十話 奴隷、つかの間の平穏に安らぐ

「ふんっ」

「ぎょわぁああ!」


 畑を荒らしにきたグレートボア大荒猪を、石を投げて倒した。


「こらっ。今度来るようなら、怒るって忠告したでしょ」

「……」

「死んでしまったか。申し訳ない」


 最近、ジョニー豆による急激なレベルアップのせいで力加減に狂いが生じることが増えた。グレートボアはオロチと同じランクの魔物で、この島に来たばかりの俺では一方的に殺されるしかなかった存在だったのに。


 追い払うだけのつもりだったのだが、仕方ないので夕飯の材料にすることにした。


「マスター。カスタードカボチャの栽培、成功していました」

「ご苦労。こっちのジャイアントマトも無事だ」

 

 あれから豆以外の栽培もできないのかと考え、島中を探すといくつもの作物の種があった。

 

 結果、今ではジョニー豆以外にも5種類の野菜を栽培している。


 サッカーボール並みの大きなトマト。

 綺麗に赤く実っている。


 ガブリ


 むしって噛むと、ジューシーな汁が口から溢れんばかりに出てきた。乾いた喉が潤い、内臓までトマトの旨味で満たされる。こんなに美味いんだから、そりゃ魔物も食べにきたがる。


「ボアを討伐したんですね」

「ああ。せっかくだから食べようと思うんだが、なにか作れるか?」

「そうですね。レシピ検索中……検索中……ありました」

「なんだ?」

「カレーにしましょう。漂流物で発見したスパイスが余っていますので」

「おお! カレーとはいいな!」


 育てた野菜たちがひとつの鍋で煮込まれ、スパイスという指揮の下、混然としつつもまとまりのある味が出来上がる。想像するだけでも、よだれが垂れそうだ。


(……平和だな)

 

 この後の予定は風呂に入って汗を流し、食事をし、日が落ちたら眠る。


 魔物からの襲撃や津波などの自然災害、飢えや渇きに怯えていた頃とは大違いの日々を過ごしている。


 あれから苦戦するような強い魔物にも遭遇していない。ましてやレベルも格段に高くなっているため、この島ではもう敵なしの状態だ。食物も農作による安定供給がなされていて、明日の心配をすることもなくなった。


(ここに至るまでの苦労があったとはいえ、今、俺は幸せだ)


 生きる。

 そんな俺の望みは充分満たされた。


 この時間が永遠に続くものばかりだと、この時の俺は思っていた。




 ――真夜中――


 ほんの一部を除いて魔物の活動も行われなくなり、無人島全体が静まりかえっていた。

 月が雲によって隠され、一切の光のない本当の暗闇が訪れる。


 デ……メ……ル……


 そんな中、蠢く生物が一体存在した。


 は、まるで毛虫のようだった。

 は、まるで針鼠のようだった。

 は、まるで雲丹のようだった。


 人間の耳では聞き取れない化鳥のような鳴き声を響かせた後、は動いた。


 テ……ル……


 物凄い速度だった。だが本当に恐ろしいのは、その速さにも関わらず音もなく地面や木を這うように移動しているところだ。


 この奇怪な生物が向かう先には、魔物の群れがあった。


「パアアアウ」


 種類もバラバラの魔物たちが、キラーグリフォンの下に集っていた。

 彼は夜行性の魔物を束ね、この島の夜の王として君臨していた。その実力は昼も含めたこの島の魔物の中では一番で、逆らうものは誰もいなかった。


 今夜、グリフォンたちが集まったのは畑から作物を奪うためだ。


 ルールのない野生では、見つけたものは誰の持ち物でもない。もし邪魔するものがいたら、殺してそいつも食うだけだ。自分たちからすれば知らない間に勝手に生えた大量の野菜なんてもの、狙わない理由がなかった。


 キラーグリフォンは仲間たちに号令をかけて、畑に向かう。


「パアア――」


 途中から鳴き声は消え、グリフォンの首から上も消失した。


 グチャ、グチャ


 魔物たちの中心に降り立ったは、血の糸を引かせながら口を動かす。その内、の体から牙と嘴が出現した。


 ……デ……テ……ル……!


 自分たちのどの特徴にも当てはまらない謎の襲撃者に、ボスがやられたにも関わらず怒りもせず困惑して怯える魔物たち。

 気付けば、三体の魔物の肉体の一部が闇に消えていた。

 

 ぎゃぁあああ!


 一斉に逃げる魔物たち。凶暴さの片鱗は既にどこにもない。阿鼻叫喚の中、は光のない空へ鳴いた。




 ――現在――


 ゴゴゴゴゴゴ


「なんだこれ?」


 山が動いている。

 いや正確には違うのだが、その巨大さは山と見間違うほどだ。


 強いて例えるならば、ゴミ山なのかもしれない。


 腕、爪、牙、触手、脚、目玉、羽、鱗。

 数えきれないほどの魔物の部位が集合してひとつの塊となって島を移動していた。


「こいつは、魔物なのか?」

 

 キマイラ混合魔獣という複数の魔物の特徴を有した魔物の存在は聞いたことがあるが、それとはおそらく別だ。あの魔物らしきものにとって、手は手でもなく足は足でもない。その巨体を飛ばすほどの力はない小さな羽を地面に擦りつけて進んでいる。

 その異常な姿は、既存の生物とはかけ離れていた。


「解析不能。マスター、正体不明の存在を確認です」

「おー起きたのか」

「はい。ロボ再起動しました」


 最近、ロビーナの調子が悪かった。

 以前なら睡眠を欲していなかったのが、今では俺より早い時刻に寝て、遅い時刻に起きるようになった。

 本人曰く、バッテリー残量が少ないのが原因と言っていたが。


「俺にはよく分からないけど、今日は大丈夫そうか?」

「はい。ロボ問題ありませんマスター」


 ズズズ


 話していると、巨大生物は移動先を変えた。


「こっちに向かってきている?」

「どうやらそのようです」

「やばい! 逃げろ!」


 メ……デ……


 グッシャングッシャングッシャン、木々を踏み潰しながらこっちに向かってくる。


(まずい! まずい! まずい!)


 遠くからだと、一見、緩やかに動いているに見えていた。しかしその実、こちらの移動速度よりも素早い加速。津波の如き横幅もあり、このまま横に逃げても回避しきれない。

 

 ドシャーン!


 さっきまで俺たちが住んでいた洞窟が轢かれ、ペシャンコになった。


「……危なかった」

「ギリギリでしたねマスター」

「助かった。ロビーナ」


 ぷわんぷわん


 ロボ浮遊ロビーナズ・コプター

 新機能によって浮いたロビーナにしがみついて、ギリギリ空中への回避をしていた。

 

「例の地点へ行ってくれ」

「了解」


 恐ろしき魔物。いや魔物でもないのかもしれない異形。

 正確な強さは分からないが、間違いなくこの島で戦ったどの魔物よりも強く、そしてそいつらが束になってもまだ勝てない。

 

絶対に今の俺ではまだ足元にも及ばない化け物。


(だが、こいつで終わりだ)


 竜火砲。

 ロビーナが運んでくれた地点には、俺の特製武器が設置されていた。


(しかもあのダンジョンの時より大幅に改良してある)


 砲口にライフリングを刻み、命中精度と貫通力を強化。車輪を付けることで、的への細かい調整が可能。着火によって爆発を起こす仕組みに変更したことによって、撃たれた球の速度は倍以上。さらには砲弾の形状変更と素材をゴーレムの破片から丸々オプシディアン製にしたことで、その威力は以前とは比にならないものと化した。


 ギギギ


 化け物へ狙いをつける。

 障害物は無し。射程の範囲内。


「くらえ!」

発砲ファイエル


 ドーン


 鼓膜が張り裂けそうなほどの轟きともに放れた弾丸は、見事命中した。


「「やっ――」」


 ……テ……メ……デ……ル……


 強敵を退けた喜びをロビーナと分かち合った瞬間、化け物がこちらに動いているのを目の端で捉えた


「嘘だろ……?」


 絶体絶命。そんな一言が、俺の脳裏をよぎった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る