第29話 復讐劇
サヴォナローラの風魔法によって切り刻まれたクレセントは、その場で膝をつくに至る。
強烈なダメージを負ったクレセントだったが、それでも怯むことなく即座に距離を取る。
「……冷静だな。怯みもしないか」
「むしろ聞きたいんだけど、どうして今ので殺さなかったの?」
クレセントは大量の出血を抑え込むように自らの魔法を体内に留めて回復を図る。
驚くことにサヴォナローラはそれを止めることもなく、クレセントとの会話に興じていた。
「殺せないからな。こいつらと同じように……」
「やっぱり、魔石でコントロールすることが目的だったのね。つくづく、狡猾な男。あのときも……」
意味深な呟きをしたクレセントは、それと同時にこれまでとは比にならないほどの魔力がクレセントから迸る。
その時点から、クレセントの目つきは明確に変わった。今までの淑やかな雰囲気から一転、怒りと憎しみに駆られつつ、それでもなお冷たい眼差しを向ける怪物へと。
それは到底人間のそれではない。
人間程度では収まらない強烈な魔力、そしてこの質、サヴォナローラは膨大な知識と経験の中で、それが「魔族」であることを理解する。
しかし魔族は、サヴォナローラ自身によって、はるか昔に滅亡させたはず。
多少なりとも動揺はしながらも、サヴォナローラは久方ぶりの戦いに対して笑みを浮かべていた。
「……これは驚いた。お前、魔族だな? 通りで人間とは違う気配だと思ったが」
「二千年以上前なのに、よく覚えているものだ。まぁ、それはこっちもそうかも知れない。あたしも未だに覚えている……貴方が、家族を殺したときのことをね」
クレセントが禍々しいオーラを放ったことに対して、サヴォナローラは一切悪びれることなく自らの錫杖を大きく振るい上げる。
「あぁ、俺が殺した。なにせ、正義の味方だからな。正しい人間は、必ず俺が救ってやる。そうするべきだ」
「哲学的な話だね。でも言っておくけど、正しさや優劣を決められるほど、あたしたちは正しくなんてない。等しく、皆わがまま……貴方も、あたしもね」
そう言い切ったクレセントは凄まじい膂力で足元を蹴り飛ばして一気に距離を詰める。
それまでのクレセントの動きとは文字通り別物である。動きのキレだけではない。
体中を包み込む魔力すべてがまるで別人であり、攻撃的な動きだった。
サヴォナローラは、まるで戦いに対してのギアが一段階上がったような感覚を覚えた。
魔法の規模、出力、あらゆるものが桁外れに上がり、サヴォナローラの口角が上がる。
「貴様、どうやら手を抜いていたな!」
クレセントは、サヴォナローラへ挑発するように、凄まじい大きさの水の塊をけしかける。
本来であれば魔法を使って、別の攻撃に転用するのがセオリーであるはずが、サヴォナローラはとっさに錫杖を篭手に変化させて拳を構えた。
一方のクレセントは、大量の水の塊に対して一瞬で凍結させる。
その速度は今までのクレセントからは考えられないものであり、魔法の出力そのものが上昇したことを示していた。
しかしながら、一瞬にして凍結した氷塊は即座に砕け散る。
サヴォナローラが氷塊を膂力のみで砕いたことを衝撃のみで理解し、飛び散った氷塊の欠片を前に、クレセントはヤマカンで一部分に結界を出現させる。
大量の氷塊は思いがけず目眩ましになり、クレセントは思わず自らの周りに結界を展開する。
しかし薄く広がった結界はそれだけ消耗が激しく、更に強度も薄くなる。
魔法使いにとって結界は、最も必要な能力である。そのため、全面を展開することありえないことだった。
それはつまり、魔法使いとしてすっかり「冷静さを欠いた」ことになる。
「だがそれは悪手だろう?」
次の瞬間、サヴォナローラは砕け散った氷塊を再び弓へと変形させる。
今一度、同じような手法なことに対して、クレセントは怒りを感じつつも、結界を容易く射抜く。
だがその攻撃はクレセントに到達することはなく、放たれた氷の弓は即座に分解される。
「そうかしら?」
魔法の分解。それはサヴォナローラが最も得意としている技術だった。
当然ながらそのプロセスは、転生者としての能力だからこそ行う事ができる離れ業だった。
物質の特定、それを分解するための化学的な流れ、それを一瞬で発動するキレ。すべてが成立して初めてすることができる、魔法の中でも最高位の技術である。
それを見せつけられたサヴォナローラは、クレセントがそれを取得してきた理由を、ウェストギルドの長にあることを理解する。
サヴォナローラはそれを率直にぶつけた。疑問を晴らすために。
「……これだけの魔法と身体能力、あのギルドの長か」
「勘違いしないでくれる? あたしはただの魔法使い。ただ、貴方のことを殺して、目的を遂行したいだけ」
「目的か、俺を殺すことか? さぞ憎いことだろうな。だが、魔族がやったことは忘れるな。人間を家畜程度だと思って、迫害した過去があることだって覚えているだろう?」
「あぁ。あの時代にはよくあること……派閥みたいな戦い、クソッタレ同士のちゃちな諍いってところだ。でも貴方は、それに終止符を打った。片方を滅亡させることでね」
「そうだ。あの戦いを引き分けるには、魔族は強すぎる……。人間と魔族は、平等じゃなかった。だから力を貸した」
「だから、皆殺しにしたって?」
「あぁ。後悔はしていない。俺は最善を尽くした。人間のために、な」
「だからこそ……」
サヴォナローラの言葉にクレセントはぐるりと錫杖を回して、「ちゃんと殺意を湧けるわ」と口火を切る。それが本格的な激しい第二ラウンドの幕開けだった。
最初に動いたのはサヴォナローラである。
錫杖を振るい凄まじい火炎が周囲を包み込む。並の魔法使いであればその場で焼け果てていることであろう凶悪な炎が龍のような規模感で周囲をうねり、苛烈な熱気が渦を巻く。
しかし、大魔法使いたるサヴォナローラがそれで終わるはずがない。
「お前には俺の神器の力を紹介しておこうか。理解できるなら、紹介しない意味もないからな」
「あら、ご親切に。手の内は晒すタイプってこと?」
「……俺の神器は、魔法を使うたびに魔力を一部溜め込み、自分の好きなタイミングで放出できる。言いたいことは、わかるな?」
サヴォナローラの神器は一瞬にして錫杖へと変形し、それが眩い光を放って全く違う形となる。
変化したそれは、真っ黒な杖の先にぎょろりと眼球が浮かび上がり、凄まじい魔力の鳴動をクレセントへ与える。
「お前が何処まで耐えられるか、楽しませてもらおう」
クレセントは、錫杖に浮かぶ眼球が自らを捉えた瞬間、その時点から凶悪な怖気を理解する。
なにが来るのかはわからなかったが、それでもその目の色を変えずに、同じように錫杖を構える。
サヴォナローラが放つ、神器を開放して放たれる魔法は、魔力を一点集中して攻撃を放つシンプルなものだった。
しかしその攻撃の規模は、神器によって大幅な強化を受けた攻撃に他ならない。まさに厄災のような規模感。
周囲一体を焼け野原にするには十分すぎる火力と規模感。それを受け止めることなど、普通では不可能である。
クレセントは先程のように、小細工で逃げようとすることはなく、同じように魔力を極端に消耗する防御魔法を展開する。
真正面から攻撃を受け止めれば当然、塵一つ残らずに消されてしまうことは目に見えてた。
だがクレセントは、極大の防御魔法を展開して相手の魔法を受け止める。
勿論、クレセントが発動した防御魔法は、サヴォナローラが放った攻撃を完全に受け止める事はできず、威力を幾分殺す程度に留め、完全に崩壊してしまう。
防御魔法は、崩壊をしても継ぎ足すように補填していけば、完全に崩壊することは防ぐ事ができる。
サヴォナローラもてっきりクレセントが全力を尽くして防御に徹すると思っていた。
しかしクレセントは、巨大な防御魔法が粉砕されると同時に走り出す。
防ぎ切ることのできなかった攻撃の余波を身の回りの防御魔法でしのぎ、そのまま攻撃態勢に入って、サヴォナローラへと向かっていく。
それは捨て身の選択だった。転生者の神器が真の力を開放した時点で、クレセントの防御魔法をばりばりと破壊し、その体の半分を焼き尽くす。
人間であればその時点で死が確定していたであろう危険な状態。それを承知の上でクレセントは走り出したのだ。
「お前はやっぱり、復讐者だな!」
クレセントは大ダメージを負いながらも、一切怯むことなくサヴォナローラへ向けて電撃魔法を繰り出した。
いくら分解の能力が高くても、電撃のように人間の反応速度を遥かに凌駕する速度であれば、魔法を分解するまでもなく、攻撃が通ると考えたからだ。
だがそれすらも、サヴォナローラには届かない。
電撃魔法ですら分解してしまうほどの技術はもはや人間業ではない。何かしらの仕組みがあると理解しながらも、クレセントは思わずその場に蹲ってしまう。
「……驚いただろう? 俺の魔法分解はフルオート、まぁ、あんまりにも精密なことをしなくちゃいけないなら解除しなければならない」
「あらゆる魔力を扱ったものを、フルオートで分解するなんて、流石、大魔法使い様ね……」
「受け売りだが、ね。俺の魔法の先生が教えてくれたものだ。過ぎた話か……そろそろ決着をつけよう」
激戦の中、サヴォナローラは嘲笑的にそう言い放つ。
同時に、サヴォナローラは魔石を持たされて地に伏しているストムとメルバの防御魔法を解除する。
のそりと立ち上がった二人に、サヴォナローラは冷たく言い放つ。
「トドメは、彼らに刺してもらうとしよう」
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