっとすると俺と歳も近いかもしれない。
話を聞いたうえで、疑問が湧いたので続けて投げかけてみることにする。
「そういえば、なんで俺に優しくしてくれたんだ?」
「はあ?」
「アリーでいる時の話だよ。あんたの部下ども俺を殺そうとしてたじゃないか? なのにその親玉はなんで見逃してくれるどころか、初対面の時に船酔いの対策を教えるなんて親切なんてしてくれたんだ」
「そ、それはだな」
ああクソ。
女装したまま船長は暗くなって頭を抱える。
「あの状態になると、つい男に優しくしちまうというか」
「ほう」
「いつもならムカついたら怒鳴りつけたりぶん殴るんだけど、困っている姿を見かけると世話を焼きたくなる。逆に女には興味が薄れて、いや好きではあるんだが、こういつもと違ってただ仲良く喋りたくなるだけになる」
「へぇー。そんなまともになるなら、いっそずっとアリーでいたほうがいいんじゃないか?」
「ふざけんな! ぼくは男だ!」
「のわりには、女の時の随分ノリノリだったじゃないか」
「うぐっ」
まるで心臓を矢で打ち抜かれたかのように胸を抑える。
「胸元チラ見せしながらお姉さんがいいこと教えてあげる♡とか俺と目を合わせてお姉さんの眼はどうかな? 綺麗? とか秘密は女の宝石箱よとか。だいたい一回、その男の状態で夜に会ってその直後にアリーになって話しかけてきたよな。あれはいったいどういう気持ちだったんだ?」
「そんなこと言ってないし! 胸元は見せてない! 気持ちについてはその……ぼくだってよく分かんない」
ブラックハートは、しょぼんとうなだれる。
さすがにからかい過ぎたかと謝ろうとすると、なんと目の前でガリガリと爪を噛み始めた。
「あの女は見つけたら絶対に首を撥ねて、裸を晒して見世物にしてやる。だけどその前にまずはこの不便な体をどうかしないと。そのためにウィリアムの財宝を早く探し出さないと」
「その宝というのは、解呪をするための物なのか?」
「地図の裏を炙ると、こんな文字が浮き出てくる。『海賊たちの願いを叶える物』」
わーわー
甲板が騒ぎになっていた。とりあえず俺の服を着させて、ブラックハートと部屋を出る。
「いいのか?」
「俺が裸でも誰も気にしないが、あんたがあんな格好したままだと部下たちも驚くだろ」
「……礼は言わんぞ」
俺に表情を見せないようにしながら、ブラックハートは一足先に太陽の下にまた姿を出した。
「どうした?」
「あっ、ボス。いったいどこに行ってたんですか?」
「どこだっていいだろ。ともかくなにがあってこんな騒ぎになってるか教えろ」
「あれですよ」
船員のひとりが指さす先には、髑髏の岩が目立つ島があった。
そこは、キャプテン・ウィリアムの秘宝が眠ると地図に書かれた場所だった。
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