第3話 四王
シロウとの邂逅を果たしたクレセントは、ひとまず自らの拠点となるウェスト・ギルドに引き連れた。
ウェスト・ギルドはまさに酒場のそれであり、ギルドを切り盛りするバーテン・コウガにより取り仕切られている。そんなコウガの根城であるカウンター席に座り込んだクレセントは、シロウに改めて自己紹介を行う。
「さっきは助けてくれてありがとう。改めて、あたしはクレセント、魔法使いよ」
クレセントの自己紹介にシロウは面食らったような調子で、クレセントの身なりを一瞥する。その反応や、シロウの話を聞いて、クレセントはすぐに彼が「この世界の人間ではない」ことを理解させられる。
「……貴方はどこから?」
「ジャパン、って言っても、わからないよな」
「生憎分からないけれど、それでも貴方が、どこか遠くから来たってことはわかるわ」
クレセントの弁は、まるでシロウに何が起きたのかを知っているような調子でそう話している。当然ながらこの言葉にシロウは疑問符を浮かべており、それに対して答えを出したのはバーテンのコウガだった。
「時折、君のような異分子が紛れ込んでくる時がある。まぁ古の伝承みたいなものだねぇ」
ギルド内の勇ましい雰囲気に対して、コウガは穏やかな好々爺といった印象である。静かな印象で言葉遣いも紳士的ながら、衣服からも確認できるほど筋肉質であり、ガタイを考えれば周囲で酒を飲み交わす面々とさほど変わらない印象を受ける。
そんなコウガは、シロウの眼の前に白色の飲料を差し出し、クレセントの前には真っ赤な色をしたグラスを差し出してくる。
「お兄さんや、若く見えたから酒じゃないけど大丈夫かねぇ」
「これって、ミルクですか?」
コウガは穏やかに微笑みながら首を縦に振り、静かな沈黙をもって話の先をクレセントに渡す。
「彼の言うとおり、貴方のような異世界からの存在はここじゃ転生者とされる。死を迎えた魂が新しい世界を創り出すとされているわ」
「……どうしてオレのこと、その、転生者? だと思ったんだ?」
シロウの率直な疑問にクレセントは吹き出すように笑った。ついでシロウのことをジロジロと一瞥して納得したような面持ちを浮かべる。
「どうしてって、まぁ沢山あるけれど……、一番は潜在能力、って言ったらいいのかな」
シロウはクレセントの言葉がよく理解できなかった。「潜在能力」なんて言葉、少なくともシロウがそれまで暮らしていた世界ではなかなか使用しないものであり、それが「転生者である」と確定させる要素になるとはとても思えない。
しかしクレセントに続いてコウガまでも、その言葉に同調した。
「転生者は我々の世界とは完全に逸脱した存在だからねぇ。膂力、魔力、センス、ありとあらゆるものに優れているとされる。故に、ある程度の力量の連中なら、君と相対した時点で、その力量を推し量ることができるわけだねぇ」
「彼の言う通り。さっき助けてくれたのはそういうことだと思う。貴方がどう思おうが、きっと貴方にはそれだけの力がある」
クレセントの言葉に、シロウは何一つ理解できていない調子で「はぁ」と答えている。
その態度にクレセントはほほえみながら「それで、貴方はこれからどうするの?」と主題をシロウに渡す。
「どうって……、家に帰りたいんだけれど」
シロウは自身の最大の目的について、驚くほどさらりと触れる。するとその場の空気は露骨に暗がりを落とすことになり、コウガは申し訳無さそうに言及した。
「……伝承には、転生者が元の世界に戻れたことはない、ねぇ」
「え?」
「彼の言葉の通りなのよ。転生者が戻れた事例はないとされている……むしろ、転生者はこの世界の覇者に近い存在となるの」
二人の解答にシロウは愕然とさせられるが、同時に神なる存在から「世界を救う事ができれば帰ることができる」という話を受けていたはずだ。
「でも、最初にここに来る時に、世界を救えば元の世界に戻ることができるって言われたんだ。帰る方法はあるんじゃないの?」
シロウの言葉にコウガはグラスを拭きながら口を挟む。
「正確には転生者は帰ることをしなかったんだよ。もしかしたら手段はあるかも知れないが、誰もしならないってところだねぇ」
シロウは、全く持ってコウガの言葉の理解ができない様子で「どういう事?」と聞き返す。
「誰もて、転生者ってのはそんな何人もいるものなの?」
「……さっき言ったでしょう? 転生者は世界の覇者になりうる。この世界を支配していると言っても過言じゃない連中が、この世界にはいるの。貴方がさっき追い払ってくれたアベルが、その一角なのよ」
クレセントの話を聞き、コウガは露骨に態度を変える。「アベル」という単語に対して、極端な態度を見せたのはコウガのみにとどまらず、それぞれのテーブルで飲み交わしていたであろう面々がカウンターに向かってくる。
「アベルを退けたって話、本当か?」
最初にシロウとクレセントの会話に入ってきたのは、いかにも戦士風の佇まいをした身長二メートル近い大男だった。しかし彼はシロウに対して言葉を投げたわけではなく、明らかにクレセントに対して事実確認をしているようだった。
シロウは自分のあまりの場違いさに居心地の悪さを覚えるが、クレセントは挑発的な笑みで問い返す。
「本当よ。疑うの?」
「あたりめぇだ。そこのモヤシにアベルが屈したなんて考えられねぇぞ」
「一定の実力があれば、彼がいかにおかしいかわかるはずよ。それとも、それすらも理解できない程度だったかしら、ストム」
ストムと呼ばれた男は、このギルドの中でも幹部クラスの戦士長である。当然ながらその煽り文句は正当なものではない。
けれどもストムも、その言葉に動揺することもなく「吹くじゃねぇか」と笑い飛ばす。
「確かにそこのモヤシの力量はわかる。だが、あのアベルが気圧されるってのとは話が違う。あの化け物がそのまま手を引いたっていうのが引っ掛かってんだ」
クレセントもその弁には納得していた。確かにそこはクレセントも疑問に思うところだったが、そこに一石を投じたのは、軍服のような衣服を身にまとうメルバだった。
「潜在能力だけで、アベルが退けたのならとんでもないやつってことになるぞ」
「あら、流石わかってるわね。銃者(ガンナー)・メルバ……」
「別にあんたの味方をしているわけじゃない。そう思っただけだ」
すっかり言い争いが始まっている面々の中で、それらを無視するようにコウガはシロウに冷静な話を持ちかける。
「君が退けたという、アベルはねぇ、サウス・エリアを支配している怪物の一角だ。もちろんだが、それぞれ東西南北、それぞれに支配者がいる。だからまとめて、四王と呼ばれている怪物どもだ。皆、君と同じで異界からの転生者と言われていて、だからこそ皆から恐れられている」
「支配者って……政治や経済も、そんな連中に支配されてるってことですか?」
「支配の仕方は人それぞれだ。例えばこのウェスト・エリアを支配しているサヴォナローラは、比較的穏便なタイプで、あんまり干渉してくることもないねぇ。だがアベルは、自らの私設兵を持っていて治安の完全な支配をしている。場所場所によるし、そもそも四王たちも、セントラル・エリアにいる王には逆らってないしねぇ」
次々に出てくるこの世界の内情にシロウは混乱しながらも、「この世界はある程度の君主制を採用しているのか」という最低限の情報だけを咀嚼しながら、四王についての情報を尋ねる。
「その、四王っていうのは、誰も元の世界に帰ったやつはいないんですか?」
「転生者については、その圧倒的な力量以外で判別できない。言語、文化も君がわかりやすい方だったからねぇ」
「……それなら、オレが帰る方法って……」
「今のところ、思いつかないけどねぇ……でも、君らのような常識外の力があれば、それも可能になるのかも知れない。君がやぶさかじゃなければ、ここで情報を募ってもいいね。それこそ、世界平和を祈りもここにいたほうがやりやすいだろうしね」
コウガの言葉にシロウは絶望と希望が押し寄せてくる感覚が生じた。
正直なところ、「ギルド」という単語をファンタジー小説でしか見聞きしたことがなかったシロウにとって、抵抗がないわけではなかったが、どっちみち住む場所もないため、選択肢はないに等しかった。
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