第11話 異形の者
激闘が繰り出された魔石の岩窟の中間部から、更に最奥へと向かうシロウとストムを足止めしたのは、再び訪れた恐るべき沈黙である。あたりの惨憺たる状況に対して、何一つ鳴り響くことのない音がただただ不穏さを掻き立てるばかりで、闘い慣れしていないシロウはおろか、歴戦の経験を持つストムですら進みを躊躇させた。
暫くの間、各々の足音のみが響き渡るなか、ふたりはとある異音を感じ取る。
「誰だ?」
ストムは異音の正体が、「いつの間にか増えた足音」であることを即座に聞き分け、その言葉を投げた。シロウはというとその言葉でようやく目の前に気配が差し迫っている事に気が付き、レイピアを先の見えない岩窟へと向けた。
「お待ちしておりました」
何に反応したのか、岩窟の最奥から地響きのような声が響き渡り、ふたりは思わず顔を歪める。
全く持って想像もしない言葉遣いだった。話によればこの先にいるのは、魔石の影響を受けたという盗賊のはずである。にも関わらず、まるでやってきたシロウとストムのことを知っているかのような言い回しに、いち早く反応したのはストムの方だった。
「何者だ? 盗賊にしちゃあずいぶん上等な言葉遣いじゃねーか」
挑発的な言葉にも反応を示すことはなく、奥から響く声は「さぁこちらへ」と更に奥底へとふたりを誘う。
声音しか想像の余地を挟ませない不気味な存在に、ふたりはただただ気味の悪さを覚え、無意識に行動を牽制されていた。
ストムは迷いながらも、自らの双剣を両手に携えて足の運びに最新の注意を払って移動する。それに続くように、シロウもレイピアを携えて薄明かりの灯る岩窟へと進んでいく。
やがて最深部と思われるような開けた空間に出ることになる。そこは、まさに惨状と呼ぶにふさわしく、盗賊の仲間たちであったであろう人々が肉の塊になって地に伏している。
そればかりか、死体は無造作に床へ飛び散っており、凄まじい激臭があたりに立ち込めていた。
戦場に慣れていないシロウは思わずその場で卒倒しそうになるが、それをかろうじて留めていたのは、眼の前にいる明らかな異形の存在。一瞬たりとも隙を見せれば、頭から齧り取られてしまうであろう化け物を前に本能がシロウの足を立たせていた。
「おぉうおぉ、お待ちしておりました神の代弁者さま」
岩窟の中央に立ち尽くし笑っているそれは口を開いてそう語りだす。
その姿はとても人とは言えないものと成り果てていた。異様に細くなった胴体と足は、ロウソクのような輪郭の乱れを持って膨張した頭部を支えており、人の形を留めていない頭部は本来のパーツがおかしな縮尺で配置されている。
シロウは思わず、昔見たホラー映画の異形の怪物を思い起こす。しかしそれでは言い表すことができないほど、悪夢と呼ぶにふさわしい非現実感が漂っていた。
一方ストムはそれを見て顔を歪める。それはシロウとはまた違う理由であり、少なくともストムは、魔石の影響でこんな奇怪な変貌を遂げた人間を見たことがなかったからだ。
一般的な「魔力の暴走」は、どちらかというと人間の理性を失わせて攻撃性を高めることや、先程会敵したような肉体の一部が過剰な発達をするようなケースが多く、こんな変化を遂げるなど前例のない話である。
同時に、ストムは眼の前の異形の危険性を「命を賭して対処しなくてはいけない」と判断するのほどの危険性を秘めていることを即座に解する。
生物において魔力は、「強化剤」である。それを過剰に取り込んで変形した生命体は既にこの世のものとは一線を画す脅威となることは体感で理解できる。
しかしこれは、既に今までの枠組みに収まるものではなかった。ストムは「化け物にしては行儀がいい」と双剣を構えると、異形の怪物は頭を生物とは思えない速度でぎょろぎょろと動かし、ストムを捉える。
「もうひとり、いらない」
ストムは次に両腕にかかった凄まじい圧力に思わず吹き飛ばされてしまう。何が起こったのかと理解しようとした頃には、体は全く別の場所にふっとばされていて、ストムは先程のダメージと相まって激しい痛みに脳が揺さぶられた。
ストムは思わず舌を打つ。一体あのロウソクのような肉体からこれほどまでの速度と膂力が生まれたのか理解できないが、どちらにしても目の前の異形が文字通りの「怪物」であることを今更ながら理解させられる。
一方でストムを吹き飛ばした異形の怪物は、シロウを観察するように頭をぎょろぎょろと動かしていて、人間の言語とは思えぬ言葉で何かを語りかけているようだった。
シロウは完全にそれに気圧されており、一切の動きが取れない状態になっていた。それに対してストムは苦言を呈する気すらせず、むしろ卒倒せずに立っていられているだけで上等だとすら思えた。
それ以上に、ストムはそのままシロウに攻撃が向かうことを想起し、即座に両手に携えた双剣の刃を打ち鳴らし、異形の怪物はぎょろりと再びストムへ頭を向けた。
「う、う、う、うるさい、しねねねね」
怪物は凄まじい速度でストムへとにじり寄ってくる。敵意が向けられた瞬間ストムは口角を上げて火花散る刃を怪物へ向ける。
ストムは即座に態勢を整えて双剣の刃を一方向へと束ねて大きく跳躍する。刃を束ねたことで破壊力を向上させて怪物を一刀両断しにかかる。ストムの見立てでは、通常の攻撃では怪物に攻撃を通すことができないということを察して、いわゆる「エンチャント」をかけたうえでの攻撃をしかけたのだ。
ストムの能力は、自らの魔力を身体強化に当てるものである。それは元々ストムが魔力に対しての適性が著しく低いためであり、身体強化程度しかすることができなかったが、そのためにストムが編み出したものは、「刃を打ち鳴らし炎を付与する」というものである。
ストムの魔力は「特定のものを強化する」という使い方がメインであるが、刃を打ち鳴らしたことで熱を帯びさせ、擬似的にエンチャントをかけることができたという仕組みとなる。
ストムが刃を打ち鳴らしたのは、エンチャントとかけると同時に、異形の怪物の気を引くためでもあるが、それと同時に怪物に残っている知能も推し量ることに役立っていた。
言葉遣いから、怪物に残っている知能は極めて低いと考えられる。この時点から、ストムはなんとかこの闘いに勝機を見出していた。
案の定、ストムが放った攻撃は怪物の頭部を一刀両断するに至り、怪物はばたりと音を立てて動きを止める。
「なんとかかんとか、なったもんだな」
ストムは絶え絶えの息でそんなことをつぶやきながら、シロウへ「大丈夫か?」と声を投げる。
しかし、そんなストムに向けるシロウの視線は言葉を失い口をぱくぱくさせている。その反応にストムは一瞬理解できないでいたが、同時に響く肉片が蠢くような音を聞き取り、即座に後方に振り向く。
そこには、凄まじい速度で再生をした異形の怪物だった。確かに一刀両断したはずの怪物は、何事もなかったかのような様子で立ち尽くしていた。
「ストム!」シロウがそう叫ぶ頃には、怪物は頭部から伸びた触手でストムのことを抑え込みにかかる。
怪物は頭部をぎょろぎょろとストムのことを見つめながら、きりきりと締め上げ始めていた。
「だから言っただろうに、殺す、殺す」
「頭から爪の先まで化け物ってことかクソ野郎」
ストムが悪態をつくとともに、怪物はストムの肉体を捻り切ろうと動きにかかる。その動きにストムは一切の抵抗ができず、自らの死を悟った時、突如現れたクレセントが怪物から伸びる触手を切り落とす。
ストムはそのまま地面に叩きつけられるも、即座に受け身を取り得物を回収する。
「貸し一つよ、戦士長」
そう言葉を投げたクレセントは、錫杖の先を半月状の刃へ変形させて触手を切断させてストムを救出する。
「流石に神にでも祈ろうかと思ったぞ、ベストタイミングだが一体全体どういうことだ!?」
「それよりも先に眼の前のやつをなんとかしてから……」
会話の最中にも異形は即座に触手を伸ばして広範囲を攻撃しにかかる。その速度は凄まじく近接戦闘にストムほどの研鑽を詰めていないクレセントは思わず顔を顰める。
その攻撃をカバーしたのはグロリアであり、短刀で触手を落として顔を歪めた。
「……一体こいつはなんなんだ?」
「お前のお友達の赤首盗賊団じゃねーのかよ。もう人だった面影もねーがな。お茶くみもできやしねぇ」
「人間が本当にここまでの変化をするものなのか?」
「考えてる暇はねぇ。こっちの切り札はあの調子だからな」
眼の前で行われている会話の最中、シロウは未だ動くことができないでいた。あまりの衝撃と恐怖にその場で立っていることがやっとの状態である。
そんな状況であれば、ストムの言葉はまさにその通りで、シロウも自分のあまりの不甲斐なさに苦渋をなめさせられていた。
クレセントも流石にこの状況であれば、シロウの戦闘参加は不可能と判断して、武器を構えた。
更にストムはクレセントとグロリアにとある仮説を語りだす。
「よく聞けふたりとも、このデカブツは恐らく、ただの傀儡だ」
「傀儡ってどういうこと? これに知能が残ってるなんて思えないわ」
「……見ろ、明らかに、俺たちの話を聞いて理解してやがる」
ストムの考察に種明かしをするように、異形の怪物は頭部をぎょろぎょろとするばかりで、触手を伸ばした攻撃やその他の行動に出ることはない。まるで、ストムの仮説を嘲笑的に聞き入ってるようだった。
「全くふざけた野郎だ。頭空っぽみてぇな面しやがって、随分律儀な野郎じゃねえか」
「……本当に、こっちの話を理解してる?」
「そうじゃなければ俺はさっきの攻撃で確実に仕留められてるからな。この茶番も終わらせろ、目玉野郎」
ストムが更に追い打つような言葉を放つと、凄まじい笑い声を岩窟の中を轟き、怪物は「ご明察」と声を上げた。
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