九話 奴隷、農業をする


 サクッサクッ


「フゥー。これでいいか?」

「はい。ロボ充分だと思います」

「しかしこんなに大変だとはな。畑作り」


 奥の宝箱を入手した俺たちは、ダンジョンから脱出してベースキャンプに戻ったのだが、そこからまた30分以上歩いた場所に今はいる。

 

 最初は洞窟の前でてきとーに豆を栽培しようと思ったのだが、ロビーナ曰く、そこは畑に適してないと場所探しから始めることになった。

 結果、樹林を歩き回ってようやく見つけた場所がここだった。

 

 雑草は土の栄養を吸い取ってしまうため抜く。高い樹は日差しを遮るため切る。魔物の侵入と塩害を対策する囲いを作る。

 

 ここまでしてようやく土に触れられた。


「えーと。それでなんで、俺たちは鍬を振らなきゃいけないんだっけ?」

「マスター。ロボが説明したのにひょっとして忘れちゃいました?」

「悪い。よかったらもう一度、頼む」

「当然いいですよー。しかしマスターにもおっちょこちょいなところあるんですね。かわいいです」

「うるせえ。御託はいいからさっさと説明しろ」

「はい。では説明しますと、土を耕すことで固まっていた土が細かくなります。すると空気が入りやすくなって、その空気で土中のマナの活動が活発になるからです」

「マナって?」

「自然由来の魔力のことです。対して、人間や生物が持つ魔力はオドと呼ばれています」

「ふむふむ」

「その他にも水はけを良くしたり、肥料を馴染ませやすくなります」


 土を摘まんでみると、耕す前より柔らかくサラサラとしていた。話を聞いている内に思い出したが、この状態が団粒構造といって、だんご状になった大小の土の塊がバランス良く混ざり合っていて、適度な隙間がたくさんつくられているらしい。こうなった土壌こそが、最も畑に適しているそうだ。


「ではマスター。次は肥料です。作物たちに栄養をあげましょう」

「肥料か。聞いたことはあるが、どうやって作るんだ?」

「魔物の糞を集めてきてください」

「フン!?」

「マスター。糞を知らないのですか? じゃあワードを変換しますね。ウンコです」

「ウンコ=糞なのは分かっているよ!」


 そうじゃなくて、フンを集めろってのが。


「無理。王子、無理」

「大丈夫ですよ。汚れたら洗えば病気にもなりません」


 石鹸を取り出すロビーナ。

 風呂をより快適にするため、この島の植物から油脂を抽出して作ったのだ。


「そうだけど……そうだけどさあ……」

「別にロボはやめていいですよ。マスターの命令が第一優先です」

「いや。ジョニー豆はできることなら増やしたい……」

 

 この島に来て学んだことだが、結局は生きるうえで一番大事なのは強さだ。強ければ外敵からも身を守れるし、獲物を狩って食料にすることもできる。

 

「……仕方ない。やるか」

「当然ですが、ロボも手伝いますよ。じゃあ……ウンチ集めにいきましょう!」

「女の子なんだからあんまり下品な言葉遣いしないの」

 

 こうして始まったフン拾い。

 最終的に、島中のありとあらゆる魔物のフンを集めることになった(さすがに素手は抵抗があったため、葉っぱで挟みながら拾った)。

 集団を組む習性のある魔物周辺はいいポイントだったが、その分、危険も付きまとっていて、探知されて襲われることも何度かあった。「うんこが欲しいだけなんです」なんて言い訳は当然、受け入れられなかった。

 一番キツかったのは飛行を行う魔物たちのフンで、崖の途中に巣を作っている種族のものがとりわけ大変だった。

 

 だが苦労したおかげで、今、俺の目の前にはうんこの山があった。


「いや。おかげじゃねえよ。クサい。クサい。クサい」

「マスターありがとうございます。では早速、これらを肥料に変換しましょう」

「このままじゃ駄目なのか?」

「はい。本来ならば時間をかけて発酵させなければ、悪しきマナが植物を腐らせてしまいます。ですがロボの農作機能を使うと……」


 ロビーナが発光した手をかざすと、フンの山に変化が訪れていく。


 オエッ


「もっと……クサくなって……」

「これで変換完了です。それでは、これらを土に混ぜましょう」

「なんでおまえ……平気……なんだ……?」

「現在のロボは、人間の嗅覚に近しい性能を持つセンサーをOFFにしています」

「ズルい……」


 遠のきそうな意識をなんとか抑えながら肥料を土に埋めていく。あとは土を寄せて立てた畝に、ジョニー豆を埋めてようやく畑の完成だ。ジョニー豆とはダンジョンの宝箱にあった豆のことだが、名称がないため付けた。

 ジョニーと豆の天空樹という民話があり、ジョニーという少年がある魔法使いからもらった豆を育てたら天まで届くほど育ってしまったという話なのだが、そこからちょうだいさせてもらったのだ。


『獲得経験値上昇(F)』


 スキル欄にはこう書かれている。念のため、豆が育たずに腐ってしまった場合のことを想定して、三個ほど食べておいた。どうやら一個につきスキルランクが一ずつ上がるわけじゃなく、必要な個数が増えるらしい。

 

 さて、どこまで上昇できるか。

 期待半分、心配半分の気持ちのまま今日は床についた。




「うおー! ものすごい数の実がなってるー!」


 三か月後。

 ツルに覆われて緑一色になった畑。中心には木が立っていて、複数の房がなっていた。


「花も咲いてます」

「ここにくるまで、めちゃくちゃ苦労したな」


あれだけ忙しかった準備も、準備は準備。

そこからも毎日が大変だった(水やり、追肥、支柱立て、害虫とり、etc……)。植物なんて水だけまいとけば育つって認識だったが、それがどれだけ甘いことだったのか。


喜びで、涙が出そうになった。


「マスター。できました」

「おぉ。美味そうだ」


 収穫した分を、ロビーナが料理してくれた。


 茹でた豆の中心に、ミルクバードの半熟卵が置かれたシンプルな一品。卵を割って、とろりとした黄身を豆と混ぜながら食べる。

 熱を加えたことで甘味が出た豆とチーズにも似た風味の卵がよく合った。


 ガツガツ


「ごちそうさま。今日も美味かったぞ」

「ありがとございます。それでマスター、変化のほどは?」

「そうだな。そっちが本命だったな」


 あまりに栽培の成功が嬉しくて、ついつい忘れてしまっていた。


 どれどれ?


『獲得経験値上昇(S)』


 ……めちゃくちゃ上がったな。

 いやまあすごい数増えたし、美味しくて特盛でおかわりもしたけど。


 びっくりし過ぎて立ち上がる。するとお知らせが、更新するのだがそれで目が飛び出すほどさらに驚いた。


《立つのに成功した》

《レベルが100上昇します》


「はぁあああ!?」


 実はここ最近、停滞していたレベルアップ。

 そのはずが、これまでの危険な魔物との戦闘が、馬鹿らしくなるほどの膨大な経験値が立っただけで手に入ってしまった。

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