十七話 奴隷、釣る


「死ねやオラァ!」

「おっと」


 ガチィン、と背負っていたロビーナに当たった曲刀が弾かれた。


「ケスラーくん。今きみ、死ねって言いながら刃物で俺を刺そうとしなかったかい?」

「え、えーと。そんなことはまったく。おはようござまいまぁす!ってちょっと勢いよく挨拶しようとしただけで、殺そうなんて気持ちは一切ありませんでしたよ」

「そうかい……分かった。でもとりあえず海に落ちた三月月は拾っておいたほうがいいんじゃないかい?」

「うわぁああ! 失くしたらボスに殺される!」


 ドボーン

 船から飛び降りていった船員を尻目に俺は掃除を続ける。


「マスター。これで本日三人目ですね」

「午前中でそんなにか。日に日に増えていくな」

「今後のためにも襲撃者には戦闘不能の状態もしくは生命活動を停止させておいたほうがよろしいのでは?」

「まあ俺もそうしたほうがいいとは思うんだけど」


 船に乗ってから一週間以上の時間が経過した。正確な時間については、海上では天候が変わりやすくて掴めないので不明だ。

 その間、実は俺は海賊たちに襲われていた。

 帆を下ろしている最中に突き落とし、見張り台付近での落下物、さっきのような不意討ち……etc.

 回数を足すごとにどんどん手口が増えてきて、その内、毒殺なんかもされるのかと食べ物を警戒するようになった。


「だけどもし武器を持てないほど痛めつけたとするぞ?」

「はい」

「そうなると船の運航に必要なこともできなくなるじゃないか」


 結局はこの結論に終結する。

 猫(俺)の手を借りなければろくに操縦もできないほどギリギリの人数。この前まではもう少し楽だったのだが、長い船旅は徐々に航海に慣れている船員たちでも容赦なく疲労で蝕んでいった。


 最初は運良くこの船に拾われたと思ったが、本当に港へ辿りつけるのか徐々に不安になっていく。


 ドンッドンッ


 掃除を終えた頃、船長のブラックハートが太鼓で合図をする。船員たちは一斉に注目する。


「諸君。知らせがある」

「へいっ。なんでしょうか?」

「まず良い知らせと悪い知らせの二つがある。どちらから聞きたいかおまえに選ばせてやる」

「えーと……じゃあ悪いほうからで。後味がいいほうがいいっす」

「船倉の備蓄が尽きた」


 俺も含めて船員全員が青ざめる。

 つまるところこの船における食料の存在が失われたということだ。


 選択させられた船員はまるで全財産を賭け事に投じてすったような顔になっていた。


「……」

「まあまあ。絶望しかないと思われた箱でも、奥底には希望が秘められているものだ」

「もしかして、良い知らせってのは?」

「うむ」


 ブラックハートは、大声を船に響かせる。


「この海域で魚群の影を確認した。帆をしまえ――釣りの時間だ!」

「へいっ!」


 こうしてドキッ!海賊だらけの釣り大会が開催されることとなった。


 当然、俺も参加する。

 賞品は自分の釣った魚のみ。釣れなかった者はいつになるか分からない補給の日まで食事抜きとなるのだから。


 とはいえ俺も無人島で一年サバイバルをして過ごしたんだ。

 これくらいのこと他愛もなくやってのける。


 そう思って内心余裕を持ちながら釣りを開始して一時間後のことだった。


「……釣れん」

「……はい」


 ジジジ


 太陽が照りつけ、周囲が釣果にはしゃいでる中、俺もロビーナもボウズ(釣果無し)だった。


「そういえば俺たち釣りはしたことなかったな」

「はい。バスピラニア相手に一度だけしましたが、あの時以降はロボが溺れるリスクから回避していましたから」

 

 途中から農作で野菜も収穫できて、無理して魚をとりにいく必要なんてなかった。

 

 想定外の事態に、正直焦り始めている。

 

「やっほー。これで十匹目」

「ひゃっはー骨なしウツボだぜー。めちゃくちゃうまいんだよー」

「大漁! 大漁!」

「……なんで俺たちだけ釣れないんだ」


 不自然なまでの孤立に、俺はしびれを切らして近くの船員に話しかけた。


「ケスラー。なんでおまえたちはそんなに釣れている? 理由があるのなら教えてほしい」

「はあ? なんでてめえなんかに?」


 あからさまにこちらを舐め腐っている顔。

 釣れなきゃ釣れなければで思い通りに俺が苦しむ様子を見られるとでも思っているのだろう。


 俺は船員を睨みつける。


「朝の借り。今からでも返してやってもいいんだぞ」

「か、借りって。お、おれはなにもしてないぞ」

「俺と共に死ぬか。それとも俺と共に生き残るか選べ」

「わかった。わかったから……キレるなよ怖いんだよ……」


 怯えて天敵に狙われた獲物みたいになった船員は、糸の先にくくり付けられた木片を見せてきた。


「こいつは今、海賊たちに流行りの釣り道具でルアーって言うんだ」

「魚の形をしている?」

「そう。魚は、自分よりも小さな魚を餌として食べている。だからこの魚型の木材を見て、餌だと勘違いして咥えて細工の針に引っかかるようになってるんだ。いわゆる疑似餌ってやつだ」

「なるほど……」


 俺たちは腐った食品を餌にしていたが、さすがに魚たちもそれは食べたくなかったのだ。

 たとえ偽物でも、新鮮な餌だと思われるものを優先して捕食している。

 釣りというのはある種、魚の気持ちを考えて駆け引きをするものなのかもしれない。


「ありがとう。早速試してみる」


 俺とロビーナは一旦釣りを中断して、ルアーの制作を行う。

 日が落ちるまでの時間ももう残り少ないが、それでもこのままなにもしないよりは必ず効果はある。


 カンカン


 できたルアーをお互いに見せ合う。


「……」

「……」

「わはははっ。なんだそれ!?」

「なんだなんだ?」

「がっはっはっ。そんなゴミに食いつく魚はおらんわ!」


 充分な数の魚を釣り上げ、暇を持て余した船員たちが寄って笑ってくる。


 俺のもロビーナのも、魚という生物から外れた形をしていた。


「……本当に下手なんだよ芸術は」

「データにない0から1を作る作業は苦手です」


 作り直すことを考える。

 もう夕焼けだが、最悪、夜の間にでもやれば……


 ポーン


 俺がどうしようか悩んでいる間に、ロビーナは笑われた出来のルアーを海へ投げ込んでいた。


「えっ? なんで?」

「申し訳ありませんマスター。道具の作成を終了したら、作業をするとプロセスを組んでいたもので」

「よく分からんが戻してくれ。なに下手くそでも、諦めず二人集まってもう一回がんばれば小魚一匹くらいはかかるさ」

「はい。では……んっ?」


 グググ


 竿が異様な曲がりを見せた次の瞬間、ザバーン、と勢いよく海上へ飛びあがるものが見えた。


 そうか……変な形の獲物には……それに相応しいハンターが……


「うわぁあああ! ボムカレイ爆弾鰈だぁあああ!」

「逃げるぞ!」

「逃げるって船のどこへ!? 燃えちまうぞ!」


 黒い球体の魚は火の点いた蝋燭を頭に刺していた。

 甲板に着地すると先に火が灯る。

 どうやらこの蝋燭が尽きた途端、周辺が火の海に包まれるようだった。


 パニックになる船上。

 自分だけは逃げようと非常用のボートまで取り出そうとしている船員もいた。


 俺は竿を肩に担ぎながら、魚へ近づいた。


「釣りとは、魚との対話と見出したり」

「なに言ってんだてめえ!?」

「これが俺の釣りだぁあああ!」


 カキーン……ドカーン!


 上空へ飛んでいったボムカレイは、その身を中心にして円状に火の粉を散らした。俺はその光景を振り切った竿とともに見上げた。


 《釣りに成功》

 《レベルが30上昇しました》





「らっしゃい。さあできましたボムカレイの刺身です」


 力尽きて落ちてきたボムカツオをロビーナが調理してくれた。


 カルパッチョのような生の切り身がずらっと木の板の上に並んでいる。薄く白い身は、まるで雪のようだった。


「どうぞ、これに付けてからお口に」

 

 酒と海水を混ぜ合わせたものらしい。

 船に乗ってから色々と酒を飲んだが、一口に酒と言ってものその味は十人十色といえた。ロビーナが渡してくれたものは酸味の強い物とまろやかでコクのあるものを混ぜ合わせているらしい。


 俺は酒のタレに魚の切り身を浸してから食べる。


 パクッ


「どうでしょうか?」

「美味い!」


 ほんのりと脂がのって上品な甘さのボムカレイ。その美味しさを、このタレがさらに引き上げる。ほんのりした酸味のおかげで、飽きずに手が止まらない。


「でもなんといっても、この下に置かれてるモチモチしているものが美味い」

「それはボムカレイの卵です。一部地方では、刺身と一緒に食べているそうです」

「へー」

 

 卵と同時に口に入れると、お互いがお互いの良さを高めて不足している部分を補っているようだ。

 

 噛めば噛むほど旨くなっていく。


 俺は久々の美味に舌鼓を打ちながら、楽しい夕食を過ごした。

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