第24話 不死身
狼煙の上がったイーストエリアを一瞥した二人は、クレセントに導かれて森の木陰に一瞬にしてイーストエリア近郊の森へと移動する。
「イーストエリアって、ここからどれくらいかかるんだ?」
「まともに歩けば3日はかかる。だけど、事前にこうなることは分かっていた。転移魔法を使う」
「転移魔法って、あのワープみたいなやつか。どんな原理で人を飛ばしているんだ?」
クレセントは錫杖を取り出して、地面にちょうど二人を囲むように魔法陣を描きながら、転送魔法の原理について説明を始める。
「魔法はイメージと物理の掛け算みたいなもの。人間の持っているイメージが、あらゆる現象を歪める。だからその両方に負担がかかることはできないの。特に人間が空間を超えてワープするなんてのは、とんでもない無理難題」
「その無理難題を、どうやって実現したんだ?」
「魔法陣よ。魔法陣を解することで、指定した魔法陣にあるものを入れ替えているだけ。転移でもないんだけれど、まぁ擬似的にって感じかな」
「……それって、人間を飛ばして平気なの? 原理がふわっとしているのは、ちょっと怖いんだけれど」
シロウの言葉にクレセントは、楽しげに笑いながら錫杖を鳴らす。
「あたしはこの瞬間、好きなのよ?」
クレセントの言葉と同時に、暗転するとともに全く別の場所へとシロウは視界を一瞥させられる。
「さて、飛んだわね。ここがイーストエリア……」
「……戦いの舞台っていうことか。だが、さっきの話によれば、アンタは最初からイーストエリアで、こうなることを予見していたって話しじゃないか。どういうことだ?」
「あぁそれは……」
クレセントが話しだそうとした時、近くの草場から聞こえてきた「ここまでが我々の予測だったからね」と声が聞こえてくる。
シロウが声のなる方向へ視線を向けると、そこには、ウェストギルドの統括である、コウガであった。
「マスター、どうしてこんなところに?」
「その話をする前に、とりあえずそっちの状況を確認しようか。後ろで随分とどでかい花火が上がっているから、できるだけ簡易的にね」
「シロウがアベルを下した。それで、王があたしたちに接近してきて、他の四王を倒すように言ってきた」
「簡潔だな」
シロウが思わずそう続けるも、コウガはそれも見込んだ上で「筋書きどおりか」と首を縦に振る。
同時にコウガは、「こちらも話そう」と現状についての報告を行った。
「この花火を打ち上げたのは、当然だが四王だ。ノースエリアの王である、ワン、やつの異名は、不死身だよ」
「やっぱりそう来たのね。考えられるうえで、最悪のパターンよ」
クレセントとコウガの会話に対して呆気にとられていたシロウであるが、「ノースエリアの四王が不死身である」という情報から、考えられる最悪の想定と、クレセントとコウガに対する疑問が同時に湧き上がる。
「もし仮に本当に、そのワンってヤツが死なないなら、確かに最悪の陽動になるが……その前に、どうして連中の能力まで知っているんだ?」
最大の疑問を尋ねられたコウガとクレセントは、けたたましく鳴り響く怒号を前に、「答え合わせは、まずアレをなんとかしてからでも?」と投げかけられる。
当然ながら、シロウの答えは「なんとかした後」である。
***
イーストエリアの中心部、けたたましい怪物が大振りな鎌を振り回す。
建造物を破壊して回るそれは、人型の体躯でありながら、街並みを蹴り回して動き回っていた。
黒色の髪色に不気味な形状の鎌を振るう男は、ノースエリアの王「ワン」である。
不気味なローブを身にまとい、男は「粛清~」と笑いながら、建造物を吹き飛ばしている。
そんな中、宣戦布告のように瓦礫のなかで立ち尽くしたのは、当然シロウである。
シロウは即座に自らの神器をレイピア状に変形して刃を向ける。
対してワンは、シロウのことを一瞥すると、瓦礫の破壊を止める。そして凄まじい奇声をあげて、シロウの前に立ち尽くした。
「アンタがアベルを殺したっていう転生者か。はじめましてだが、ボクはアンタのことを知っている。シロウ、だったよね?」
「オレはアンタのことなんて知らないが、ここで一体、何をしているかだけは教えてもらえないか? 全く持って、こんなことをする理由が分からないな」
ワンはローブを脱ぎ捨ててその素顔をさらす。
そこには端正な顔立ちに藍色の現実離れした髪色に度肝を抜かれながら、彼はけらけらと笑う。
「目的なんて単純、ぜーんぶ、壊したいだけだよ」
彼の言う目的はただ一つ。「破壊」を明言したワンは、大鎌を振るって背部の建物を瞬く間に両断する。シロウはその攻撃を一瞥し、静かにレイピアを向けた。
アベルとの戦いでシロウは大きく成長していた。
神器によってもたらされた驚異的な身体能力、五感、あらゆる能力が覚醒したのは、間違いなくアベルとの交戦が関わっている。
だからこそシロウは、ワンの最高速度の鎌にすら即応し、大振りな鎌の攻撃を回避し、滑り込むように懐へと潜り込む。
アベルを下したときと同じ動き。滑り込んだ先で高速の突き上げを放ち、見事にそれはワンの頭部に直撃した。
レイピアを握る手のひらを伝って、不快な感覚が脳を揺さぶる。その強烈な手応えが、ワンが致命傷を負ったことを悟らせた。
どろりとした血液がシロウの体に触れるのと同時に、シロウはワンから飛び退く。
確かにシロウは攻撃を着弾し、ワンは確実に仕留めることができた。それを体現するように、致死量をはるかに超えるであろう血液が首元から垂れ下がる。
しかし問題だったのが、血まみれのワンは力尽きるどころか、けらけらと笑いながら止血することもなく、一瞬にして肉体が再生したことだった。
「……なるほどなるほど、アベルを下したのはほんとうってことだな。ボクじゃ全く対応できなかったよ」
「まさか、不死身って……マジな話なのか」
「それが、ボクの能力だからね」
シロウは情報こそあれど、確実に自ら葬ったであろう一撃を持ってしても意気揚々と体を動かしているワンに対して動揺を隠せなかった。
そればかりか、ワンは致命傷をものともせず、致死量の血液を噴出しながら、何ら変わりない速度感で大鎌を振るう。
基本的なスピードと膂力は、ワンよりもシロウのほうが圧倒的に優れていた。にも関わらず、振るわれた大鎌に対してシロウの反応はわずかに遅れを取る。
圧倒的な強者同士の戦い。いくら基礎の能力が優れていたとしても、かすかな隙は、文字通り致命的なものとなった。
シロウは思わず身構える。振るわれた大鎌による攻撃に対して、シロウはほとんど反射で受け流す。
当然のようにそれだけでは攻撃を押し止めることはできず、大きくふっとばされてしまったシロウは、全く異なる猛者と会敵したことを理解させられた。
「……これだけの力を持ちながら、アンタは何を望んでいるんだ?」
「のぞみね。そういうの、みんな好きだよね。ボクはただ、自分の気持ちに忠実なだけなんだよ」
「いい趣味してるな」
ワンは笑いながら大鎌を振るう。二度目の攻撃と、警戒心が、シロウに攻撃を迎撃させる。
基礎能力で上回っているからこそ、シロウの攻撃は当然のように、ワンにとって致命の一撃となり続ける。
シロウは、いかに敵が「不死身」といえど、何かしらの弱点があると踏んでいた。
例えば、「再生する限界がある」とか、「体の何処かに核となる部分がある」とか、知っていることは最低限のありきたりなことだ。
しかしそのどれもが、「相手を倒し続ける」というシンプルな手段に帰結していた。
シロウは自らの武器をレイピアから、刃へと変わる。
攻撃が刺突から切断へと置き換わった瞬間。ワンの体は凄まじい速さで攻撃される。当然のように切り刻まれてバラバラとなったワンだったが、それでもなお、驚異的な再生速度を持ってして体を元に戻してしまう。
「君のような力のある人間なら、ボクらの考えは分かると思っていたよ」
「……そのナリで人間だっていうなら大した冗談だ」
「確かにその通りかもしれないが、キミもだろう? あのアベルを下した時点で、キミだってにんげんなんかじゃない」
けらけらと笑いながらワンは肉体を瞬く間に再生させ、大鎌を握って再びシロウへ襲いかかる。
シロウはレイピア状へと変化させて攻撃を受け止めるが、そこでシロウは決定的な変化に気付かされる。
再生を終えて、大鎌を振るうまでのワンの速度が、明らかに上がっている。シロウはなんとか攻撃をいなして反撃に転じることができたが、それでも腕を飛ばすだけに留められる。
先ほどと比べると、相手の反応速度が段違いに変わっている。
だが、シロウは自身の肉体的な疲労にようやく気付かされた。相手の速度が上がっているだけではない。シロウ自身の反応速度も下がっている。
それに気がついた時には、既に振るわれた大鎌が目の前に迫っていた。
シロウは辛うじて反応することに成功し、三度腕を切り落とす。
「ほら、これだけ反応が落ちたって、この調子だもん」
切断された腕を拾い上げ、ワンはケラケラと笑い、自らの切断面をシロウへ見せつける。
すると切断面は、恐らくワンの意思に反するが如く一瞬で再生する。まるで、ワンの肉体が壊れぬように、無から体が現れているようだった。
「……お前、一体……」
「君にはボクは殺せない。ばかりか、誰一人、ボクを殺せるものなんていないよ」
ワンは嘲笑的に笑い続ける。死神のような大鎌を携えて。
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