第34話 脱落者
「一体これは……」
ワンの転移魔法が発動した瞬間、そこは不気味な荒野が広がっていた。
否、そこに対して「荒野」という表現をすることが正しくないことなど、その場にいる全員が理解できている。
そこが、荒野であることなどありえない。
荒廃していてもわかる。そこは、セントラルの中央に位置する、王の城なのだから。
「王は……王は、無事なの!?」
取り乱したように、クレセントはそう叫ぶ。
同時にストムやメルバも、口には出さないながら、相応の動揺が見て取れる。冷静なのは、シロウやコウガ、ワンとグロリアである。
すっかり我を忘れたようなクレセントは、血眼になって王の行方を探した。
一体、どこに王がいるのか。疑問符がほとばしるなか、グロリアは静かに指を指す。
「……いた」
グロリアが指さした方向にあったのは、体中が火傷に包まれた王、クリスの姿だった。
それを見たクレセントは叫びながら王の元へと駆け寄る。
誰にでもわかる。彼の姿は瀕死そのもの。かろうじて息のある今の状況は奇跡であった。
「王!? 一体、ここで何が……何が起こったんですか!?」
クレセントはすぐにクリスへ治療を施そうとする。ずたぼろという表現では足りないほどの損傷を体に負っており、
しかしクリスは、その手を最後の力で振り払った。
「いけ……ません、貴方たちは……最後の、希望なのですから……」
「もう、話さないでください。今ならまだ助かります」
「私はもう、助かりません。だから、お願いします。情報を、貴方たちに」
クリスの肉体は命をつなぎ、かつ話すことができるだけでも不思議な状況だった。
それを察知したシロウは、クレセントに対してその行動を制止させる。
「クレセント、話を聞こう。それが、オレたちにできることだろう?」
それはつまり、シロウが「クリスはもう助からない」と判断したためである。
クレセントもそのことを理解し、首を縦に振る。今必要なことは、クリスの最期の言葉を聞くことだった。
その空気感を解したクリスはと言うと、クレセントの手のひらを握りながら言葉を続けた。
「……サヴォナローラは、貴方たちが追い詰めたんですね? サースエリアの暴動を初めとして、各エリアは暴徒で溢れかえりました。サヴォナローラは追い詰められて気が触れたのでしょう。最初にやってきたのはここでした。もはや、秩序を保つ理由もなくなったことは明白。だから最初に、私のことを殺しに来たんでしょう」
「奴から、生き延びたのですか!?」
「えぇ……といっても、私の力じゃない。沢山の人々が、私の身を守ろうと、散っていきました。だから必ず、必ず彼らを討ってください」
「彼、ら?」
クレセントの言葉に対して、クリスは静かに語り始める。
それは、「転生者」の秘密である。それまで誰も分からなかった、転生者の真実である。
「……サヴォナローラは、異なる世界から来た怪物です。彼は、フィレンツェという片田舎の出身で、とある宣教師の息子でした。宣教師として絶大な支持を得た彼の父は、奢侈や贅沢を特に批判し、独自の価値観の政治を行ったとされています。その教示は、民衆の持っているあらゆる贅を焼き尽くしたと言います」
「フィレンツェ……? 王、一体なにを……?」
クレセントがクリスの言葉に疑問符を浮かべている傍ら、シロウはただ一人、その言葉に青ざめていた。
同時にシロウは、小さく「虚栄の焼却」と呟く。
クレセントはその言葉で、シロウの青ざめた顔を一瞥する。聞いたこともない一言。しかしその一言は確実に、クレセントの記憶に留まるものだった。
そしてその言葉は、クリスにも届いていた。
「やはり知っていましたか。そう……虚栄の焼却と呼ばれていたはずです。贅を悪とし、神による導きを説きました。行われた神権政治に魅入られたものも多かったと、聞いています」
「王……ごめんなさい、私には、なんのことだか……」
「オレが……元々いた世界の住人だ。だが、もう何百年と前の話のはず。それが転生者、サヴォナローラの正体だよ」
シロウの言葉に、クリスは最後の力を振り絞る。
「聞いて下さい。サヴォナローラは既に片腕を失い、セントラルに襲撃を仕掛けた……。もはや彼もなりふり構わず、あらゆるものを破壊しようとしている。急いでください。もはや、どんな手段を使うのかすら分からない。唯一、彼の誤算になったのは、私がこの情報を、貴方たちに伝えることができたということです」
「やつは今、どこにいるんです?」
「あれだけの大技を打ったんです。暫くの間、動くことはできないでしょう。今は力を蓄えて、最善の手を打つことを考えるはずです。それがどうなるか、私にはわかりかねます。私にできることは、この情報を繋ぐことだけです」
その言葉を持って、クリスは瞳を閉じる。焼け爛れた肉体はただただ痛々しく、クレセントらはその沈黙に言葉を挟むことはしなかった。
すべてを聞き終わったこの状況で、黙祷の隙もなく、言葉を繋いだのはシロウだった。
「……生き残っている者を、セントラルに集めよう」
その言葉に一瞬、沈黙が巻き起こったが、そこに対して意図を汲み取ったのは、意外なことにワンだった。
「四王はこの世界における抑止力……。その枷が外れた以上、今まで燻っていた反社会的な人間たちが動き出した。そうなってしまえば、各エリアでは力こそが絶対になる。つまり、全戦力をセントラルに集中させることが、民間人を救うことになる、そういうことだね?」
その説明にシロウは首を縦に振る。
どうしてこんな暴動が起こったのかは、シロウには分からなかった。だが、その判断は正鵠と言わんばかりに、コウガは意見を述べる。
「恐らくその判断は正しい。セントラルには、あらゆる物資があるし、それ相応の猛者も残っているはずだ。尤も、選択肢として彼らを見捨てるほうが、我々の目的は達成しやすいということは、あらかじめ忠告するよ」
「……そのとおりかもしれないが、オレを含めて、民間人を見捨てようとしている人間はいないだろう?」
顔を見回したシロウに対して、覚悟を決めた面々は皆一様の表情を浮かべている。
そんな中で、メルバとストムは両手を上げて自ら志願した。
「……それなら、我々で民間人の救出をしよう。少なくとも、俺やストムはもう、戦力外だ。戦いを主にはできない。せめて、その手の雑務は俺たちが請け負おう」
「サラッと巻き込まれたが、生き残る手段はそれしかない。むざむざ殺されるのは御免だからな」
ふたりは互いの得物を取り出してぐるりと金属音を鳴らす。
それに口を挟むように、クレセントは自らも挙手をした。
「申し訳ないけど、あたしも参加できるのなら、そっちにつく。できることなら一緒に戦いたいけれど、もうあたしたちの範囲を超えている。バックアップに専念するわ」
クレセントの言葉にコウガが微笑み、「戦いを終えて矛を収めたのか?」と言葉を投げる。
それまでの付き合いからコウガは、クレセントが好戦的なことはよく理解している。そんなクレセントが自らバックアップを行いたいということは、これからの戦いがより激戦となることを理解していてのことだ。
「あたしはもう、足手まといよ。それなら、貴方たちが全力で戦えるようにするだけ。コウガ、ワン、シロウ、貴方たちが、最後の希望、あたしたちを守ってね」
クレセントの宣言に、転生者とされる三人は首を縦に振る。
それはストレートに、今までの激闘が最後の佳境に入ることを示していた。
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