第四章 復讐劇

第22話 ちぐはぐの王


 セントラル・エリアの城下町を更に北側に進んだところに、「王」が住んでいるとされる城が位置していた。

 巨大な城だというのに、エントランスから応接室にかけて、人っ子一人確認できない。


 城に招き入れられたシロウとクレセントだったが、警戒心を一切解くことなく、応接室までの間歩き続ける。

 しかしながらその態度は、諜報局のスーツ男が指摘する。


「……そんなに緊張しなくて良い。それだけ、王は警戒心が強いお方だ」


 スーツ男はそのまま応接室の扉を開ける。絢爛な応接室が出てきて、そこに椅子へと座らされる。

「ここで待っていろ。今、王をお呼びする」

 スーツ男はそのまま応接室の奥の扉を開いてそのまま出ていってしまう。

 静まり返った応接室の中で、シロウはヒソヒソとクレセントへ尋ねる。


「……王って、何者なんだ? そもそもここ、王立制なの? というかなぜスーツ?」

「実際、王なんて誰も会ったことがない。過去、魔族がここいらを支配していたときの名残なのよ」

「……そんな引きこもりの王様が、オレたちになんの用なんだ?」


 こそこそと話すシロウとクレセントが更に話を展開しようとした時、応接室の最奥の扉が開き、大仰なローブを羽織る青年が、神経質な表情で応接室に入ってくる。

「四王の一角を落とした、それだけで謁見に足るものでしょう。ウェストギルドの精鋭諸君」

 王と呼ばれているのはこの神経質な男なのかと、シロウとクレセントは首を傾げるが、男から漂ってくる異様な雰囲気がそれを主張する。


「申し遅れました。セントラル・シティの王、と言われているクリスと申します」

 クリスと名乗った王は、王という役職にはとても似つかわしくないような態度で丁寧に頭を下げる。


「この度は不躾とは存じますが、こんなところに呼び立てて申し訳ございません」

「あ、いえ……」

「最初に、王としてはあるまじきことを述べさせていただきますが、良いでしょうか?」


 クリスを前にクレセントとシロウは立ち上がって頭を下げて、「お話いただければ」とそれ以降の言葉を促す。


「有難きお言葉ですね。しかしながら、既知の通りでしょう。古より隔てられていた東西南北のエリアは、それぞれの怪物が支配されています。四王、と呼ばれている面々たち……彼らは最初から怪物だったわけではありません」

「……というと?」

「この地が王政となって以降、初めて降り立った転生者は、現在サウスエリアを支配している、サヴォナローラという男でした。彼は当初この世を支配していた魔族を討伐し、世界に平和を齎したのは事実でした。ですが彼は……どこか偏った思想があり、自らが助けた性善的な人間たちを集めて、サウスエリアとして独立させるように言ってきたんです」


 深刻なクリスの表情を前に、クレセントは思わずといった様子で口を挟む。


「もしそれが事実なら、当時サウスエリアとそれ以外に分けられた人間は、相当な反発でしょうね」

「……えぇ。そのとおりです。当時は反発する者も多かったのですが、魔族討伐の功績もあって、やむなく承諾しました。これが、現在のノース・サウス・イースト・ウェストの原型になったんです。サウスエリアは特に、性善的な人間が集められ、事実上サヴォナローラが統治することと成りました」

「魔族の討伐が、それだけの功績であり、エリア分けをした。その時点で、サヴォナローラの目的は、自分たちの街を作ること、だったのかもしれないですね」

「彼は……確かに人格者ではあったんですが、特に罪人に対してはとりわけ大きな、憎しみのようなものを抱いていたといいます。当然、私も現在の王として、四王の各々と謁見したことがありますが、未だその通りかと存じています。そこから、他の転生者が現れる時、変革と功績の印として、各エリアを統治させる形を取ってきました」


 いざ、改めてこの世界の様々な部分を紐解かれていく感覚に、シロウは思わず顔を歪める。

 本当に、今語られていたような内容が繰り広げられていたのであれば、それは当然人間的とは言い難い感覚がある。

 一方で、「王がどうして四王を倒した人間たちを探しているのか」ということについては一向に触れられない。

 それについてはクレセントも同じ疑問符を抱いているはずだが、そこに触れることなく静かに王の話を聞いている。

 そんなシロウの疑問符に答えるように、「四王」という厄災について語り始める。


「……四王は確かに、英雄です。しかしながら、彼らの振る舞いは少しずつ、変わっていったのです」

「変わった?」

「えぇ。各々が、各々のエリアを支配していき、各エリアは凄まじい力をつけるようになりました。そうなれば、セントラルを陥落させようと色々な動きが見える様になり、現に謎めいた事件が多くなっており、私は四王を疑いました。特に、サヴォナローラは、かなり攻撃的なスタンスでしたので、秘密裏に彼らに届きうる戦力を求めていました」

「……だから、四王を下せる面々を探していた、ということですか?」


 シロウがクリスにそう訪ね返すと、露骨にバツの悪そうな顔を浮かべている。

 その表情にいち早く反応したのはクレセントの方だった。


「4つのエリア以外の場所から現れた中立的な立場であり、セントラルにおいて、都合の良い存在……それを見極めようとしているってところでしょう?」

「……全く持って、貴殿の言う通りです。むしろ、ウェストギルドの魔法使いである貴方が、四王討伐に関わったとするなら、大問題になります」

「つまり、オレだけが今回のことに関わる必要があるってこと、ですか?」


 クリスは更にバツの悪そうな顔で首を縦に振る。

 転生者のみで、四王を片付けろ、ストレートに表現するのならクリスはそういうことを言っていた。

 一見無謀かと思われたこの話に、シロウは首を縦に振った。


「そういう理由なら、オレは一人でやる。四王があんな連中なら、危険すぎる」


 シロウは、昨日までこんなことを言うとは思っていなかった。

 アベルとの邂逅、戦いに於いてレベルアップを肌で感じているからこそ、今の自分が他の面々と別次元となったと確信させられる。

 だからこそ、「他人を巻き込みたくない」という気持ちが先行する。他の人間を拒否したわけではない。ただ、アベルのような怪物を作り出さないよう、せめてリスクの芽を摘んでおきたかった。


 しかしそんなシロウの言葉を遮るようにクレセントは割って入る。


「大丈夫です、あたしはウェストギルドから既に脱退しています。このふたりで、四王討伐に当たることはできます」

「クレセント……危険すぎる」

「ここまで来て、はいさようならなんていうほうがおかしいわ。それに、貴方は過信している。アベルが行動に出たということは、連中はもはや、手段を選ばないはず。そうでしょう? 王様?」


 そう訪ねたクレセントに対して、クリスは静かに首を縦に振る。


「……アベルは、戦いに対して異常な固執をしていました。それに加えて、四王は他の転生者と比べると、圧倒的な強さを持っています。だから彼らは、これまで一切の搦手を使わなかった。余計な邪魔をされることを、アベルは嫌がるから」

「つまり、これから先は何でもありの戦いになるってことか」

「えぇ。サヴォナローラを筆頭に、彼らは本格的に動き出すことになるでしょう。シロウを狙って」


 クリスはシロウを一瞥して深々と頭を下げる。


「いびつになった四王を打倒できるのは、転生者である貴方だけです。何卒、よろしくお願いします」

 シロウは土下座でもしそうな勢いのクリスを制止させつつ、目的を明確にしつつ、今まで抱えていた疑問についてクリスに尋ねた。


「つまりやらなくちゃいけないことは、残った四王を討ち取ることが目的ってことなのは分かったんだが、気になることがある。転生者は事前に自分たちが危機に瀕することを知っていたみたいだ。どうしてそんなことが分かったんだ?」

「恐らくそれは、神域でのお告げでしょう。これは転生者にしかわからないそうですが、神からの伝令があるのかもしれません。それは彼らのみが知っている情報網でもあるのでしょう。貴方のほうが、分かるかもしれませんね」

「……オレも、ここに来るときに、神を名乗るヤツから話を受けたことがある。もしかしたら、アレは転生者全員に話をしていたのかもしれない」

「なるほど……それであれば、大魔法使いを訪ねてみてはいかがでしょう?」

「大魔法使い?」


 クリスの言葉にシロウは、ちらりとクレセントを一瞥する。

 するとクレセントは、「大魔法使い」という言葉を説明し始める。


「転生者が、魔物から人間を救うよりも昔から、この世界で居を構えていると言われているの。でも、誰一人として、大魔法使いなんて見たことがない。王は、大魔法使いについて、ご存知と?」

「生憎、私も存じ上げません。何分大魔法使いは警戒心のお強い方……謁見すらもままならない。そんな曖昧な知識を伝えて申し訳ないですが……」

「どっちにしても、その大魔法使いなら、なにか知っているってことか。それで、いいんだな?」


 シロウはクリスにそう尋ねると、彼は深々とうなづき、言葉をシンプルに繋いだ。


「四王壊滅、私が望むのはそれだけです」

「オッカムの剃刀、か。話はシンプルな方が良い」

「その通り。私共にできることがあれば、ありとあらゆる力を尽くします。だから、お願いします」


 王は深々と頭を下げて、ただ延々と懇願する。

 シロウとクレセントは、静かに首を縦に振るばかりだった。

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