十五話 奴隷、謎の女と出くわす
「……あら。こんな夜更けに人と出会うなんて」
「えーと」
「海が連れてきてくれた王子様かしら?」
「うぐっ」
正体がバレてる!?
船の上で突然出会った謎の女。歌うのをやめて俺に話しかけてきたかと思ったら、俺の素性を言い当ててきた。
どういうことだ?
俺は船に乗りこむ際、ススクという偽名を名乗った。だからロビーナを除いて、この船で俺の名前を知っているものはいない。そもそもロビーナさえ俺が元王子ということを明かしてないのだから、誰も分からないはずだ。というかこんな女、船員に見当たらなかった。海賊団には男しかいないのに、なんで女が。
疑問が頭をグルグルしていると、女はクスクスと微笑んだ。
「そんな恥ずかしがらなくていいわ。ただの冗談よ」
「あ、あはは。そうですね」
「でも本当に正体を隠して亡命してきたどこかの王子様だったらどうしようかと思ったわ」
本当に冗談なのかと疑う言葉をかけてくる女。
しかしそれ以上はなにもしてこなそうなため、俺は真偽がどちらにせよ、たとえこの女が俺を島流しされた王子と知ってなにか仕掛けてくるかもしれないにせよ先に手出しはしないことにした。
いつ凶器が飛んでくるかと考えて身構える。
「……」
「ところで、あなたは夜になんでこんなところを出歩いてるの?」
「それは吐き気がずっと止まらなくて」
「あら。それは大変ね」
じゃあお姉さんが、いいこと教えてあげる。
女は唇に指をあてる仕草をしながら、妖艶な笑みを浮かべる。赤い双眸は、
「星は好きかしら? 少年」
「まあ。はい」
「じゃあ一番好きな星をじっと眺めて。今夜浮かんでなかったら二番目に好きな星を。そうじゃなかったら月を見てあげて」
フリーギアはなかったので、月へ視線を向けることにした。
言われるがまま月を見続ける。
「……どう気分は?」
「少し晴れた気がする」
不思議だが、なぜか本当に頭の内に潜んでいたモヤモヤのようなものが薄れていた。
あれだけ横になっても一向に収まらなかったのに。
「ふふ。よかった」
「なぜなんだ?」
「理屈は分からないわ。でも遠くにある動かないものを目印にすると、酔いが醒めるのは船乗りの中では常識よ」
「そうか。ありがとう」
「どういたしまして。夜の王子様」
俺は夜風に当たりながら、女の隣で月を眺める。
女は特になにも言うことなく、俺の隣に居続けた。
ザパーン……ザパーン……
波が船底に当たる音だけが響く。船員が全員寝静まり、心地よい静寂が船を包んでいる。普段ならば聞き逃す息遣いのリズムが聞こえてくる気がした。
ドキドキ
ウェーブのかかった長い黒髪とチョコレートのように日焼けした肌。夜なのですぐには分からなかったが、こうして間近で見てみると歌声と同じくらいその容姿も魅力的だった。
薄く端のほうが欠けている服はまるで白いワンピースのようで、回転するとフワッと隠れていた太腿やわきの下あたりが露出する。
「気分は収まった?」
「ああ。本当に感謝する」
「そう……なら、今夜はもうここでお終い」
「えっ?」
「お別れの時間よ。シンデレラはガラスの靴が消えるまでに帰らないといけないの」
きみのそれは革靴だろ?
そんなとぼけたことを言う前に、女はいつの間にか隣から消えていた。
周囲を見渡すが、まるで元からそこにいなかったかのように姿形も見当たらない。
こんな狭い場所なのに、女はどこにいった?
船としてはそこそこ大きな部類だが、それでも見失うほどの距離ができるほど広くもない。
心地よかったはずの夜風が、一瞬、寒気を覚えた。
(……まさかな)
俺はその寒気を忘れるように部屋へ戻って、毛布で体をくるんだ。
「女? そんなのこの船にはいねえぞ」
「えっ?」
朝、船員のひとりに夜に現れた謎の女について尋ねてみた。
からかって嘘を吐いているという様子もなく、むしろ自分が馬鹿にされていると思いこんだのか彼はイライラした口調で返事をする。
「だから、女なんてこの船にはいないんだよ。完全な男所帯」
「いやでも」
「お付きがいるからって見下しやがって! どうせおれは女との経験なんてねえよ!」
「そういうことが聞きたかったわけじゃなくて」
「うっせーあーほ! おれの恋愛話がつまんなくて悪うございました! ぜってーこの船から追い出してやる!」
俺も別にないんだけどな。
お仲間のはずなのに、なぜか敵視されて話さえ聞けなかった。
仕方がなかったので、俺は舵の前で暇そうにしていたブラックハートの元に訪れた。
「ふわ~……女?」
大きなあくびをかきながら、海の方向へ顔を向け続ける。
「ああ。夜中に会ったんだけど、あれは誰だ?」
「そんなことを知ってどうしたい?」
「別になにも。ただあんただって、自分が見知らないやつが船内にいても嫌だろ?」
「まあね」
ブラックハートは振り返る。意外にもその表情は真剣だった。
「実は昨日、ぼくが夜の見回りだった」
「そうだったのか。気付かなかった」
「でも、そんな女は見てない。おまえが部屋から出てきたのは見かけたけどね」
「まじかよ……」
昨日の予感が、確信めいたものに変わった。
昼間なのに、氷を一粒入れられたような感触が背中を這っていく。
(まさかあの女、幽霊だったのか?)
今夜を迎えるのが恐ろしくなった。
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