第27話 ただ一つの勝ち筋


 ウェストギルドに沢山の魔石人間がけしかけられた頃、その郊外では襲撃を支配している者がいた。


 ウェストエリアに対して矛先を向けた四王・サヴォナローラは、暴虐に包まれた街並みを一瞥して、「相変わらずだな」と隣にいたソクラテスへと話しかける。

 一方のソクラテスは、大量に撒いた魔石のコントロールをしているのか、「集中してるんだけど」と恨み言を連ねる。


「さほど集中なんて必要ないだろう。家畜を動かすくらい、朝飯前なはずだ」

「ひどいことを言うよね。それ、君が大好きなサウスエリアの人間にも同じことが言える?」

「心外だな。彼らは、ウェストギルドみたいなゴミクズと比較されるなんて、不快極まりない」

「あぁひどいひどい。そんなことに加担するのも嫌だねぇ。まぁ僕も死にたくないからね」


 ソクラテスはそのまま、手に持った魔石を額につけて、「ウェストギルドを破壊しろ」と強い口調で司令を向ける。

 ほんの僅かな時間でその言葉は、遥か遠くのウェストエリアの人間をコントロールするに至った。しかしながら、その真意をソクラテスは知らないでいた。


「ねー、ここまでやったんだから、君のプランを教えてくれない? 正直僕、驚いてるんだよね。彼がアベルに勝つなんてさ。このセカンドプランのこと、詳しく教えてほしいな」

「セカンドプランなんて大層なものじゃない。それに、アベルは自分で死んだんだよ。勝つなんていくらでもできたはずだからな」


 サヴォナローラの弁に対して、ソクラテスとはいうと怪訝な態度で笑いながら、その言葉の裏側を読み取った。


「……あぁ、彼は、死にたがってったもんね」

「そう、アイツは死に場所を求めていた。だが俺は、俺達は、まだ死ねないさ」

「まぁねぇ。まだ死ぬわけには、いかないよね」

「だからこそ、俺達がするべきは、転生者の確実な排除だ」


 四王のなかで最強の一角が欠落したことで、サヴォナローラは計画を立てる。当然、アベルと正面から戦って下している時点で、二人がかりで挑んだとしても倒すことは不可能。

 それであれば、確実に相手を仕留めるための作戦を立てるのはまさに自明の理である。


 今までの情報から、転生者であるシロウは、ウェストギルドに身をおいていた経験があり、ある程度の倫理観から「一般人や仲間を守ろうとする」と推測される。

 対シロウにおいて、他の人間を巻き込む陽動作戦は十分に効果があると判断し、そこを軸にサヴォナローラは作戦を組み立てていった。


 更にそれに加えて、サヴォナローラは「アベルを下した後にすぐに陽動を始める」という事を予期したうえで作戦を考えていた。


「それで、ワンを利用したっということね」

「利用したってのは心外だが、まぁそういうことだ。あいつもアベルと同じ、自分が第一って考え方だからな」

「でも、そういうの利用して、あの転生者をイーストエリアに張り付けたのは正解だったよね。それにしても、本当にこのままウェストギルドを、壊滅させるの? でももし、壊滅なんてしたら、ボクら本当に殺されるよ?」

「このままなら、な」


 サヴォナローラは、ソクラテスの方を一瞥して、想定した作戦の一端を語りだす。


「……連中を魔石で支配する。そうなれば、俺たちの勝ちだ」

「あぁ、なるほどね。魔石で操って手駒にするってこと?」

「操ることができるというところが重要だ。相手の心を折る方法なんて無数にある」

「魔石を使って手駒にするのは結構難しいよ。彼らのようにある程度の実力者ならなおのことさ」

「そのためにはある程度窮地に立たせないと、な」


 魔石によって人をコントロールするためには、当然ながら「魔力でのガード」を崩さなければいけない。

 その魔力によるガードは、実力者ほど堅牢である。

 更には徹底的に警戒している人間であれば、その堅牢さはより強固になる。そのことを魔石を使うソクラテスならば簡単に理解できた。


「ソクラテス、連中は、ここから落とせそうか?」

「彼らクラスの人間なら、支配下に置くには、確実に弱っていることと、魔石そのものがターゲットの近くにある状態で、支配者が近くにいる必要がある。それだけの条件を満たせないと」

「……それは厄介だが、仮死状態であれば?」

「仮死状態なら、ほぼほぼ確実にコントロールできるね。ただし、それはとんでもないリスクになるよ。もし、ターゲットが死んでしまえば、君の言うプランはすべておじゃんになって、僕らは墓の中さ」

「心得ているさ」


 サヴォナローラはやけに自信満々といった調子でそう微笑むが、ソクラテスはその真意を理解するように、首を縦に振る。


***


「まさか、意外になんとかなるもんだな」


 ストムとメルバは多くの加勢を経て、ウェストギルドに群がった大量の魔石人間を戦闘不能にすることに成功する。

 それまで周囲を埋め尽くしていた大量の気配は途絶え、思わずストムは地上に腰を下ろした。


 疲労困憊という調子で、戦いを終えた面々はすっかり緊張が途切れる。

 そんななかで、ストムとメルバを含め、幾人かの実力者は即座に得物を握りしめ、強烈な気配を気取らされる。


「これだけの軍勢と戦い切るなんて、なかなかどうして、優秀だな」


 一瞬にして現れたのは異次元の気配だった。それは間違いなく、眼の前の凄まじい圧力を持つ怪物。

 鈍く光るような金髪と、数千年と老いることのない肉体。南の支配者・サヴォナローラは、ストムとメルバの記憶通りであることを理解させる。


「光栄ですよ。南の王、俺のことを覚えていますか?」


 そんなサヴォナローラに対して、メルバは疲弊した肉体を引っ提げて両腕に散弾を構え、空っぽの薬莢を地上とへ振り捨てる。

 一方のサヴォナローラは、一瞬メルバのことを一瞥しながら、思い出したように手を叩く。


「……これはこれは、こんなところにいたとはな。サウスエリアの精鋭だった君が何処に行ったのか、気にはしていたが、こんなところにいたとはな」

「こっちこそ驚きましたよ。こんな偏狭な場所に出てくるなんて。目的は、粛清ですか?」

「あいにく、今の状況で粛清なんてことはしないさ。むしろ、お前たちを利用しようと思っている」


 メルバは、サヴォナローラの言葉に対して即座に散弾を射出する。

 初速はおよそ秒速四百メートルに匹敵するその弾丸は、サヴォナローラには当然着弾することはなく、一瞬にしてメルバの首元をねじりあげる。


「こんな玩具が、俺に効くとでも?」

「思ってると思うのか!?」


 メルバは苦悶の表情を浮かべてそう吐き捨てる。

 その直後に、蚊帳の外であったストムがサヴォナローラの死角となる足先にて大きく屈み、攻撃の構えに入った。


「小賢しい」


 しかしサヴォナローラは手が塞がった状態から一瞬にして衝撃波を放つ。

 大きく吹き飛ばされたストムとメルバは、その強大すぎる力に度肝を抜かれていた。

 力の差はあまりにも巨大である。尻尾を巻いて逃げることすらも不可能。

 ふたりはそれでも戦うことしかできなかった。


 まさかこの場でサヴォナローラまで出てくるとは、ふたりはそんなことを抱えつつ、コウガやクレセントはその可能性を含んで話をしていた。

 だが実際に、それが現実になった時点で、できることはもはや前に進むだけである。


 吹き飛ばされたストムは間一髪で受け身を取るものの、サヴォナローラは再び凄まじい速度で距離を詰めて、即座に出現した片手剣を手に持って連撃を放つ。

 強烈なラッシュで攻撃を加えていくが、ストムもかろうじて攻撃をいなしていく。

 とはいっても、いなせているというより、反射で食いついていっているだけに過ぎない。


「やるな」

「南の王にそんな事言われるなんてな!」

「その構え、アベルの型だな。そのスピードで使うにはかなりの膂力が必要だ。やるじゃないか」


 サヴォナローラは褒め称えるように大きく攻撃を弾き飛ばす。大きく距離を突き放されたストムに、サヴォナローラは余裕のいで立ちで踵を鳴らす。


「……アンタ、何が目的なんだ? こんなところで、雑魚の相手なんてしてる場合かよ?」

「こちらにはこちらのプランがあるからな。だが……、興が乗った。遊んでやろう」


 サヴォナローラは、最低限の表情の変化を浮かべて、手に持った片手剣が錫杖のように変形する。


「自由自在だな、アンタ、魔法使いか?」

「魔法使いにも、剣士にもなれるが……強いて言えば、魔法使いのほうが適切かもしれないな」


 その会話を聞いていたメルバは即座にサヴォナローラへ向かって銃弾を飛ばすが、散弾は一瞬にして展開されたバリアによって防がれてしまう。

 散弾によって作られた隙に向かってストムは息のあったコンビネーションを見せるものの、錫杖によってその攻撃は簡単に受け止められ、再び攻撃は弾き飛ばされてしまう。


「黙ったままでも一瞬でお互いの意図を察知し合い、反撃につなげるのは流石と言える。だがまだまだ」

「完全に遊ばんでんじゃねーか。意地悪いって言われねぇか?」

「意地が良ければ、俺はこんなところにいないだろうな。単純に興味がある。貴様らが、俺相手に何処まで戦えるかがね」


 サヴォナローラはその言葉とともに錫杖を振り上げる。

 その瞬間、錫杖の先端は淡く光り輝き、一瞬にして周りを取り囲むように凄まじい雷が降り注ぐ。

 魔力が即座に雷へと変換された攻撃。その攻撃規模はまさに異常であり、一瞬にしてストムとメルバは意識を喪失させられる。


「……やはり、転生者とそれ以外ではここまで差がある、か」


 倒れ込んだストムの首を掴み上げ、そのまま軽々と持ち上げると、サヴォナローラは憂うように「力関係がわからないほど未熟でもないだろうに」と小さく呟く。

 同時に称賛の声を浴びせた。


「……人間は権力者に従うと思っていたんだがな。お前たちのような者を見ると、自分の決意が揺らぎそうになるよ」


 サヴォナローラは何処か黄昏れるような態度でそう言い放った途端、その視界がぐにゃりと歪む。

 一瞬何が起こったのか理解できなかったが、すぐにストムが渾身の蹴りを、サヴォナローラの顎に向かって放ったことを理解する。


「お返しじゃ、ボケ」


 ストムはその言葉とともに絶え絶えの息を飲み干した。加えて畳み掛けるようにメルバは三度散弾銃をサヴォナローラへ向かって放つ。

 雷を食らった時、メルバは散弾を手放すことなく倒れ込んだ。それが功を奏したのか、ほとんどノータイムで打ち出された散弾は、ほとんどモロにサヴォナローラへと着弾する。


「…………やはり、こういう事があるから、面白い」


 サヴォナローラはまさに神速と言わんばかりの速度で、メルバとストムを掴み上げる。


「なぁ、どうして圧倒的な格上に、挑むことができる? どうして、どうしてだ?」

「……格上だろうが、格下だろうが、最善を尽くすべきだろう。俺の人生は、俺だけが楽しめるんだぜ?」

「同意見だな……アンタ、自分を楽しんだこと、ないだろ?」


 両腕のふたりがそう笑った時、サヴォナローラは自らの腕に力が入る感覚があった。しかしそれを、二人の首をへし折るまでには至らず、ひっそりと両者を締め上げる。


「……そうだな、お前たちの言う通りかもしれん。だが、俺はまだ死ねないんだよ。あいつを始末し、俺は俺の平穏を手に入れ、この世界をまとめ上げる」


 誰に向けるものでもない言葉がサヴォナローラの口から放たれる。


「貴様らを殺すことは惜しい。だから……」


 サヴォナローラは完全に意識を失ったストムとメルバを床に落とし込み、巨大な魔石を取り出した。

 サヴォナローラが行ったのは、自らの魔力で発生させた高圧電流によって一瞬にして二人から意識を奪い去る。

 そうなってしまえば、二人に魔石を近づけるには十分であった。魔石は衣服越しであっても触れていれば効力を発生させる。くわえて、一度でも効力が生まれれば、その効果範囲を急激に増幅させる特徴がある。


 当然ながら、ストムもメルバも、これに抗う事はできない。

 サヴォナローラの手によってふたりの衣服へ魔石が滑り込まされる。


「やれ、ソクラテス」


 サヴォナローラの言葉に端を発するように、意識を失っていたはずのふたりはゆっくりと目を覚ます。

 その姿は、魔石によって完全に意識を喪失したうえ、行動のすべてを掌握された状態であった。


 シロウに対抗するため、サヴォナローラが取った手段は「人質」だった。


 自らの目的を達成したサヴォナローラは即座にその場を去ろうとするが、そんなサヴォナローラに対して、凄まじい速度で攻撃が放たれる。


「……どこからともなく湧いてくるな」

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