END① 二人だけの楽園(※あらすじにENDの説明を加えました)


 島呑みを討伐してから、五年が経過した。


「ふう。これで今日の分は終わりだな」


 あれから島呑みに破壊された環境を少しずつ立て直し、今では養殖湖まで作った。稚魚から育てあげ、ようやく食べ頃になったビーフマグロ《牛鮪》たちに餌をあげおえたので家に戻ることにした。


 本当に今日まで大変だった。


 島の面積は五分の一となり、残っていた作物も資源もほとんど無し。本当に一から開拓したのだ。


 それもこれも俺というよりは、あの日拾ったゴーレムのおかげが大きかった。


 ボトッ


「おっとと。これは落としちゃいけない」


 ポケットから零れたものを地面に落下する前に拾う。汚れがついてないかを確認し、無傷なことにホッと安心する。


 俺は掌の中のものをじっと眺めた後、大事にポケットに戻してから止まっていた足取りを動かす。


 数分歩くと、立派なログハウスが見えた。

 あれが今の俺たちの家だ。

 近づくと煙がたっていて、いい匂いがした。


 今日はなんだろう? いつもワクワクしながら俺は玄関を開く。


「おかえりなさいませマスター」

「ただいま」


 扉を開くとそこにいたのは、エプロン姿のロビーナ。俺は髭が生えて染みも増えたというのに、彼女は出会った時からなにひとつ変わることなく綺麗なままだった。


 一瞬、見惚れた後、俺は何事もなかったことを装いながらいつも交わしている会話を再現する。


「んっんっ。今日の飯はなんだ?」

「マスターどうなさいました咳をして?」

「いやこれは別になにも」

「本日までの1436のパターンと明らかに違います。ひょっとしたらなんらかのウイルスを患っているかもしれません。今すぐ看護の準備をしますね」

「本当になにもないって!」


 いつまでも心配してくるロビーナをなんとか宥める。


「そうでしたか。ならばよかったです」

「それで、今日のご飯は?」

「カレーでございます」

「じゃあついにスパイスの栽培に成功したのか!?」

「はい。今朝、採集しました」

「……よかった」

「マスター。泣いておられるのですか?」


 カレーは、唯一、母が自分の手で作ってくれた料理だった。

 生まれた時から王族で生粋の箱入り娘の母が家族のために母親らしいことをしたいと覚えた品。一年に一回、いやもっと頻度は少なかったかもしれない。それでも料理人も毒味役も配膳の執事もいない普通の家族らしい時間を味わえた時だった。


 家族の味。そう呼べるものが今、無人島という限られた環境下で作られた。


「ロビーナ。本当にありがとう」

「マスターが喜ぶことならば、それがロボの喜びです。逆にマスターが苦しいのならば、その時はロボも苦しいのです。だから病気もしくはその気配を少しでも感じたのならば、ロボになんなりとお申し付けください」

「だから大丈夫だって……そういえば、島呑みを倒したあの日、発見した水晶ってどうしたんだっけ?」

「ロボのパーツなのでしたが、装着する前に流されて失くなってしまいました」

「そうだったな。そんなこともあったな」


 たわいない話題で、談笑する。


 うん。いつ言うべきか悩んでたけど、今この瞬間がその時かな。


 本当は違うかもしれない。

 でもここを逃せば一生怖気づいて、言えないまま時を無為に過ごしてしまうかもしれない。


 俺は島呑みに向かっていった時以上の覚悟を決めて、悩みに悩みぬいた言葉ををロビーナへ吐き出す。


「ろ、ロビーナ」

「やはりなにかありました?」

「――俺と結婚してくれ」

「けっこん? それはどんなご病気で?」

「おまえのことがずっと頭から離れられない」

「ふぇっ?」


 ロビーナは呆けた声を出した後、いつもの言葉を繰り返す。


「検索開始……結婚……夫婦になること。社会的に承認された夫と妻の結合……検索終了。分かりました」

「してくれるか?」


 俺は指輪を取り出す。

 金属と水晶を加工して作った手製のものだ。デザインセンスが壊滅的なせいで、他の人間から見れば笑ってしまう出来かもしれない。それでもロビーナに似合うよう丹念に作ったつもりだ。


 指輪を眺めながら、ロビーナは首を可愛くコツンと横に傾ける。最近、こいつのやることがなんでも可愛く見えてしまう。


「確認よろしいでしょうか?」

「いいけど、なに?」

「ロボとパルタ様は、マスターとサーヴァントの関係です」

「そうだったのか」


 単語自体は初めて聞く。しかし分かってはいたが、ようするに主従関係ということだ。


「それを夫と妻という関係に挿げ替えるメリットとはいったいなんでしょうか?」


 なにか言い出したロビーナ。

 

 俺は言葉の意味を考えた後、思いついたことを率直に言う。


「ロビーナは、ようするに俺と結婚したくないってこと?」

「違います」


 違うんかい。

 よく分かってない俺に、ロビーナは説明してくれる。


「よろしいですかマスター。今、ロボとマスターは一緒の家に過ごして一緒に無人島を開拓して、同じ釜の飯を食べています」

「そうだな」

「夫婦という関係には、それ以上の共同行為があるのでしょうか?」

「それはその……」

「調べたところ夫婦というのは、一般的には、同じ屋根で暮らして資産と寝食を共にして性交を致す関係です。それくらい今でもしてるじゃないですか?」

「そうだな……」


 言われてみれば、俺たち別にすることしてるんだよな……


 そうなると改めて結婚する意味ってないのか?


「いやでも、なんか違うんだよな……」

「マスターはそんなにロボと結婚したいのですか?」

「うん」

「じゃあします。それがマスターの望みであれば」

「うーん。ちょっと複雑な答え」


 まあでもこれがロビーナだ。

 なんでも俺に従うとか言って、その実どこかポンコツで融通のきかない時もある。そういうところも好きになったのだ。


 これが俺とロビーナに相応しい結婚だ。


「ロボとマスターは結婚します。これからは夫婦の関係です。ですがマスターとサーヴァントの関係を捨てたわけではありません。なので覚えておいてくださいね――」


 指輪を薬指に嵌める。


「――世界が滅びても、ロボはマスターとずっと一緒にいます」

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