十四話 奴隷、船に乗る

「風の流れが変わった! 野郎ども、帆を増やせ!」

「へいっ」


 命令されると、するするとネットを登っていく船員たち。すごいバランス力で柱を移動して、マストの帆を縛っていた縄を解いて下ろしていく。


 ズズズ


 船長が舵を回転させると船の先端方向が変化して、船が加速して前へ進んでいく。


「新入り! おまえ。またなにもできずに人任せじゃねえか!」

「うぅぅ……」

「な、なんだぁ? やるのか? やめろ。おれじゃおまえに敵わねえ」

「おえぇええ」


 マストから降りた俺は、船の端に着いた瞬間、腹に溜まったものを吐き出した。

 

「マスター。大丈夫ですか?」

 

 背中を優しくさすってくれるロビーナ。

 俺はとりあえず頭の中のモヤモヤが晴れるまで吐き続けた。


「はあはあ。なんだこれは?」

「船酔いです」

「酔うって、お酒以外でもあるのか?」

「不快な症状を引き起こす生体反応を、酔いと言います。飲酒によるアルコールの作用とは違い、波の揺れによって三半規管に異常が起こったことによるものです」

「水を……水をくれ。まだ気持ち悪い」

「了解しました。至急、用意を」

「そんなもの、こんなところにあるわけないだろ」


 水がない? どういうことだ?


 俺が尋ねる前に、船員はめんどくさそうに話す。


「いいか? 水は腐るんだよ。だから船旅では水じゃなくて、代わりに腐らない酒類を積むんだ」

「海水を蒸留して作れないのか?」

「馬鹿野郎! 船上で火は厳禁だ!」


 船は完全木製だ。もし燃え移ってしまったら、その時、俺たちは海のど真ん中に放り投げ出されることになるということらしい。


「……分かった。我慢するよ」

「よろしいのですか?」

「ああ。船に乗せてもらった以上、ワガママは言わん」


 過酷な船旅で、船員が減って人手が足りないバーソロミュ海賊団。いくら海賊で襲われた側とはいえ、こちらの目的を果たすまでは協力することにした。


「ちっ。いくら強かろうが、操船の役割ひとつこなせないようじゃただの足手まといだ」

「すまない」


 謝るが、船員は機嫌を損ねたまま去っていく。

 俺はその態度に怒ることなく、吹きあたる潮風に身を寄せて残っている吐き気を失くすようにした。


「ロビーナは平気なのか?」

「はい。ロボは内臓がないため基盤に影響がなければノーエラーです」

「そういえばおまえ、島にいる時よりも元気になったな?」

 

 島呑みが出現したあたりから睡眠が増え、それはあの怪物を倒しても変わらないどころかひどくなっていた。

 なのに、今はすっかり以前の状態に戻っている。


「ロボは別によいのです。ロボよりもマスターが元気にならねば。呪文を覚えましたので唱えさせていただきます」

「呪文? おまえ魔法なんか使えたっけ?」

「魔法かどうかは分かりかねますが、この呪文を聞いて故障から復旧しているものがいました」

「そうか。じゃあ唱えてくれ」

「了解です……いたいのいたいのとんでけ~」

「……治らんな」

「あれ~?」


 ロビーナはガックシと落ち込んだ後、俺を普通に介抱してくれた。






「ボス。あのススクという男、弱ってます。今の内にっちゃいましょう」


 船倉の中に、パルタたちを除いた船員たちが集結していた。

 ちなみに、ススクというのは元王子であることを隠ぺいするためのパルタの偽名だ。


「あんなやばいやつと一緒に船にいるなんて嫌ですよ」

「今は大人しくしちゃいるが、いつキレて暴れるか分からねえ。そうなる前に、海にでも突き落としちゃいましょう」

「ボス。おれたちあんなやつに怯えながら冒険なんてしたくありませんよ」


 船長にパルタ追放の提案をする船員たち。彼らは満場一致で、パルタを船から追い出したがっていた。


「分かってる。ぼくだって、まだ負けを認めちゃいない」

「さすがボス。口ではなんと言おうが、心は折れちゃいねえ」

「ボスの必殺、嘘ギブアップで後ろから不意打ち作戦だー」

「さすが人の心を失った悪魔ブラックハート様だ。血も涙もねえこの世で最もイカした悪党だぜー」

「……でも、あそこまで情けない姿を晒したうえで見逃してもらった相手を騙すのはちょっとダサくないか?」

「まあダサいけど」

「ギャアギャアうるせえぞそこ!」

「ひぃっ」


 スパッ、と投げたナイフが紙一重で部下たちの喉スレスレを通って壁に刺さった。


「おまえらの気持ちはよく分かる。ぼくもいつかあのススクというガキを始末するつもりだ」

「よっしゃ。じゃあ今夜、あいつが眠って油断しているところを狙っちゃいましょう。慣れない船旅でやつは疲れ果てているからかなり条件は揃ってます」

「ひょぉー! 相手に抵抗の余地すら残さずめった刺しにするとは痺れるぜー!」


 盛り上がる部下たちを尻目に、ブラックハートは不満げな表情をしていた。


 溜息を吐きながら、彼は部下たちへ声をかける。


「……駄目だ」

「えっ?」

「だから夜は駄目だ。殺すなら昼間だ」

「なぜですかボス!?」

「ボスが闇討ちなんて漢としてダサい真似しないなんて!?」

「ボスが正々堂々なんて似合わなすぎるぜ! ボスはもっと海の勇者なんて言葉とは正反対のダサい男のはずだぜ!」

「ダサいボス! ダサいボス!」

「うるさい」


 スパッスパッスパッ

 騒ぐ船員たち全員にナイフを投げて沈黙させる。


「いいから昼間にあいつを殺す作戦を考えるぞ」

「へいっ」


 こうして海賊たちは薄暗い船倉でひそひそと部屋の外に漏れぬよう話し合うのだった。






 夜になった。

 欠けた月が、暗幕に包まれた世界をほのかに照らす。


「……眠れん」


 目を閉じても、世界が揺れてるのを感じる。

 

 海で一日を過ごすのがこんなにも大変だったとは。いつか世界一周旅行をしてみたいと母と姉が言っていたが、これは無理だとてもじゃないが俺はついていけない。そういえばその話をした時、父は青ざめていた気がしたが、まさかこの体質は親子ゆずりなのだろうか?


 グワングワン


「ぐえぇ」


 気晴らしに思い出にでも浸ろうとしたが、不可能だった。吐き気は続く。


(せめて外に行くか)


 譲ってもらった部屋だが、窓すらない殺風景で最初の独房に使われてた場所となにも変わらなかった。ましてやかび臭い。おそらく真水が使えないせいで、まともに掃除できていなかった、


 ロビーナを起こさないよう気を遣って、こっそり部屋から出た。


「ふぅー……駄目か」

 

 狭い部屋内よりはマシだが、それでも気持ち悪いのには変わりない。

 船はいつ目的地に辿り着くか分からない。この不快感にいつまで付き合うのか? 考えるだけでうんざりしてしまう。



 海の勇者よ~♪



「ん?」


 静かにしていると、星空のように美しい歌声が聞こえてきた。


 この世に身を宿したのならば夢を抱け♪ さあ果てなき冒険に出よう♪ ああ今日からおまえは海の勇者さ♪


 気付けば、俺は声の主を探して甲板をうろついていた。

 歌に夢中で、吐き気さえも忘れて。


 建物を挟んだ反対側の縁まで行くと、そこにはがいた、

 

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