END② 海に生きる道


 アリー(ブラックハート)と出会ってから数年後、とあるダンジョンにて。


「ついに見つけたぞ」

「ああ。これで――」


 宝箱を前に、俺とアリーは顔を見合わせる。


「――ぼくの呪いが解ける」




「ススク副船長。ボスはどこにいますかー?」

「あいつならもう寝たよ。報告は俺が聞こう」

「アイアイサー。先月手に入れた金塊の配分で相談があって……最も貢献したロビーナ様が……」


 あれから俺は結局海賊になった。

 略奪……放火……犯罪になることは全部やったかもしれない。あの日死んだ家族たちにはとうてい顔を見せられなくなってしまった。

 おそらく死後落ちるのならば確実に地獄ヘルヘイムだろう。体を八つ裂きにされて、指先から火炙りにされていく。


 だけど、こいつとなら俺は永遠の苦しみという罰を受けてもいいと思った。


「行ったぞ。もう出てきてもいい」

「……」

「どうした? 不満げな顔して」


 布団から出てきたアリーは美人が台無しなくらい眉間に皺を寄せて、顔面を崩していた。

 

 なんでさっきまで上機嫌だったのにここまで怒っているのか?

 分からずに首を傾げると、口を尖らせたまま心情を漏らす。

 

「リーサ……あいつ、可愛いじゃん」

「まあ。そうだな。見た目はいい。中身も勤勉で、海賊じゃなくてもやっていける」

「うぅぅ」

「な、なんで?」


 いきなり泣き出すアリー。滅茶苦茶かわいいが、今はそんなことを言うより原因を調べて慰めなくちゃならない。

 

 ガタッ

 

 おっと。

 アリーはベッドから飛び上がると、俺の胸をポコポコ叩いてくる。


「ぼく以外を褒めるなよぉ。部下を認めてくれるのは嬉しいけど、そういう認め方はすんな」

「あーそういうことか」

「絶対あいつススクのこと好きだよ。なんか距離近いし。話してると妙に嬉しそうだし。そんで、おまえも楽しそうだし」

「いやまあ素直な部下を持つのは、とても喜ばしいことだからな。だけどなんでそこまで分かる? 女の勘ってやつか?」

「ぼくは男だー!」


 叩くスピードが上がる、と思いきやなぜか逆にそこでアリーの手は止まった。


 アリーは机に保管されている果物へ目線を寄せる。


「全てを治す果物アマンアヴラッハ」

「ああ。ずっと俺たちが求めてきた宝だ」


 その銀の果実は万病を治癒する。その対象は呪いにまで及ぶとされる。


 三年前、その噂を聞きつけたアリーは舞い上がるほど喜んでいた。

 そのはずなのに、宝を目の前にした今では不思議なほど平静を保っていた。見つけたら泥まみれでもすぐに食べると言っていたのに、ロビーナが洗ってやっても口にしなかった。

 

「……」


 スッと膨らんでいた頬が萎んで真顔になったアリー、

 彼女は部屋の出入り口に向かう。


「いいのか? その姿で外に出て」

「今夜の見張りはぼくだ。今はもうみんな寝てるさ」


 ガチャ

 彼女は夜を背に、手を俺へ伸ばす。


「だから久々に、踊ろ」


 男たちは荒波に揉まれ~♪ 嵐をも恐れず進む~♪


 歌と波に合わせて、ステップを刻む。未だに社交ダンスしかできない俺にアリーは合わせてくれる。


「懐かしいな。出会った日みたいだ」

「会った日は踊ろなかっただろ」

「そうだっけ?」

「はぁ~ほんとてきとうなんだから」


 溜息を吐くアリー。でも、すぐに顔を綻ばせる。


「だけど、それだけ長くいたってことでもあるか」

「いいこと言うね」

「ちなみに、最初に会った時はぼくは船酔いして困ってるおまえに醒ます方法を教えてやったんだよ」

「あー、あれか。助かった」

「あれから色々あったな……」


 台風ワニとの遭遇。海中都市への冒険。コーラノンアルコールワイン海を飲み干す。


 様々な出来事と思い出が記憶の中から呼び覚まされる


「最初はマストを下げることさえできなかったのに、今はほんと立派な海の男になって」

「覚えなくてもいいこともいっぱいあったけどな」

「一緒に地獄に落ちてくれるんだろ?」

「ああ」


 頷く。

 その瞬間、アリーは足を止めた。


 ……


 歌声もなくなって、波の音だけが聞こえる。アリーは思いつめたように言ってくる。


「本当にずっと一緒にいてくれるのか?」

「どうした急に?」

「だってぼく、これからはずっとブラックハートなんだぞ! あの梨を食べたらアリーはいなくなってしまうんだ!」

「……なんだ。そんなことか」

「えっ?」


 アリーの元気がない理由を知って、俺は逆に安心した。


 そんな原因だったら気にすることないのに。


「大丈夫。俺とおまえの仲だぞ。だいたいそれが嫌だっていうんなら、最初から手伝っちゃいないさ」

「じゃあ――」

「ああ! 性別なんて関係ない。俺たちは永遠に親友だ!」

「……」


 あれー?

 

 予想していた反応と食い違って、戸惑いを隠せない。おかしいな。これで握手で友情を誓うはずだったのに、アリーはあからさまに意気消沈している。

 というか目が死んでいる。瞳から光が失われた。


「……もう帰る」

「えっ? ちょっと、おい」

 

 トボトボと船内へ戻るアリー。俺が呼びかけても決してその足は止まってくれなかった。


 


 翌朝。

 集めた部下たちの前で、アリーは高々に言い放つ。


「この梨は売る! 取り分は全員に山分けだ!」

「まじっすか!?」

「その宝はずっとボスが欲しがってたものじゃ」

「いいからぼくが売ると決めたら売るんだ。だから予定変更して、近場の港に寄るぞ」


 突然の変更だが、船員たちからすると報酬がもらえるならそれに越したことはない。

 誰の反論もなく方針は決まり、船は進む方向を変える。


「どういうつもりだ?」


 呪いの正体を知っている俺は、さすがに訳も分からず理由を尋ねる。


「言った通りだ。こいつは食わずに金にする。万病の治療薬なんて貴族にも欲しがるやつは山ほどいるだろ。せいぜいボッたくってやるぜ」

「おまえ自身の呪いはどうするつもりだ?」

「このままでいい。ぼくはずっと呪われていく」

「なんだって!?」


 ずっと呪いを解きたがっていたはずなのに、この変わりようにはさすがに驚く。


 この急な心変わりはなにがあったんだ?


 困惑する俺に、アリーは他の誰にも聞こえないよう耳打ちする。


「ぼくは海賊だ。だから――」


 欲しい物は全部この手で奪うのさ。

 友情でも恋愛でも足りない海賊は両方を手に入れることにしたのだった。

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