三一話 奴隷VS王
ガシッ
クラッスは柄を握った。剣を抜くつもりだ。鞘から推測できる刃渡りから明らかに離れているが、一流以上の剣士相手にそんな甘えはいらなかった。
バシャン
「!」
「ありがとな。そいつに毒が入ってるって教えてくれて」
あらかじめ投げておいたカップから毒が塗られている縁を伝って、中身がクラッスの顔面にかかろうとする。
剣では切ってしまうため防ぎきれない。
クラッスは仕方なく、武器を手放して両腕で液体を防御する。
「小癪な真似を……なにっ!?」
俺の蹴った長机が空中でひっくり返って、クラッスを潰しにかかる。
「うぐっ」
予想外の二段攻撃に、すぐに武器を握れずそのまま潰されるクラッス。
この程度じゃまだ生きているが、大きな隙は作れたはず。
ここから一気に連打に繋いで仕留める。
追撃にかかる俺だったが、
「バレバレでしたよ」
「いつの間に――ぐはっ!」
こいつ。
長机をむしろ遮蔽物にして、俺の死角から回りこんできやがった。
ガシャーン
窓ガラスを砕いて、城の外に飛ぶ。空中にいる俺をそのまま追ってくるクラッス。速い。おそらくなんからの肉体が強化されるスキルを使ってやがる。このまま空中でなにもできないであろう俺を一気に叩き潰すつもりか。
……いいだろう。その仕掛けに応じてやる。
逃げることもできない空中戦。俺は肉体の力のみで身を翻して踵を落とす。
ザワザワザワ
庭で訓練をしていた兵士たちが、首を上にしてざわめいている。
「王様だ! クラッス王が誰かと戦っている!」
「誰だあの仮面の男は!?」
「あいつは昨夜捕らえられた罪人のはずだが……それよりもなにをしてる……あの二人は」
「すげえ。落ちながら戦ってるよ」
バキベキドカグキズガゴキ!
自らの動きに俺がついていけることに驚いているクラッス。こちとらおまえに送られた島じゃ襲ってくる魔物たち相手に戦う場所なんていちいち選べなかったんだよ。悪路、水中、暗闇、その中には当然空中にいながら戦わなければいけない時もあった。そうやって俺はただ上昇したステータスを乱暴に振るう以外の戦う術も得ていった。
コツは重力と全身の回転。
お互い相手をこの場で仕留めるためにギアを上げていく。それによってさらに激しくなる攻防。
俺が放った右からの鉄槌打ちが、クラッスの左腕に防がれる。だがそれによって低い位置に下がったやつの顔面に、反転からの右後ろ回し蹴りをぶつける。駄目だブロックされたしかもやつは俺の蹴りの勢いを利用して上昇し、今度は上から俺を踏みつけてくる。俺はそれを両拳で下から思いっきり弾いて、防御しながらやつの足にダメージを与える。クラッスの歪む顔面。ざまあみろ。それでもやつは続けて逆の足で俺を蹴ってくるので、俺はそれに合わす。クラッスの左の爪先蹴りに俺の拳の振り上げ。俺の回転蹴りを防ぐクラッスの左脛。左の蹴り上げ右拳の弾き。右のラリアットに右のブロック。裏拳に防御。蹴りに回避。投げに肘打ち。殴打蹴防打弾握投拳脚脛肘踵膝拳腕肩掌足拳……
――必殺の蹴りと蹴りが衝突し、お互い飛散する。
勢いよく離れながら地面に双方ともに落下した。俺たちは一度も倒れることなく、相手から目を離すことなく二本の足で立ち続ける。
「ハア……ハア……」
「見よ! あのどこぞの者とも分からぬ馬の骨。汗ひとつかいてないクラッスに比べ、大汗を垂らしながら息を荒げているぞ!」
「さすがはクラッス様!」
「……がはっ」
「クラッス様!?」
口から血を吐くクラッス。
俺は息を深く吸って、呼吸を整えた。
「優秀な戦闘方法なのと能力なのは確かだ……だがそれだけなら余は対応できた……途中から貴様の動きが良くなっていった……まるで戦闘中に成長を遂げているような」
クラッスの推測は正解だった。
《クラッス・リキニウスへの攻撃に成功した》
《レベルが3万6523上昇した》
《レベルが6万211上昇した》
・
・
・
つらつらと並ぶレベルアップの表示。やつを殴るごとに、やつの攻撃を防ぐごとに本来あったはずの差はどんどん埋まっていった。
「どうだクラッス? これがおまえの馬鹿にしていた俺に通っている血の力だ」
「馬鹿な。クラッス様があのような男に」
「元三英雄が一方的にやられただと……」
「元? どういうことだ?」
「……ええ……実は王になる際、余は前線から一歩引くため三英雄を辞退させていただいた……今は代わりの者がおるので」
バルバロイ。クラッス。ジークモンド。
この三人こそが戦場の活躍と秀でた能力から英雄と呼ばれ、兵士からも民からも崇められていた。
「余とも他の二人とも違う類まれなる才をお持ちです……これでロマニスタはより盤石となる……」
「侵略をしてな」
「貴様ぁ! 何者かは知らぬが国の平穏を望んでいる王に楯突くとは無礼であるぞ!」
「ククク。無礼だって……面白いなクラッス。こいつらにこんなこと言われるとは夢にも思ってなかったよ」
「……」
黙り込んでなにもしてこないクラッス。
回復のための時間稼ぎなら兵士でも仕掛ければいいのに、そうしないということは……
俺が一歩踏み込むとやつは魔力の波動を体から発する。
(やっぱり様子見してやがった!)
「させるかよ。こいつを貸せ」
「貸せってそんなもん一人で動かせるはずが……うわぁあああ」
ビュゥゥウン!
俺は引っこ抜いた休憩用の小屋をクラッスへぶん投げた。さっきの長机とは重さも速度も段違いだ。竜火砲にも匹敵する威力の塊を前にやつは一歩も動けなかった。
「――
ザンッ
真っ二つに斬られた小屋が崩れると、その影から鎧を纏ったクラッスがいた。
顔が見えない黒の
城の庭に、奇怪な笑い声が響く。
「ジャハハハハハハ!」
「ねえオイラたちの出番!? 人を殺してもいいの?」
「そいつが
意志を持つ武器たち。
その姿は武器の形状をであるにも関わらず人の手で生み出されたかも分からない突然世界に出現したそいつらは、激しい凶暴性を有していて人だけじゃなく同種族の魔物さえも襲っていた。
協会から認定された危険度はS級。
「普通ならば人に従うなんてことは絶対にない武器の魔物たち。だがごく稀に、手に握る者が現れ、その人物に武の才がなくとも一騎当千の力を有すると云われている」
「しかもその者らも記録上は一つしか有していなかったのに、クラッス様はそれが二本……やはりクラッス様は歴史に名を残す方だ」
「この姿を見せることになるとは……貴方は本当にお強くなられた」
クラッスは俺に話しかけてくる。
その感情は全体を覆う兜のせいで読み取れない。
「それが血の力ならば、余は貴方たちを見くびった。そして最大の間違いを犯した」
「ああ。父上は本当は強」
「――もっと早くに殺しておけばよかった」
あの日、器を見せつけるためとはいえ家臣の情けなぞ無視してその首を飛ばすべきだった。
クラッスは斧で魔方陣を描く。
狂化は全ての能力を二倍にする代わり、状態異常の「狂乱」も付与されてスキルが使えなくなって敵と味方の判断も付かなくなりまともに戦闘も行なえなくなる。一度だけ状態異常にならなくなる清浄なりし肉体によってデメリットを完全に打ち消しやがった。
シュッ
もはや瞬間移動じみた疾走でクラッスは俺の目の前に現れると、正確な一撃で俺の首を狩りにきた。
「危なっ!」
体を後ろに落として、スレスレのところで回避する。見たこともない速度と動作に完全に度肝を抜かれたせいで本当にギリギリだった。当たらなかったのも実力と言うより運に近かったかもしれない。
だが やつは攻撃直後で隙ができている。反撃には絶好のチャンスだ。
ガタッ
「えっ?」
俺の背後からしばらく先にあった城の一部である塔。それがまるでお菓子のように切断されて、ズルっと上から半分が地面に落下していった。
「おや。少々力を入れすぎましたかね。まあ余の趣味ではなかったし、今度建て替えさせましょう」
グググ
俺の拳を正面から受け止めたクラッス。片手で握られ、持ち上げられる。完全に力負けしていた。
フワッと浮かされると、クラッスは見上げながら斧を両手で握りしめる。
斧技・
「くらうかよ!」
「ジャッジャッジャッ!」
笑っているような鳴き声をあげる斧は白刃取りで受け止めようとする俺へ迫ってくる。
……駄目だ。
バゴーン!
刃は止まらず、俺を吹っ飛ばした。かなりの深手をもらった。俺は痛みで朦朧としながら、クラッスが遠くで振りかぶるのを見る。
斧技・
シャキンシャキンシャキンシャキン
鋼鉄の硬度を誇るカマイタチが俺目掛けて飛んでくる。一撃必殺の乱れ打ち。俺は致命傷だけは免れまいと逃げに専念する。
「くぅうう!」
ガタガタガタ……
クラッスの猛攻から逃げる内に、俺はどこかの建物内へ避難していた。
ここは確か……独居房
ある考えがよぎる俺。
外ではクラッスが呟いていた。
「さらばだ。トラキよ」
ズガァアアアン!
クラッスが空から振り下ろした一撃は、建物を粉々にしてクレーターを形成した。
そのとてつもない破壊力の痕跡に、兵士たちは大はしゃぎする。
「おお! なんという技か。まさしく神の雷の如く」
「クラッス様の勝ちだぁああああ」
「こんなもの食らって生きている者は三英雄の方々くらいしか……」
「――第二ラウンド……開始だ」
乗っかっていた瓦礫をどけて、俺は立ち上がった。
ジャラジャラ
その腕には手枷に繋がれた鉄球があった。
隷技・縛鎖球×4
今度は両腕だけじゃなく、両足の分まで含めた鉄球が縦横無尽にクラッスへ飛んでいく。
「なんだあれ? あんな攻撃見たことない」
「どこから飛んでくるのか見当もつかない」
困惑する兵士たち。
しかし当のクラッスの声色は冷静を保っていた。
「甘い」
武技・
斧を高速回転させて、風車のようなものをその場に生み出す。
カンカンカン
そしてその柄と刃で自分に向かってくる鉄球を次々に落としていく。
「くっ」
「どれだけ複雑な軌道でも、着弾地点は余ひとりでしかない。ならば対処はできる」
俺すら気付いてなかった弱点を初見で見破ってきやがった。
「所詮は箱入りが思いついたただの児戯。この程度、戦場ではただの子供騙しでしかない」
「経験が足りないのは以前も言われたよ。そんなことは百も承知」
だからといって歴戦の戦士であるクラッスに及ぶ実戦経験なんて、すぐに身に付くはずもない。
「だから足りない分は発想で勝負だ!」
俺は手で掴んだ鉄球をクラッスへ投げた。
シュゥウウウ
風を切り裂きながら直撃コースを疾走する鉄球。
弾き落とそうとするクラッスだったが、
グルン
球は横に曲がった。けれど、そこはさすがクラッス。変化に合わせて斧を移動させる。
「これしきのことを大袈裟な」
「そいつはどうかな」
「なんだとっ!?」
防がれる直前、鉄球は更に別方向に弧を描いた。
隷技・
奴隷の球は二度曲がる。
がら空きの腹へ快音を立てて衝突した。
「なるほど……一度目は回転を与えて……二度目は変化した瞬間に鎖を反対に引っ張ったか」
「その通り。どうだ俺の力技は?」
「面白い――しかし悪いが、余には通じない」
クラッスは膝を屈っすることなく、平然と立ち続けていた。
馬鹿な。いくら曲がることで威力が落ちたとはいえ、それでも完全に不意をついて喰らわせたのに。
「へっ。そんなただの鉄でオイラを貫けるかよ」
「悪魔武器か」
「鎧の悪魔フルカスを通せる攻撃はこの世にない」
「……まあそんなことだとは思ってたよ」
「あぁ? 今さら分かったフリして、負け惜しみかよこの雑魚王子。ざーこざーこ。おまえの攻撃、犬の小便以下~」
「待て。なにかがあるはず――」
シュルルル
クラッスの背後から回りこんできた鉄球が縛鎖蛇球に使われた球に向かう。ぶつかる瞬間、俺は思いっきり腕を交差させる。
ガキィイイイン
凄まじい金属音が轟き、鉄球は砕けた。
(鎧がいくら堅牢だろうが、戦えている以上は必ず相手を見るための覗き穴と呼吸をするための換気口はどこかにあるはずだ)
「リキニウス平気か!?」
「ギャァアアアア」
俺の予想は当たっていたらしく、クラッスは彼から聞いたことがないほど情けない悲鳴をあげていた。
ザッ
「リキニウスおい立て!!! どこでもいいからすぐ跳べ!!! あれはさすがにオイラでもヤバ――」
隷技・
鉄球が無くなった鎖を拳に巻いて、俺は全力で殴る。
バリィィィインン!!!と強烈な音とともにクラッスは倒れた。
才能が無いとみなされて国を追放されたが、実はレベル限界が無限だったので頑張って最強になってみた 勝華レイ @crystalkicizer
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。才能が無いとみなされて国を追放されたが、実はレベル限界が無限だったので頑張って最強になってみたの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます