第28話 分解
まるで瞬間移動のようなスピードで武器を振り下ろしたのは、シロウらとともに行動をしていたクレセントである。
思わぬ伏兵であったが、サヴォナローラは瞬時に反応し攻撃を弾き飛ばす。
一介の魔法使いであるクレセントのことをサヴォナローラは知らず、突如現れたクレセントに眉根をひそめた。
「貴様、どこから湧いて出た? いや、それ以上に……貴様は、なんだ?」
しかし攻撃以上に、サヴォナローラはクレセントの独特な気配に疑問を呈する。
クレセントは荒い呼吸で手に持った錫杖を地面に打ち下ろした。
「……まんまとやってくれたわね」
「貴様もこの連中と同じか。俺が何者か、知っているだろうに。死ににでも来たのか?」
「どう考えようが貴方の勝手よ。あたしたちはあたしたちの、抗えることをするだけ」
クレセントはそう呟き、上着を脱ぎ捨ててタンクトップの姿となり、再び突き立てられた錫杖を片手で軽々と振るう。
その瞬間、サヴォナローラはそれまで感じたことがない凄まじい殺気を感じた。
ただの人間から、感じる気配でないことはサヴォナローラにも理解できた。
だが、その気配が一体なんなのか、どうにも分からない。にも関わらず、サヴォナローラは高ぶっていた。
これほどまでに強烈な感覚。反骨心。サヴォナローラが惹きつけられたのは、クレセントが持っていた圧倒的な強さに立ち向かう反骨心であった。
「貴様といい、こいつらといい、なかなかな良い目をするな。だから、ちゃんと戦ってやりたくなるんだよ」
「手合わせ願おうかしら? でも、貴方らしくもない、もっと慎重だったはずなのにね」
クレセントの言葉とともに、周囲がいびつに光り始める。
そこに込められたオーラから、サヴォナローラは戦闘態勢に入る。
「なるほど……特定のエリアの中で、使用者の魔法を強化する方陣のようなものか、相当な時間をかけて準備をしたな」
「えぇ。これを組み込むだけで、何十年とかかったわ。それだけ時間をかければ、歴然の実力差を埋められる……賭けだったけどね」
「お前のテリトリーってわけだな。さて、何処までやれるかな」
ふたりは次の瞬間に動き出す。
お互いの武器は錫杖であり、本来であれば剣戟のような武芸を披露することなどできないが、いつの間にかその攻撃は、一瞬の間に凄まじい衝撃が周囲を包み込む。
各々錫杖の先端部分を刃に変形させた武器を用いた戦闘が巻き起こる。
「やるな」
「光栄ね」
クレセントは軽口を叩きながらも、その凄まじい剣戟にギリギリの反応速度で切り替えしていた。
普通であればここまで対応することなどできるはずがない。クレセントはコウガと進めていた作戦がなければ、即座に首を刎ねられていることは確実だった。
「小細工ありとはいえ、ここまでやれるとはな。お前何者だ?」
「……通りすがりの魔法使い、とでも言いましょうか?」
クレセントはそう呟きながら剣戟を一瞬止める。
当然、高速の剣戟のなかで手を止めれば、攻撃はそのままクレセントに着弾するが、サヴォナローラは着弾した手応えに違和感を抱かせられる。
サヴォナローラが攻撃を着弾させたのは、クレセントが展開したかすかな結界である。
その攻撃の手応えが遠因となって、普段の近接戦闘では行わない、極端な踏み込みを許すことになる。
その踏み込みが原因となって、クレセントの刃がサヴォナローラの肩を切り裂く。
「風の魔力か。キレも並じゃないな」
その攻撃を受けてサヴォナローラは即座にクレセントから距離を取る。
クレセントがサヴォナローラの肩先を切り裂く事ができたのは、「近接攻撃のリーチを風の攻撃で少しだけ伸ばしたから」にほかならない。
それ以外の攻撃であればいともたやすく攻撃を回避する事ができるだろう。
だからこそ距離を取ることで、「小賢しい」行動を取れないように行動を牽制する。
しかしその行動の意図は、それだけではなかった。
「堅実なやり方ね。流石、歴戦の魔法使いさん」
「講釈でも垂れるか?」
「えぇ。貴方の専売特許じゃないのよ? でも聞きたいわ。伝説の転生者の魔法の使い方を」
サヴォナローラはその言葉を聞いて静かに笑った。それと同時に彼の持っていた錫杖は更に禍々しいものへと変形し、それをぐるりと振り回す。
「魔法の最大の強みは、択の多さを相手に強いる事ができることだ」
「誠にその通り。単純な魔力だけでも、多種多様な魔法を扱える。術者が優れていればいるほどに、それは大きなメリットになる」
「……あぁ、簡単に魔力の性質そのものを変化させたり、手数で攻めたり、な」
ふたりの間に一瞬の沈黙が流れる。
沈黙を打ち消すようにサヴォナローラは錫杖を振るって凄まじい規模の水を出現させる。
魔法の規模感としてはまさに規格外であり、視界に収まらないほどの量の水がクレセントへと迫りくる。
クレセントは即座にその攻撃に対して、あえて対応をすることなく、サヴォナローラに背を向けて走り出す。その行動は魔法使いでは絶対にしないであろう対応だった。
吐き出された大量の水は、そこを起点に様々な魔法を応用することができる。
魔法使いであればそんなことを簡単に読み取れる。例えば水の攻撃に対しては、むしろそれを自らの魔法に転用するのがベターのはず。
にも関わらず、クレセントは自ら背中を見せた。その極端にベターから外れた選択が、サヴォナローラを牽制させた。
しかし牽制を受けたサヴォナローラは、風の魔法によって大きく浮かび上がるクレセントを捉え、大量の水の塊を爆ぜさせる。ついでそれらの破片は水の弓へと変化させ、クレセントへと一斉射出する。
「そうしてくれると助かるわ」
クレセントはその攻撃を想定するように、飛んできた水の弓を一瞬にして凍らせて、攻撃を叩き落とす。
魔法による攻撃は、単純に「規模感」が重要な要素になる。
一度にコントロールできる量が決まっているからこそ、クレセントはサヴォナローラへ「規模感」を小さくするやり方を選ばせたのだ。
「やるな。実践慣れもしている……」
「随分と褒めてくれるのね」
クレセントはそのまま大きく錫杖を振るう。その軌道に習って、風の斬撃がサヴォナローラへと斬りかかる。
満足気に微笑むサヴォナローラは、風の斬撃が着弾するよりもはるか手前にで分解されてしまう。
「俺の得意分野は、魔法の分解だ。あらゆる魔法を分解できる」
「言いたがりね。手の内を晒すの、舐めてるのかしら
「どうやら力関係が分かってないようだな。俺にとって、貴様らを叩き潰すなど、赤子の手をひねるのと同じことだ」
「えぇ。知ってるわよ。貴方が、途方もない怪物だってことにね」
クレセントはサヴォナローラが「分解」を得意としていることを理解していた。
だからこそ、氷と化した弓の中に、他の物質があれば、それが余計に気づかない。サヴォナローラは氷の弓を分館した直後、凄まじい爆音が耳をつんざく。
中に仕込まれていたのは爆竹である。ほんの些細な爆発音であるが、一刻を争う戦いにおいては致命的な隙。
クレセントは即座にサヴォナローラの真下へと、態勢を屈めて錫杖を大きく振るう。
これに対してサヴォナローラは驚かされる。なぜなら、クレセントは明らかに魔法使いであるにも関わらず、真正面からインファイトを繰り広げてきたことだった。
「魔法使いの割に面白い戦い方をするな」
「魔法じゃ勝てないから、当たり前よ」
サヴォナローラは圧倒的優位に立ちながら、クレセントの戦闘スタイルは非常に有力であることを実感していた。
魔法において、その実力差を顕著にするのは規模である。
サヴォナローラの魔法の規模はクレセントの比ではないが、極端なインファイトで戦われるとその優位性は極端に下る。
巨大な規模感の魔法は当然ながら、術者の間近で使用すれば、術者にまで影響が出る可能性が極めて高いからだ。
そのため魔法使いの得意としているのは、アウトレンジ攻撃である。
インファイトになればなるほど、攻撃に巻き込まれるリスクが高い。
そのため魔法使いは極限までアウトレンジを極める。だからこそ、インファイトの戦い方をおろそかにするのだ。
それに加えて、このタイミングにおいてサヴォナローラは、近くに捨て置かれているストムとメルバに対して「生かしたまま」にしておく必要がある。
つまり、この状況でサヴォナローラが使用できる魔法は、近くにいる人質を殺すことなく、かつ規模感を一定に保つ必要がある。
そんな状況で使える魔法は、クレセントとほぼ同じである。
加えてサヴォナローラは、ここまで周到に準備をしてきた相手ならば、同格の実力すらも凌ぐだろうと理解させられる。
「ここまで周到だとはな」
「買いかぶりすぎよ。ここまでしないと、簡単に両断されるからね」
「そうだな。俺とお前には、それこそ天と地ほどの差がある……だが」
そう続けた瞬間、サヴォナローラは完全に意識を失っているストムとメルバを結界で包み込み、更に自らの眼の前で凄まじい規模の冷気を発生させる。
「確かに、貴様のことを買いかぶり過ぎたかもしれないな。俺はお前の想像よりも、遥か上にいるようだ」
サヴォナローラの生じさせた極限の冷気は当然クレセントの動きを大きく止める。
ほんの数秒とどまるだけでも、この戦いにおいては致命的。それはクレセントが散々サヴォナローラにしかけてきたことだった。
一瞬の脚の踏み込みをした途端、クレセントは即座に身の危険を感じて結界を展開するが、その展開は完全に守りきれるわけではなく、肩先にサヴォナローラの攻撃が着弾する。
その攻撃は、錫杖によるクレセントの攻撃の意趣返しと言わんばかりのものだった。
クレセントはギリギリのところで攻撃に結界を張り、致命傷を避けるに至った。
「よくそこから修正したな」
「……殺せたくせに、いたぶるの、好きなのね」
「どうかな?」
攻撃と同時に、氷の弓は一瞬にして射出される。
その攻撃は当然、結界では防ぐことのできないほどの火力が込められていた。
防ぐことはできない。クレセントは即座にそれを理解し、今度は錫杖を使って周囲の氷の弓を叩き折る。
ダメージを負いながらも、物理的にその攻撃を叩き落としたクレセントは、ギリギリのところで押しとどまる。
「素晴らしい技術だ。だが、我々には至らないな。全く持って」
しかしそれを見越していたサヴォナローラは、再び風の刃でクレセントを切り刻む。あらゆる行動、そのすべてがまさに意趣返しであった。
だらだらと大量の出血がクレセントを包み込み、それでもなお、クレセントは殺気を緩めなかった。
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