第19話 外側の戦い
シロウとアベルが激闘を繰り広げる少し前、クレセントはアベルの攻撃によって戦線を離脱させられるに至った。
一瞬にして閉じられていく結界に向かって走ろうとするが、クレセントは魔法使いの経験と卓越した技量から、運動場に展開された結界が「類を見ないほどに高度なものである」と理解する。
「これだけのものを……」
その結界は、「外界から内部を視ることができない」ことに加えて、「破壊困難な強度」を持っていた。
魔法使いたるもの、クレセントも同様に結界を張ることはできる。だがこれだけの付加効果を持ち、なおかつアベルの攻撃に耐えうる結界など、実現した者の力量をそのまま表すようだった。
魔法は、術者の持っている魔力を用いて色々な能力を使用する事ができる能力の総称だ。
絶対的に有能に思える魔法であるが、基本的なルールとして「魔法は魔力で対抗する事ができること」と、「術者の限界を超えることはない」ということだった。
つまり、クレセントが持っている能力の限界を超えてまで、魔法が発現することはない。
結界の例で例えるなら、「結界を張る術者の限界を超えた強度を作り出すことはできない」のだ。
そんな絶対的なルールのある魔法の世界で、これだけの結界を作り出すことができるのは、「結界を張った者がアベルにすら匹敵する能力者」ということになる。
ほんの数メートルの間の全力疾走の間、クレセントの頭には思考が駆けずり回る。
こんな結界を誰が? なんの目的で? 中はどうなっている? あらゆる可能性が鼓膜の内側でつんざいた頃には、結界の縁に触れるほどの距離まで詰め寄ることができていた。
「動くな!」
クレセントが結界に触れようとしたときだった。
後方から見知った気配が現れる。それは警棒を携えた案内人、サーシャである。
「手を上げて投降し、説明しろ……これは一体何なんだ!?」
「……ミス・サーシャ、説明するのは貴方の方よ。あたしの方から聞き返すわ。この茶番は一体、なんなのかしら?」
クレセントはサーシャの言葉をかぶり振るように、くるりと彼女の方向へ振り向いた。
その態度に対して、サーシャは訝しむように再び怒号を向けた。
「動くなと言っている! 我々はセントラルの……」
「セントラルの犬が、こんなことをしてもいいっていうことかしら? ミス・サーシャ、いや、ミス・グロリアと言ったほうが、適切?」
クレセントは背中に背負っていた、大ぶりの錫杖を右手で握りしめて大きく振りかざす。
まさにそれは臨戦態勢と言わんばかりの攻撃的な構えであり、刃を向けるような動きで、口が裂けるほどの笑みを浮かべている「グロリア」へと敵意を表す。
「……はっはっは、よくおわかりで。魔石の岩窟のときはどうも。魔法使いさん?」
サーシャを名乗っていたグロリアの表情は、ぼろぼろと崩れ落ちていき、気味悪くその相貌を表す。その姿は紛うことなく、魔石の岩窟でフリーランスとして一連の事件に協力をしていた、グロリアそのものだった。
「魔法で顔まで変えているなんてね、大方この結界を張った連中とお友達なんでしょう? 魔石の事件から……」
「一応聞いておこうか。どうして私が怪しいと?」
「……初対面の時、貴方はまっさきにうちの戦士長(ストム)を弓で射抜こうとしたわね? 思えばあの時から変だと思った。素手ゴロでの経験が乏しいあたしならともかく、シロウですら貴方の気配は掴めなかったっていうのに、ストムは貴方の攻撃を直前で退けた。あれは直前のプラン変更だったんでしょう? 本当は、あの場で邪魔者は始末するはずだった、とか?」
グロリアはそれを聴き入るように数回首肯する。同時に「なかなか良い読みだ」と口角を上げて、本来の「あの場での行動」を話し出す。
「まさか、転生者に引率がいるなんて思わなかったよ。そもそもあの場に、ヤツが来る可能性も危うかったからね」
「……なるほどね。本来の目的は、シロウを監視することだったっていうこ?」
「正確には少し違うが……、まぁアンタにはここまでだ。聞く必要もないだろう? ここで死ぬんだから」
グロリアはそのまま高速で弓を構え、そのままクレセントへ向かって攻撃を開始する。
一方のクレセントは当然のようにそれを予期していて、即座に錫杖を振るい三発射出された弓をはたき落とす。
「殺す気満々なら、教えてくれてもいいのに」
クレセントは大振りな錫杖を片手で軽々と振るい、そう挑発する。攻撃的なクレセントの言葉に、グロリアは冷静だった。
「そこまで詰めの甘いことはしないさ」
弓を放ったグロリアは一瞬にしてクレセントへと近づき、強烈なボディブローを叩き込むとする。しかしながら攻撃はクレセントの直前で停止し、グロリアはその不思議な感覚に笑った。
「射手の割には素手ゴロも得意なのね」
「アンタも戦り慣れてるな。インファイトで結界を使うなんて」
クレセントは攻撃が着弾する直前に身を守るように結界を張った。
ほんの一瞬だけ、クレセントの周囲を守る結界はグロリアの攻撃を受け止める。
結界は本来、長時間の運用を目的に利用される。そのため、近接の戦いにおいて一瞬だけ利用するのはかなりのレベルの技量だった。
しかしながら、グロリアも相手が「魔法使い」ということを十二分に理解しており、即座に切り替えして数多の投げナイフを放つ。
「どれだけ仕込みがあるのかしら!?」
グロリアの投げナイフに対してクレセントは、結界が間に合わないと判断するやいなや、錫杖を振りかざして攻撃を反発させる。
「風の魔法か……手数の多さはさすがだな」
「貴方がそれ言うの? もういい加減、こんな茶番劇は幕引きと行きたいんだけれど?」
「あぁ、そうだな。私も本気を出そう」
グロリアのその一言に、クレセントはとっさに錫杖を構える。
気がつく頃にはグロリアの顔は間近に迫っており、強烈な冷気がクレセントの皮膚をつんざいた。
クレセントは視界に捉えたグロリアの槍を足先で踏みつけにかかる。しかし槍の切っ先に触れた足ぞこは異様なほど冷え切っており、クレセントはそのまま槍を蹴り上げた。
「……やってくれるわね、まさか貴方、射手(アーチャー)なんかじゃなかったのね」
「あぁ。なかなか上等だろう? 私の魔法も……」
グロリアは威圧的な槍をぐるりと回して、不気味な笑みを浮かべている。
その切っ先は、刃が氷の結晶のように禍々しく、威圧的な冷気を放っていた。
魔法使いであるクレセントにとって、それが「魔法によるもの」であることがすぐに見抜く。
刃の部分を魔力でコーティングすることで、強烈な冷気を生じさせるこの技は、それこそ温度を操ることに長けていないと成立しない。
そもそも粒子運動でもある温度を完全にコントロールすることなど、魔法ではかなり精度が必要になる。
それを可能にしているのは卓越した才能と努力のなせる技であり、魔法に適正のない人間では扱うことのできないものだった。
「イカしてるわ、そういうの、あたし結構好きかも」
「お気に召してくれれば助かるよ」
「えぇ、お気に召すついでに、貴方がどういう立場で、どういう目的で行動しているのか教えてくれれば、もっと助かるんだけど」
この状況を前に今なお挑発的なクレセントに対して、グロリアは静かに「第二ラウンドだ」と言い放った。
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