第23話 退屈な日々
謁見の間を出てから、シロウとクレセントは静かな森の中を歩き出す。
驚くほど、静かであった。激闘を終えたシロウとクレセントにおいて、その静寂は気味の悪いほどだった。
「……シロウ、神とのことについて、知りたいことがあるの。あれこれ大変かもしれないけど、今がふんばり時。大事な情報よ」
クレセントは、恐らくいくつもあったであろう言葉を振り払って、「神」についての話を尋ねた。
シロウはその言葉に対して、いくつか言葉を選んだものの、そこで選択したのは「素直に従う」という選択肢である。しかしそれは、少しながら過去の出来事から語りが始まった。
「今まで、言ってなかったかもしれないが、オレ、元の世界で死んだんだ。その、車……って言っても分からないだろうけど、その、まぁ不慮の事故って感じで」
「それで、神とやらに勧誘を受けた、と」
「まぁそんなところ。そのまま死にたくなければ、こっち側の世界を救えって言われてな。だからオレは、ここに来たんだ」
「世界を救うため。えぇ、確かにそうだわ。ここまでは聞いていた。だけどどうして、貴方がここまで命を張って、元の世界の戻りたいのかは、聞いてなかったわね」
シロウはそこで言い淀んだ。それよりも前の出来事についてはあまり言及はしたくない様子である。
しかしクレセントは重ねるように「今まで聞かなかったけど、聞かせてくれない?」と、シロウに言及を促す。
「あたしは、貴方のことをまだよく、分からない。相手のことが理解できないってのは、この仕事において、致命傷になるの」
「……命を扱うから、か?」
「それだけじゃない。命のやり取りをするからこそ、刈り取る側の正常さを推し量る……。気づいている? 貴方は、誰よりも異常よ。ここに来てほんの数週間で、ここまで戦えるようになった。それは良いことよ、でも……」
シロウは、クレセントの接続詞の先を、ただ静かに言葉を待つ。
クレセントはそのまま、静かに言葉をつなぐ。
「戦う事ができるっていうのは、ある意味で異常なの。相手のことのすべてを否定し、踏み潰す。戦いにおいて圧倒的な強さがあるっていうことは、それだけ他の人間をどうでも良いと思える、自我の強さってことよ」
「……確かに、オレはそれくらい、自分のことしか考えてないな」
「ストレートに言うね」
「昔から、自分のことしか考えてないよ。それくらいなければさ、オレは、世界を救うなんて大仰なことを宣言してまで、生き返りなんて望まないよ」
シロウの言葉に、クレセントは「それもそう」と首を縦に振る。
その後、シロウは小さく笑って、「オレが死んだ日さ」と過去の話を始める。
「……大切な人と、結ばれたんだ」
「あら、意外に素敵なお話が聞けそうだね」
「そう言ってもらえるとありがたいけどね。実際はそんな話じゃない。ただ普通の人生の一端だ。普通に生まれて普通に生きて、長年の片思いが結ばれた日、俺は死んだ。だから、オレはこんな辺鄙なところで、命を削ってるってわけだ」
シロウは過去の出来事を思い返すように気恥ずかしそうに微笑むと、クレセントは穏やかに口角を上げる。
「意外に、人間的であたしは結構安心したけどね」
「それって、どういう意味だよ」
「いや、戦ってるときの貴方は、人間なんてどうでも良さそうなくらいだから」
「それはそれで、不服なんだけど」
クレセントはその言葉を聞き一笑に付す。ついで「不服?」と立ち止まる。
「ここにきて、貴方が見てきたものは、貴方がいた穏便な世界とは全く違う世界のはずよ。そんな中、貴方はアベルを下した。圧倒的な強者と戦い、生き残り、そして勝った」
「……まぁ、それは事実だが」
「でも、これを聞いてつくづく、貴方のこと、おかしいと思ったわ。どうしてそんな普通の人生の中で、こんな怪物が生まれたのか」
クレセントはそこまで続けて、一瞬にして錫杖を振るい、首元でその刃を止める。
対してシロウは、それに一瞬の躊躇いも見せずに得物に手をかけていた。
「さすが。やっぱり戦いに向いた精神性をしてる」
「……そう?」
「どうしてこんなことをしたのかってことも、聞かないのね」
「必要ないでしょ。本当に殺すつもりだったら初撃で腕くらい持ってってる」
「そういう考えをしてる時点で、貴方はもう、一般人じゃないのよ。あたしが初めて戦いの場に立った時、震えて動けなかったわ。それに対して貴方は、いともたやすく、そこに立ち続けられた」
「最低な人間だよな、これってさ」
「俗世からすれば、その力は決して迎合しないでしょうね。でも、今の貴方には、最も必要な力。それがなければ、貴方は、戻ることができないでしょう」
クレセントは静かにシロウの真横で足を止めた。
そんなシロウに対して、クレセントは一連の会話のなかで核心に触れる。
「シロウ、貴方は戻りたいでしょう? 平穏で甘酸っぱい、けれど退屈な世界に」
「……それは、どういうこと?」
「貴方が持っている戦いの才覚は、退屈な世界のそれとは隔絶したものよ。戦いの味を知ってしまえば、平穏な世界は少なからず、退屈なはず。貴方の下したアベルは、そういう退屈さに囚われていたとも言えるでしょう。それでも、帰ることを望むのね?」
問われた内容にシロウは逡巡する。アベルとの戦いを経験した今、シロウは確実に自分の中に息づく異常性に気が付き始めていた。
しかしそれに対して、シロウは驚くほど、自分に理解を持っていた。
「確かに、オレは異常かもしれない。でも、それ以上にオレは、アイツのことが大切なんだよ。それに、戦いのことを知ったからこそ、オレはあの退屈の世界を噛みしめる事ができるようになると思う」
「……それなら良かった」
「それもそうだけど、オレはそろそろクレセントのことを聞きたいんだがね」
クレセントの詰問と納得を噛みしめるように、シロウは立場を逆転させてそう問う。
クレセントは表情を一切変えなかった。まるでシロウのした問いかけを見透かしていたかのように、ただ平然と「なにを?」と返す。
「最初っから疑問だったんだ。四王はこの世界で圧倒的な強者であり、敵対などありえない。各エリアの四王すらも迂闊に手を出せない。王ですらあの調子……、一介のギルドに所属しているアンタにとってそれは相当なリスクだろう」
「確かにね」
「王と同じく、オレが四王の誰かを下したタイミングで話を振ってきたのであれば分かるんだ。だが、アンタの行動は最初から、オレを四王に当てるために行動しているように見えた。実際、ウェストギルドで経験を積んでなければ、オレはアベルに負けていた。当然、ウェストギルドのリスクも相当高かった。教えてほしいんだ。どうしてウェストギルドがそこまでのリスクを負って、四王討伐に乗り出したのか、ってことをね」
シロウがクレセントに対して伝えた言葉は、噛みしめるように首を縦に振り、「まぁ、そうよね」と納得する。
一連の話に対して、クレセントは静かな眼差しを向けながら、一切シラを切ることなく微笑む。
「確かに、四王の討伐はハイリスクだけれど、四王撃破はそれだけの悲願なの。リスクはあっても、四王と戦うことだって……」
「それなら、どうしてアンタだけなんだ? ストムもコウガも、どうしてここにいないんだ?」
「……鋭いのね」
「最初から、アンタには四王を倒すための計画があった。それで目をつけたのが、神域で転生者……その可能性を少しでも高めるために、アンタは無理を言ってウェストギルドに引き入れた。それがオレの現段階の考察だ」
シロウはまっすぐにクレセントへ視線を向けていた。
つらつらと話された言葉は、シロウから見たときに起こりうる「違和感」の数々である。
それに対してクレセントは、ただただ穏やかに沈黙していた。黙りこくって話を聞き、最後には首を縦に振って「素晴らしい考察よ」とシロウを見つめる。
「……どうやら言い逃れはできなさそうね。あたしの目的は最初から、四王を下すことよ。転生者が来ることも分かったうえで」
「やっぱり、そうだったのか」
「えぇ。正直ここまで展開が早いとは思わなかったわ。王から、即座にアプローチが合ったことも含め、ね」
「つまり、転生者がここに来ることを理解していた、っていうことか。諸々含めて、そろそろ出し惜しみしている情報はテーブルに並べるタイミングじゃないのか?」
「そうね。あたしもそう思ったわ。今、まさにね」
クレセントは穏やかな笑みを静かに潜めて表情を翻す。そこには、すべてを悟ったような表情で腹を決める、一人の魔法使いがいた。
クレセントはそのまま、真剣な眼差しで深々と頭を下げる。
「シロウ。本当にごめんなさい。本当のことは言わなかったんじゃない、言えなかったの。貴方が、転生者としての器を測るためだった。なにせ貴方は、戦いに身をおいたことのない一般人だったから」
「待ってくれ。オレはそれが悪いなんて話はしてないんだ。情報漏洩の可能性だってあったんだ。クレセントの判断は、理にかなってると思ってるさ」
「……確かに、そうだったかもしれないけれど、それでも貴方を危険にさらした。これだけであたしは重罪……本当に、ごめんなさい」
クレセントの言葉にシロウはその感情を推し量る。
彼女が抱えていた巨大な罪悪感は、それだけ彼女が抱えている情報が重大であることを意味している。
だからシロウは「それなら、聞いた後に判断するさ」と微笑みかえすと、同時にけたたましい爆音が東の方向から巻き上がる。
「……どうやら、話を聞く前にやらなきゃいけないことができたみたいだな」
「えぇ。やっぱりこのタイミングで動き出したわね」
「なら、止めなきゃだな。怪物を」
思わぬタイミングで邪魔がはいったシロウとクレセントだったが、狼煙の上がった東側、イーストエリアを一瞥する。
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