第25話 訳あり魔法使い
不死身のワンの驚異的な再生速度と成長速度を目の当たりにしたシロウは、「現状で打ち勝つ方法はない」と判断して、大きく息をする。
考えるべくは、「相手の戦闘能力の無力化」である。レイピアを用いて一瞬にして、ワンの大鎌を狙う。武器そのものが無力化できれば、この惨状を最低限に抑えることができるかもしれない。
その攻撃の狙いは即座にワンに通じたのか、すぐに対応されてしまい、攻撃はひらひらとかわされる。
「やっぱりそういうやり方か。まぁいいか」
ワンはシロウの攻撃を見透かすようにそう言い流して大鎌を手放す。
手放された大鎌に、レイピアはけたたましく響く。当然のように破壊されたワンの大鎌だったが、破片状になった大鎌は、ワンの肉体と同じように、凄まじい勢いで元の形へと戻ってしまう。
これには思わずシロウも動揺する。
肉体が不死身であるのであればまだ納得ができるが、ワンは手に持った武器すら破壊されることなく、再生したのだ。
「一体どうなってんだ、アンタ!」
「ボクは不死身さ……誰も殺せない。君にだってね」
シロウはこの時点で、ワンに対して数十回にわたって致命傷を与えていた。戦いが始まって有に三十分を超えているこの状況で、シロウの肉体的な疲労は凄まじいものになっていた。
「君はボロボロ、僕は全快……いくら君が強くても、この状況じゃ、勝てないだろう?」
「確かに、流石に分が悪すぎるな」
「意外に素直なんだね」
「だが、調子にのって手の内をさらしすぎるのは、良くないんじゃないか?」
シロウの挑発的なセリフに対して、ワンは思わず顔を顰める。
突如、ワンは自らの真下に現れた魔法陣に目を向けた。一瞬にしてそれがけたたましい光を放ち、ワンは理解する。
この場所に誘導されたのだと。
「転移魔法……やられたね……」
「誘導がうまくいったのは、オレだけのおかげじゃないさ」
「なるほど、仲間のしょうりってやつか。ボクらには、ない考え、だね」
ワンはほくそ笑みながら、転移魔法によって瞬く間に何処かへと飛ばされる。
それに対してシロウは、願うように呟いた。
「そのまま二度と現れないでもらえると助かるんだがな」
言い終わったシロウはようやく、体の力が抜けたようにへたへたとその場に座り込む。
今まで体中に張り巡らされていた緊張が抜けて、立っていることすらできなくなっていることに、シロウはやっと自覚した。
そんなシロウに対して手を差し伸べたのは当然のようにクレセントである。
「遅かったじゃないか。あの化け物、マジで不死身だったぞ?」
「貴方じゃなければこの方法は取れなかったわ。無力化の方法は最初から考えていたんだけれど、とてもじゃないが実行には移せなかった」
「はぁ……それで、あの不死身の化け物は、何処までふっとばしたんだ? できればマリアナ海溝の地層あたりまで吹っ飛んでもらえたら助かるんだが」
「マリアナ海溝はわからないけれど、あたしの渾身の転移魔法よ。イーストエリアの更に東側にある、魔境と言われている海域まで移動させている。戻ってくるまで相当な時間がかかるはずよ」
「ひとまず成功はしたけれど、アレを何とかする方法がない限りは、ずっとこんな調子だな」
シロウは荒廃した街のなかで、瓦礫に座ってクレセントと、突如現れたコウガに対して、詰問するような調子で言葉を投げる。
「……ひとまず、アイツは追っ払った。事情を説明する下地は整ったんじゃないのか? 姿を見られちゃマズイのか?」
「長い話になるわ。コウガ、貴方も話してくれる?」
クレセントとシロウは、瓦礫を鳴らして歩み寄るコウガに対してそう尋ねる。
するとコウガは、シロウの横に座り込んで衝撃的な話を続けた。
「君は疑問で溢れているだろう。どうして私がここにいるのか、こんなところで何をしているのか。何を知っているのか、ってね」
「少なくとも、前置きを挟むくらいには、重要なこと、なんだよな?」
「あぁ。結論から言おう、私は君と同じ、転生者だ。それも今から三千年前、最古の転生者であると言えるだろう。そして、王の言う、大魔法使いでもある」
シロウはそれを聞いて言葉を失った。転生者とは、そのままシロウが元々いた世界から来たという、「異界の者である」ということを意味している。
それも、同じように「神なる存在から大きな力を与えられ、同時に試練を課された」ということでもある。
この世界では「転生者」が大きな転換点となる。
それは五百年の周期で生じており、最初に現れた転生者は現在から「二千五百年前」という話があったが、それよりも遥か前の出来事。
「聞かされていた話とは違うだろう。南の王・サヴォナローラを手始めに、西の王・ソクラテス、北の王・ワン、西の王・アベル、それぞれがこの世界の英雄となり、その力を持ってこの世界を支配していた。ここまでは聞いた通りのはず」
「あぁ。それでオレが、五人目の転生者だったっていうところまでは、聞いている」
「私がここに来たのは、魔族と呼ばれる者たちと、人間が共生していた。というより、私が人間と魔族の中を取り持った、というべきだろうか」
「……一体何があったんだ?」
「語ると長いさ。だが大切なのは、私の次に現れた勇者のことだった」
シロウはそこまで聞いて無意識に「サヴォナローラ」と口走る。
それに対して耳をそばだたせたのは、意外なことにクレセントであった。
「魔族は、魔力を扱うものとして、人間へ色々な技術を授けた。しかし、そんな中、一際強烈な力を持ち、人間を支配したがった者がいたのよ。貴方たち風に言えば、魔王とでも言うべきかしら」
「そう、彼女の言うように、魔族が世界を支配しようとしたことがあった。その時に現れたのが、サヴォナローラだった」
「サヴォナローラは、人間を支配するという世迷い言をのたまった魔王を下した。それだけじゃない。魔王に敵対していた、魔族というすべてを滅ぼした……あたしの、家族も皆ね」
シロウは思わず聞き逃してしまいそうな言葉を丁寧に拾い上げる。
同時にクレセントは、答え合わせのように「そう、あたしは人間じゃない、魔族なの」と言葉をつなぐ。
「クレセントが、魔族だって?」
「魔族と言っても、基本的な生態は人間と似たようなもの。まぁ私は人型だけれど、そうじゃないのもいる。魔族は既に滅亡しているから、もう検証なんてできたものじゃないけどね」
「ちょっとまって、アンタ、一体何歳……?」
シロウが改まってクレセントの年齢を思案すると、コウガは冗談めいた笑いを浮かべて、「年齢よりも大切なのは」と話を切り出す。
「私は私の目的があって、クレセントには彼女なりの目的がある。君だってそうだろう。だが一つ言えることは、我々の目的の道すがらは、同じだということだ」
「四王を打倒するということか」
「あぁ。そしてこれから先は総力戦になるだろう。君だって、この状況がさっぱりわからないはずだ。一つ一つ、整理して説明していこう」
シロウは未だ、この状況の理解が追いつかない。しかしながらコウガは、一連の四王の対応の考察を話し出す。
「大前提、四王は転生者である君が殺しに来るということを理解している。だが、そこで拙い連携をすることにはならなかった。四王の中で最強の戦闘力を誇るアベルの存在があった。彼は君と戦いたがっていたからね。そんな状況で連携などできるはずがなかった」
「それで、オレはなんとか勝つことができたっていうことか。だが、オレは発展途上だったはずだ。仕留めるタイミングはたくさんあっただろう?」
「アベルは、君が成熟しきったタイミングを待っていた。それまで手を出させなかったとしても整合性は取れる」
「確かに、水を指したら、そのまま両断されそうな勢いだもんな」
「おそらくは、他の四王であっても、まともにアベルとやり合えば、ただじゃ済まないだろうからな。そこで、連中が考えたスマートな考えは、アベルが討伐されてからだった」
コウガはそこまで話して、ようやく本題と言わんばかりに、適当な枝を見つけてきて、床に「サヴォナローラ」という名前を書き込んだ。
「話の発端は、西の王・サヴォナローラ。この男がブレーンであり、最も厄介な男だ」
「まだ、オレはまだ会ったことがないな」
「だろうな。こいつは君に会った時点でリスクになることを十二分に知っている。だからサヴォナローラが君の眼の前に現れるときは、確実に勝てるときだ」
コウガはそのまま、サヴォナローラについて話し出す。
手に持った枝には、サヴォナローラは「善人以外が憎悪の」
「こいつはクレセントと同じように魔法を主に使う。だが近接での戦いも戦い慣れていて、いわば、魔法剣士といった雰囲気だ」
「厄介だな」
「厄介なのは、サヴォナローラは狡猾で、善人以外には、一切の容赦がないことだ」
コウガの話を聞き、シロウは今まで魔石の影響を受けた人間がすべて「罪人」であったことを思い出す。
善人以外に対しては一切の容赦がないという言葉と十分に整合性が取れるやり方に対して、シロウは思わず顔を歪ませた。
「文字通り、容赦なんてしないってことか。使えない罪人を使って、魔石の実験をけしかけた、ってことだな?」
「理解が早くて助かる。つまりはそういうことだ。連中がやろうとしていることは、撹乱と不意打ちだよ」
「具体的には?」
シロウがコウガに具体的な状況を説明し始める。
いくつかの石ころを駒に見立て、それを動かす様は、まるで卓上ゲームでもするかのような振る舞いだった。
「アベルを下した後、連中の選択肢は二つだ。全員で畳み掛けるか、完全に回復される前に暴れまわるか、だ。全員で戦いを挑めばそこで終わっていたかもしれないが、第三者の介入を避けたんだろう。その手始めが、さっきのワンとの戦いだ」
「アイツは間違いなく、不死身だった。だから、この街を破壊して、オレたちの目を引いたってことか?」
「それだけじゃないさ。アレは君が、“どの程度、人に慈悲をかけて自らの体力を削るか”を測ったんだ。そして、君はある程度の慈悲を持って、人を助けた。そこが、付け入る隙になる」
「……それなら、次に起こることは、もしかして見知った地区への襲撃か?」
「あぁ。私もそう考えた。だからこれからは、恐らくウェストギルドに襲撃がされる」
シロウはその言葉に思わず「なんだって!?」と声を上げる。
しかしながらこれにはクレセントすらも一切の動揺を見せずに、あくまでも淡々とした態度を見せる。
「ウェストギルドの襲撃をするのは、恐らく調整をしてきた魔石人間だ。そうやって、まんまと戻ってきた君を刈り取ろうとする。それが連中のプランだろう」
「……どうしてそれが、最も可能性が高い? それならば、満身創痍のオレに三人まとめてトドメを刺したほうが良いように聞こえるが?」
シロウの正論に対して、口を挟んだのはクレセントだった。
「強敵との戦いに対して、貴方は知らず知らずゾーンにはいる傾向にあることを理解していたからだと思うわ。だからあえて、断続的に、長時間をかけて負担を強い続ける。それで、集中力と気力を削ぎ、確実に勝てる土俵へ持ち込むことが目的なのよ」
「おまけに、ウェストギルドが戦いの舞台になれば、他に守るものもいるだろうから、隙をつける確率も高い。相手にとってはまさにベストコンディションってところだ」
「……つまり、今のところオレたちは、まんまとハメられてる最中ってことか」
「でもただハメられているってわけじゃない。既に対策は、練っているのさ」
「えぇ。我々が向かうべくは、ウェストギルドじゃない。奴らのねぐらよ」
クレセントの宣言に、シロウは思わずあっけにとられる。
しかしながら、半ばその言葉の意味を理解して、静かに首を縦に振った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます