十九話 奴隷、最強の船に狙われる


 とある海域にて。


「ひゃははは。兄貴。この船お宝がたんまりだぜ~」

「こりゃ今月はツイてる。五隻襲って三隻がこんなに金持ってるとはよ。これだから海賊はやめられん」

「でもよ。ただの海賊じゃここまで上手くいかないぜ?」

「そう。おれたちがここ一帯で最強の海賊団ベラーズ兄弟だからこそ――」


 ズドーン!

 大木のようなマストが一瞬でへし折れた。続けて鉄球が船に穴を開けて蜂の巣にしていく。


「な、なんだこれは!? こんなの見たことねえ!」

「冥途の土産に教えてやろう。この筒は竜火砲。ただの海賊ごときに撃ってやるのが勿体ないくらいの新兵器とガレオン船だ」

「兄貴! あ、あいつは!」


 遠くの船に気付いた海賊。だが抵抗する間もなく、数秒後には船もろとも海の藻屑と化した。


 大砲を擁する船の蒼い帆には、三剣の紋章が描かれている。

 それが意味するのは、この船が王国直属であるということ。


「海賊ども。全員その首をギロチンの下に嵌めてやる」


 海軍第一師団。団長バルバロイ率いるロマニスタ王国最強の船団である。





 ――バーソロミュ船内。

 

 ウニョウニョウニョ


「……」


 樽の上に置かれた骨なしウツボ。

 腐臭まみれのそれに、やがて白い粒々したものが纏わりつきはじめた。


 そのまま白くなっていく魚を見届ける。


 充分な時間が経ったところで、蓋とウツボを同時に外す。


「食えー!」

「うおおおお!」


 一斉に開いた樽の中へ手を伸ばす海賊たち。その目は血走っていて、完全に飢えた獣そのもの。パルタこと俺も例外ではなく、海賊たちに混じって樽の中のものを取り出す。


「とったどー」

「やりましたねマスター」

「ロビーナはどうした?」

「ロボも一枚手に入れました」

「よかったよかった」


 手に入れたビスケットを見るとジーンと感慨深い気持ちになる。

 名前は同じビスケットだが王宮内で食べてたお菓子と違って、その形と大きさはパンに近い。ほとんど繋ぎを用いずにかなり強い火力で焼いているため腐りにくいそうだ。見た目はとても美味しそうなのだが、


 ガチン☆


 食感はまるで石を食べているかのようだ。こいつの中に湧いていた蛆虫をもう食べられなくなった魚に移して(近くに魚を置くと虫は自分たちからパンの中を脱出して魚に食らいつく)、なにもなくなってから食べるのが航海中のビスケットの食べ方が。


 グニュグニュ


「うん。うまい」


 ブラックハート含む一部の慣れた船員は虫ごとビスケットを食す。曰く、バター味のゼリーのようだと。


 釣った魚も余っていた分は腐り、船内を漁ってようやく見つけた唯一の食べ物がこのビスケットだ。

 目的地に到着してから補給できる港に行くまでの分はあるのだが、かなり寂しいものがあった。


 食事を終えると、ブラックハートは集合させた船員たちへ話しかける。


「諸君。目的地は目と鼻の先。かつての大海賊のお宝はもうすぐ手に入る」

「しかし船長」

「うむ。そんな我々に今、最大の障害が待ち受けている」

「……まさかバルバロイが帰ってきたなんて」


 バルバロイのことは当然ながら俺も知っている。

 現在は伯爵だが元は地位を持たぬ庶民からの成り上がり。無名ながらも軍学校時代から頭角を現し、海軍に入ってからは目覚ましい結果を残し、若くして実質的な海軍の頂点となった。その功績は王国の三英雄ドライヘルトとして民たちからも評価されている。


 その性格は、一言で表わすのなら真面目。

 

 正義漢で、曲がったことは許さない。熱血でもあり同期からは認められつつもウザがられている。王である父にも、こうしたほうがいいと思ったことは迷いなく告げてきた。


「しばらくいなかったのに、よりによってこんな時にかぎって」

「今週だけで三十以上の海賊団が捕まったらしい」

「あいつがいなかった半年より多いじゃねえか」


 海のど真ん中なのになんでこんなに情報を知っているかと言うと、ネットバードという魔物が新聞を届けてくれるからだ。この鳥は情報屋ギルド『イエローペーパー』が取り扱っているもので、金さえ払えばどこにでも情報を持ってきてくれる。

 まあさすがに俺がいた無人島なんかには来なかったり、例外はあるみたいだが。


 シュパッ


 船員たちの足元に投げナイフが刺さった。

 雰囲気が一気に静まり返ると、ブラックハートに注目が集まる。


「諸君。ぼくがきみたちを集めたのは、バルバロイの賛辞が聞きたいからというわけでない……やつの包囲網をどうやって突破するか話し合いたいからだ」

「バルバロイの指揮下を突破だって!?」

「それがキッドのお宝への最短ルートだ。今の資金では迂回ルートを探っている時間なんてない。生きるか死ぬか。この先の運命がここからで決まる」


 ……

 

 ブラックハートの言葉に、誰もが息を呑んだ。船長自身も冗談という雰囲気ではなく真剣そのものだ。

 

 しかし船員たちはそのまま黙りこくってしまってなにも言わなくなってしまった。


「なにかないのか? 誰か意見は?」

「……」

「じゃあおまえでいい。なにか言え」

「えっ? えーと、その、もういっそ自分たちから捕まるというのはどうでしょう? ほら? 自首すれば罪も軽くなると言いますし」

「なに言ってやがる? 宝を前にして、それでも海の男か!?」

「ひぃっ」


 指名されて答えた船員は怯えた声をあげる。

 だが他の船員たちはいつものように船長の叱りに続いて、罵倒や茶化しをしないというのは、それは彼の言葉を暗に認めるもしくは丸っきり同じことを考えていたのだろう。


 ブラックハートたちは必死にバルバロイの包囲網を抜けようと会議を行った。


 時間が過ぎて昼頃になると一旦解散して、自由時間になった。


 俺は欄干のところで肘を立てながら船の外へ顔を向ける。


「おう。邪魔するぜ」

「なんで?」


 なぜかブラックハートが隣にきた。

 俺と並んで、景色を見る。


「悪いか? ぼくがたそがれちゃ」

「いや勝手にすればいいと思うけど」

「そうかい。それなら勝手にするよ。ところでおまえ、あの女はどうした?」

「部屋で掃除だと。考えても検索対象にない以上、自分では答えが出せないから」

「いいのか放置して? おまえの女なんだろ?」

「ゴホッゴホッ」

「おいおい汚いな。いったいどうした?」

「女じゃ、別に、ない」


 想定外のことを言われて、咳きこんでしまった。

 俺とロビーナは別にそういう関係じゃない。あいつとはほんと偶然出会って、今でも一緒にいるのはただの腐れ縁のようなものだ。 


 俺が答えると、ブラックハートは心なしか嬉しそうに口角を上げた。


「ふーん。そうかい」

「なんだ? まだ狙ってるのか? 悪いが、あいつが嫌がるなら船を降りてでも抵抗するぞ」

「さて、どうかね? こちとら明日にでも死ぬ身かもしれないし」


 その黒い眼帯の奥ではいったいなにを考えているのか見通すことはできない。

 だが今のこいつに恋愛なんてしている余裕はとてもじゃないがなさそうだった。


「なあ、なんで坊主はここに立っていたんだ?」

「遠くの目印を見てると、船酔いが収まるってある人に教わったから」

「へぇー。どこの誰かは知らないが、そりゃいいことを聞いたな」

「ああ。本当にいい人だ」

「……そうか」


 ブラックハートは独り言のように小さく呟くと、今度は俺のほうへ顔を向けた。


「坊主……いやススク。おまえにひとつ尋ねたいことがある」

「ススク?」

「なに呆けてやがる。坊主の名前だろ」

「あぁそうか……そうね。うん。俺ススク」


 危なっ。そうだ俺はこの船に乗る時、身分がバレるとまずいからススクって偽名を名乗っていたんだ。坊主とかおまえばかりで、あまりに呼ばれないのですっかり忘れていた。

 ギリギリのところで誤魔化す。


 しかしそれにしてもなぜいきなり名前を?


「ススク。おまえなら、どうやってバルバロイの包囲網を脱出する?」

「どうやってって言われても……そんなのつい数日前まで船に乗ったことのない俺に聞かれてもね。普段から船で航海しているあんたらのほうがよほどいい解決案を思いつくでしょ」

「それができてないのは、話し合いの場にいたおまえも分かってるだろ」


 現在、船内には諦めムードが漂っていた。

 誰もがバルバロイに怯え、抵抗する気力さえ奪われてしまっていた。


「だけど、だからとって俺に質問させられても」

「なんでもいいから言ってくれ。見当違いでもヒントになるかもしれない」

「うーん。でもな」


 それで足を引っ張ったり、時間の無駄になるようなこともしたくないしな。


 やっぱり断ろうとする俺へ、ブラックハートは言った。


「お願いだ。

「えっ?」

 

 俺は自分の耳を疑った。

 こいつ今なんて言った? 聞いた通りなら、俺はいつこいつにそんな信頼されるようなことをした?

 

 ボムガレイを釣ったからか?

 

 いやでもあれだけで、ここまで変わるか? せいぜい船員として認める程度で、他の船員たちと扱いは変わらない。いやむしろ年季の少なさで結局たいして扱いは変わらないはず?


 だがブラックハートの唯一見える眼は、その言葉が嘘偽りでないことを示していた。


 しょうがない。

 俺は今まで完全に他人任せにしていた脳味噌をフル回転させる。

 

 ……バルバロイの包囲網……王国の鉄壁の海域……


「あっ」

 

 光魔法のような閃きが頭の中に生じた。






 ――第一師団。船の甲板。


「……そろそろこのあたりを通るはずだ」

「毎度のことながら、よく分かりますね団長」

「私だけが見えるからな」


 バルバロイの視界では風が色付いていた。

 どの色と濃度かで風の向きや強さを完全に把握できる。


「しかしそれでは結局多くの海賊を捕まえられない。一網打尽にするのなら、策を練らねばならない」


 バルバロイの手元にあるのは海図。

 そこには師団ごとのルートが示されていた。このルート通りに進めば、軍用に製造された高性能船ならば一般に売られている船が王国の領海内をどのように進もうとも捕らえられる。

 

 バルバロイ個人の優秀な航海技能よりも、この海図こそが鉄壁の包囲網の秘密だった。


 とはいえいくら高性能でも船の移動は操縦技術に比重する部分がまだ大きいため、バルバロイがいるといないとでは大違いなのだが。そしてこの海図を制作したのもバルバロイ自身だった。


 レンズの先に、船影を発見した。


「撃てー!」

 

 警告後にも関わらず、停止せずに離れていく船を竜火砲で粉砕する。

 

 船から落ちて溺れた人間たちを捕縛していく。


「貴様! 所属と名前を今すぐ明かせ!」

「ラミュラ海賊団の……ベルナンドと言います……」

「傷害が一件、強盗が一件ですね。賞金首のリストにはまだ載っておりません」

「小悪党か。死なないよう全力で反省しろ!」

「……はい」 


 海賊たちを捕らえていく最中、バルバロイは少し悩んでいるかのよう素振りで部下に尋ねる。


「本当に、こいつらだけなんだな?」

「はい。なにか、おかしいことでもありましたか?」

「……いや。後は他の師団の報告を待とう」


 バロバロイが見える風の色。そこからなにか違和感を覚えていた。 






「やったー包囲網脱出ー!」

「いやっほー!」


 乱痴気騒ぎになるバーソロミュ船。見えない距離にいる後方の王国軍船から遠ざかっていく。


「坊主。おまえのおかげだ」

「いよっ。マスター様様」 

「いやーそれほどでもー」


 実は昔、俺が見た海図。

 あれはバルバロイが父へ申請した領海の警備ルートだった。

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