第26話 分水嶺
一方、ウェストギルドでは、大量の人間がギルド内に避難しており、その入口に立った戦士長・ストムが双剣を携えて、鼓舞するような声を発する。
「ウェストギルドの王は討たれた。ここのならず者は皆殺しにされかねないぞ」
それに続けて、同じくギルド内で高い地位を持つメルバは、ストムの言葉を更に誇張するように叫ぶ。
「サウスエリアから、刺客が迫っている。戦っても良いという人間は手を貸してくれ」
ストムとメルバはそれぞれ、クレセントとコウガからここまでの推測を聞かされていた。
ウェストギルドを管理する王・アベルが敗れた後に訪れるであろう出来事。その状況でどんなことが街で起こるのか。イーストエリアの王であるサヴォナローラが攻め立ててくるという想定である。
その想定は、嫌な方向で動き始めていた。
アベルの死は瞬く間にウェストギルドへと知れ渡る。それまで圧倒的な強さによって抑圧されていた人間たちは、アベルの死によって、タガが外れたように自らの欲望のままに動き出し始めた。
ウェストギルドは「力」によって押さえつけられていた世界。その力の抑圧は、思わぬ形で最悪な歯車を鳴らしていた。
外は暴徒によって、治安は地の底まで転落し、まさにそれは地獄絵図であった。そんな中、かろうじて災禍を逃れた面々がギルドの中に集められ、静かにふたりの話しを聞いていた。
「……サウスエリアどころの騒ぎじゃない。ここ自体が、おかしくなっているだろう。アンタたち、外の状況がわからないのか?」
「馬鹿野郎、俺たちの相手はあのろくでなしどもじゃねぇ。いいか!? ここにいる全員、死にたくなければしっかり聞け。このウェストギルドをとにかく死守する。ここが最後の分水嶺だ! しっかり理解しろ」
「とにかく、手を貸せる者がいれば貸してほしい、今言えることはそれくらいだ」
膠着状態、それは言うまでもなかった。
すっかり治安が失われたウェストギルドのなかで、二人の言葉を理解する者は少なかった。
怪訝な視線を向かわせる者、何も信じずただただ耳をふさぐもの、色々なものがいる中で、ストムとメルバはお互いに目配せをしながら、ウェストギルドの外部に生じた、「大量の気配」を理解する。
「……お前ら、来たぞ」
「あぁ。どうやら、考えられる中で最悪の展開になるかも、だ。コウガとクレセントの推測は見事というか、最悪な形で実現したってことだな」
ウェストギルドを取り囲むような大量の気配は、まるで一つの軍勢のように、統一された足音を鳴らす。
ストムを含め、その場にいた全員がその量を悟る。その量は一国を落とそうとでもするかのもので、白旗には応じてくれそうにない空気感である。
「これからここには大量の人間が襲ってくる。死にたくないやつは加勢しろ。それしかないんだからな」
ストムはそう言いながら腕の関節を鳴らして、双剣をぐるりと回してウェストギルドの店を背を向ける。視線を向けた先には、何十、何百人ではきかない大量の人間があった。
そのどれもが、酩酊状態であるかのように白目をむき、ふらふらと力なく、しかし確実にウェストギルドへと歩を進めている。
そんな大量の人間からは、けたたましいま力が立ち上り、それはいつぞやの岩窟と近しい気配をまとっていた。
「まるで地獄の一丁目だな。おいメルバ、 コウガのアテは、来そうなのか?」
「あー、それがさっぱりだ。コウガは、任せておけって言ってたけどな」
「頼むぜ。流石にこのふたりで、囮役をするのは骨が折れるぞ」
「おいおい、囮なんてよしてくれ。俺たちは、正義の味方、だろう?」
メルバは冗談っぽい態度でそう続ける。
それを聞いたストムは、大きく笑いながら、ウェストギルドの店の入口を、自らの刃で一本の線を引く。
「あぁ、ここを超えられたらバニシングポイントだ」
「最終防衛ラインってところだな。俺たちふたりで、どこまで行けるかな」
メルバはその言葉とともにふたつの散弾を自らの指にかける。
両者どちらも獲物を携え、臨戦態勢の準備をするとともに、ストムとメルバはふたりして敵陣へと繰り出した。
そのまま凄まじい勢いで魔石の影響を受けた者たちを次々になぎ倒していく。本来であれば、その力の差は歴然であるはずだった。魔石を持って凶暴性が上がり、タガの外れた怪物どもに、まともな人間が勝てるはずがない。
だがふたりは、そんな状況でもいともたやすく怪物たちを食らっていく。
切り刻み、撃ち殺し、倒し続ける。凄まじい勢いで戦いに興じるふたりは、お互いがお互いの背中をカバーする戦い方をしていた。
「俺たちでも、とりあえず対処できてるな」
「クレセントが張ってくれた、魔力を無効にする領域がこれだけ効果的とはな」
魔石は、持ったものの魔力を過剰に暴走させ、その潜在能力を極限まで引き伸ばす。
しかしそれは、当然ながら「魔力そのもの」が機能しているからこそであり、それを封じられれば、魔石によってもたらされた身体能力の向上は打ち消される。
そうなってしまえば、ストムとメルバでも対応することができる程度まで、戦闘力が落ち込むことになる。
「それでも俺たちだけで、どれだけ粘れるよ!」
メルバは恨み言のようにそう呟きながら、ストムの背後に迫った人間へと散弾を向け、即座にトリガーを引く。
一方のストムは、双剣の刃を同じ方向に揃え、「屈めよ」とメルバへ伝えたうえでぐるりと周囲を回転斬りの要領で大量の人間を斬りつける。
「押しつぶされたら、俺たちはそのまま死ぬだけだ。必死で踏ん張れ」
「もう少し見立てってのがあればいいんだがな。頼むから誰か、正義のヒーローでも来てもらいたいところだ」
「ガリラヤの湖畔で言うべきセリフだなそれ」
ストムとメルバは冗談じみた掛け合いをしながら、押しかけてくる大量の人間たちを薙ぎ払っていく。
一人ひとりはさほどの脅威ではなく、圧倒的な経験を誇るストムとメルバであれば、一対多であっても十分お釣りが出るほど、圧倒的な実力がある。
それでも、これほどまでに数の差があれば、次第に押されていく。その展開は、なかば二人が考えた当然の想定であった。
いつまで戦い続けただろうか。圧倒的な戦力を振るい続けていたはいたが、その精度は少しずつ落ち始める。
「メルバ!」
最初に攻撃が着弾しそうになったのはメルバであった。
敵方の攻撃の一部、振り下ろされた大鉈の攻撃を、メルバは間一髪で回避する。
しかし問題は、本来であればたやすく回避し、一瞬で首を落とすことができるであろうメルバが、攻撃を受けかけたという事実である。
「しくったな」
「疲労が溜まってるな、ほんの数時間戦っただけでこの感じか」
「あぁ、このままじゃすぐに押しつぶされる。コウガの保険はそろそろか!?」
「今のところ、さっぱりだ。もうそろそろ、来てもらわないと困るんだがな」
いまだ、メルバとストムはその陣形を崩さない。
だがどこまで、この陣形を維持しつつ戦う事ができるかはわからない。そんな状況のなかで、戦い続けることはまさに地獄だった。
そんな中、ギルドのなかで燻っていた連中が各々武器を取り、戦っているストムとメルバへ加勢を始める。
「お前ら……腰抜けかと思ったが、まだ死んでねぇな!」
ストムとメルバに感化されたウェストギルドに避難した人間たちは、生きるために戦うことを選んだ。既に動き出した大厄災に抗うために。
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