十三話 奴隷、捕まる


「どこだ……ここは?」

「船の中です。マスター」


 目が覚めたと思ったら、俺はどこかの部屋で横になっていた。


「島にいたはずだろ。なんでいきなりそんなところに?」

「眠っているところを船から降ってきた人間たちに運ばれました。一応、ロボはマスターが目覚めるまで待ってくださいと拒否はしたのですがそのまま強引に」

「なるほど……あれは夢じゃなかったのか」


 歌う船団。ぼやけた意識の中でかすかに感じたものは、どうやら現実だったらしい。


 ジャラッ


 そしてロビーナの言葉も真実らしく、どうやら彼らは俺たちを助けようとした善人なんかではなさそうだ。両手と両足がそれぞれ鎖付きの錠で結ばれている。


「申し訳ありませんマスター。ロボ反抗はしようとしたのですけど、人間は攻撃できないようで」

「分かっている。仕方のないことだ」


 ロビーナは心の底から謝っているようだが、もう大分長く一緒にいたんだ。そんなこと充分承知している。

 悪いのは、黙って俺たちを拘束している連中だ。

 まあわずかな可能性として、彼らはとてもいい人でこうしたのも未知である俺たちを警戒してのことだったら疑ったことを詫びなければならないが。


 思考を巡らしている内に、ガチャ、と扉が外から開いた。


「おい。おまえたちボスがお呼びだ。来い」

「すみません。ここはどこで、あなたたちはいったい誰なのでしょうか?」

「うるせえ。黙ってついてこい」

「しかし……」

「しゃべんなって言っただろ!」


 ガツッ


 訂正。頬を思いっきり殴られた。


(ロビーナ。抑えろ)


 ロビーナは怒って反撃をしようとするが、途中で時間が止まったかのように停止した。

 

 諦めて従うことにした俺たちを、船員たちは甲板まで連れてきた。

 そこには十人以上の船員と、船長帽を被った眼帯の男がいた。


「誰だおまえたちは?」

「バーソロミュ海賊団。我が名は船長ブラックハート」


 ヒュッ

 投げられたナイフは、俺の頬スレスレを通って床に刺さった。


「ぼくらに跪け原住民。従わなければ、次は当てる」


 どうやら外したのではなく、狙い通りだったらしい。

 

 黙っていると、下から戻ってきた船員たちが船長へ声をかける。


「ボス。この島なにもありませんよ」

「なんだと~? なにもないとはどういうことだ? 人が住んでいるんだぞ。なにか食い物か酒はあるはず」

「そんなものなんてあれば、とっくの昔に食べてる。この島に残ってるのは海水と砂だけだ」

「嘘を吐くんじゃない! 探して全てを奪うんだおまえたち!」

「だから本当にその坊主の言う通りなにもないんです。つーかこの島、探索しても10分で終わっちまって。島というよりもうただの漂流してる岩です」

「な、なに~!」


 仰天する船長。

 大仰に登場したのにこの粗末な結果は頭が痛いだろう。


 コンコンとあからさまにストレスを感じて足で船の床を叩いた後、彼は俺たちのほうへ振り返った。


「ならばおまえたちを奴隷にして売り飛ばすしかないわ~」

「いやもう俺は奴隷だけど」

「よく見れば女のほうは美人だからぼく様の妻にしてやる。グフフ」

「おまえはこっちに来い」

「マスター! マスター!」


 必死に抵抗するが、連れていかれそうになるロビーナ。ずっと隣り合っていた距離が離れていく。


「ちょっとは助けてくれるのか期待したんだけどな……」

「海賊相手になに言ってやがる。この世は弱肉強食。弱い者は餌になるだけだ。俺たちに見つからなくても、いずれおまえらは誰かの慰み物になってたよ」

「……そうだな。本当に。そんなこと今さら言われなくても痛感している」

「だったらさっさと諦めな……ん? おまえ、いったいなにをしてる?」


 バキィンッ


 力を入れて手錠を引っ張ると、間にあった鎖があっけなく砕け散った。


「えっ? えっ?」


 ボキボキボキボキ


 両足の鎖も切った後、鉄の輪を握って壊していく。


「はぁああああ!?」

「俺はおまえたちから奪わない。だけど、ロビーナだけは返してもらう」

「マスター……」

「ボサッと見てるな。おまえたち! 逃げられるなら殺せ! それがバーソロミュ海賊団の掟だ!」

「へっ、へいっ!」


 独特の形をした剣を構える船員たち。

 あれが三月刀ムーンサーベルか。長さを抑えてその分曲がりを大きくしてある。狭く障害物の多い船上での戦闘の取り回しに優れ、海軍でも愛用されている。


 刀身が青く光り輝く。おそらく【海兵】のスキルだ。


 剣技ソードスキル水衝波アクアスプラッシュ


 刀の形をした高速の水塊が飛んできた。四方八方からの攻撃で、逃げ場はない。

 

 ビュンッ

 余った鎖を振り回すと、水塊は消失した。


「嘘だろ……」

「怯んでるじゃねえ! さっさと追撃しろ!」

「無理ですボス……」

「嫌だ。あんなやつに無駄に攻撃して怒らせたくない」

「馬鹿野郎どもが! だったらぼくが――」


 ガキィン、と船長の元から放たれたナイフと俺が拾って投げたナイフが空中で衝突する。


「なっ!」

「さっき外したって言ってたな? 違う。一発目は俺が自分から躱したんだ」


 ほんの少しだが、ナイフは俺の頬を切り裂くはずだった。それを見切って、俺はわずかに顔をズラしたのだ。


 わなわなと怒りで震える船長はそのまま殴りかかってきた。


 ゴッ


 カウンターで腹を殴ると、船長は倒れた。


「……もう勘弁してください。欲しい物は全て差し上げますので、これ以上は襲わないでください」

「先に襲ってきたのはあんたたちだろ。それに別に俺はなにかを欲しくてやったわけじゃない」


 完全に戦意喪失したらしく、全面降伏を口にする船長。。


 どうしたものか?

 倒したとして、どういう対処をしようかと悩んでいるとペラリと船長の懐から紙が俺のところへ落ちてきた。


「これはなんだ?」

「……」

「なあ。これはなんだ?」

「……地図です。かの大海賊キャプテン・ウィリアムのお宝の」


 口を閉じたままの船長に圧をかけると答えてくれた。

 紙には海図らしきものと印が書かれていた。年季が入っているのか、黄ばんで端がボロボロである。


「ロビーナ。分かるか?」

「申し訳ありませんマスター。ロボの機能では、解読は不可能です」

「俺も見たことはあるけど、正確には読めないな」


 俺は船を見渡して、思いついたことを提案した。


「おまえたち、この船を操縦できるんだよな?」

「? 当然だろ」

「よし。じゃあ取引しよう。この宝を探すのを手伝ってやる。その代わりに、俺たちをこの無人島から脱出させろ」


 島流しされ、無人島に閉じこめられて一年。海賊たちの手引きによって、俺は島から出ることに成功した。 

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