第2話 出会い


 シロウが行き着いた岩窟は、この世界では「神域」と呼ばれる場所であり、最寄りのウェスト・シティからより北側に位置していた。神域の奥はノース・エリアと呼ばれ、この世界の中でも最も環境的に厳しいエリアとなり、神域を越えた雪原一帯を広く指し示している。


 「神域」はあくまでも便宜的な呼び方あり、先程シロウの前に現れた怪しさ満点の少年、まさに「神のような存在」とは全く関係のない。

 岩窟の中で取れる神秘的な鉱石や、未だ未解明のエネルギーが存在するとして、畏怖の念を込めて「神域」と呼ばれるようになったのだ。


 シロウは怪訝な様子で「神域」のなかを一瞥する。そこは外目からは想像する事ができないほど美しい情景が広がっていた。

 淡く発光する壁面は、シロウを魅了するほどに美しく、妖しい輝きを放っている。しかしそれに見惚れるよりも、岩窟の奥から何やら揉めるような声が聞こえ、そちらの方に意識を奪われてしまう。


 シロウはいそいそと岩窟の奥へと入っていく。音の正体はすぐにシロウの目に飛び込んできた。

 状況を一言で表すなら「ナンパで困っている女性」というような状況である。岩窟でなにか調べ物をしているような少女に、物騒な武器を片手に何やら迫っているようだった。

 しかしながらシロウは、それが単純に「ナンパ」と呼ぶにはあまりにも殺伐としていることをすぐに見抜き、気がつく頃にはその間に割って入っていた。



 一方、岩窟で揉めている渦中にいる少女、魔法使い・クレセントはウェスト・ギルドに所属する魔法使いである。

 その場にいた理由は単純で「神域の調査」というありふれたものだった。本来、学術的な調査がメインである「神域」にて、このようなトラブルが生じるということは、少なくともクレセントの経験の上では存在しなかったが、今回は思いがけない人物がそこにいた。


 それが、この世界においてそれぞれの東西南北を支配する「四王」と呼ばれる四人衆のうちのひとり、アベルである。一八〇センチを越える金髪碧眼の大男。

 アベルはサウス・エリアを管轄する人物だった。本来であれば謁見すらも敵わない人物でありながら、クレセントは目の前の男のことをよく知っていた。


 一言で言えば、武人。サウス・エリアの統括者でありながら、圧倒的な武の心得を持つ化け物。戦いに従事するものであればその実力について知らない者はいないほどである。


「貴様、こんなところで何をしている?」

 クレセントは思わず激しい警戒を顕にする。その言葉はこちらのセリフ、そんな感情が頭の中を過ぎていくが、それに対してアベルは明らかな敵意を持ってこちらに近づいてくる。


 足音を取り残す勢いで迫ってくるアベルにクレセントは思わず臨戦態勢を取ろうとするが、そこに割って入ってきたシロウに思わず目を丸くする。


「暴力沙汰はだめでしょ、流石に」

 緊迫していた状況に、あまりにも軽い調子で言い放たれた言葉と、シロウの放つ明らかに異質な感覚に、クレセントと、敵意を向けていたアベルは凄まじい悪寒に晒されることになる。


 一体、この驚異的な力と不気味とも言える感覚はどこから出てきたのか。ふたりは思わず完全に動きを止めてしまう。その挙動にシロウは一瞬面食らうものの、すぐにアベルへ「揉め事なら」と詰め寄るように距離を縮めると、アベルは柄にもなく自ら距離を取る。


「お前、何者だ?」


 アベルはしっかりと距離を取り、シロウへと声を投げる。その態度に最も驚いたのはクレセントだった。唯我独尊のアベルが相手の名を尋ねるなど、まさに「実力を認めた」ということになる。

 しかしながら、部外者のシロウにとってそんなことは理解できるはずもなく、「シロウ……」と名前のみを答えた。当然それには深い意味もなく、ただ問われたから答えられただけである。


 するとシロウの名前を咀嚼し、「貴様の名前は覚えたぞ」と矛を収める。

「いつか貴様と相まみえる日はあるだろう」

 まるで捨て台詞のように向けられた言葉であるが、それがアベルに「撤退」を決意させたことを意味したことは、クレセントにとって命拾いをしたことになる。

 けれどもクレセントにはまだ命取りになりかねない問題が残されていた。圧倒的な強者であるアベルがクレセントを放置し、シロウを見て逃走したのは、目の前の人物もまた、圧倒的な強者であることを示している。

 シロウが敵か、敵じゃないか、それはとてつもなく重要なことであった。


「……貴方、一応、敵じゃないってことで、良いわよね?」


 当然、シロウには敵味方の概念はなく、クレセントの言葉に呆気にとられるばかりだった。

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