第5話 得物
「おーいシロウ、ちゃんとついてきてるかー」
ギルドに加入したシロウは、一発目の仕事として「魔物討伐」ということで、ウェスト・エリアからセントラル・エリアに寄った森の広場へと、ストムとともに訪れる。
「ついてきてるけど……流石に、キッツいって」
シロウはセントラル・エリア付近の森の広場に至るまで、数時間はぶっ続けで歩き続けていた。そんなシロウとともに歩き続けているストムはというと、身の丈ほどの刃を背負っているというのに、それでも一切の疲労の色を見せない。
明らかな体力の差があることは周知の事実であるが、ストムはさほどそのことを気にしていないようで、ある程度開けた場所で「ここでいいか」と足を止め、シロウへと振り返る。
「このあたりで良いだろう。シロウ、まずはお前の得物からだ。見せてみろ」
ストムはシロウへ、「得物」について言及する。当然シロウもその言葉の意味を理解しており、自らが「神」なる存在から託された半液体状の物質で構成された神器のことである。
正直シロウ自身も、これがどのように使うものなのかをよく理解しておらず、恐らく意志を持って体に纏わりついているそれを指さした。
「見せても何も、これ?」
「あぁ、それだそれ。ぶっちゃけオレらはそれを知らん。神なんてものからのもらい物は、まさにこの世のものじゃない。どんな性能を備えてるかわからんし、それを理解するのが先決だ」
「つまり、これが何かを知るほうが大事ってことか……」
「使い慣れてない得物ほど役に立たないもんはない。見た感じ自律型の武器っぽいな。そもそもそれが武器なのかすらわからんが」
ストムの言葉にシロウは唸るように、「指示を出すとか?」と言うと、体に纏わりついていたそれは突如シロウの体を離れ、人型状へと形を変える。
「ボクは貴方のために戦い、守ります」
人型に変形したスライム状のそれは、ぎょろりとストムの方を眺めて「こちらの方は、貴方の敵ですか?」と攻撃の意志を示す。
「ちょっと待って、彼は味方だ。それよりも、君は何者で、どういうことができるのかを教えてくれないか?」
シロウは思わず、必死でそれに対してこの状況を説明しようとするも、ストムはというと驚くべきスピードで、人型のそれから距離を取っていた。
ストムは自らが感じた強烈な殺意は、恐らくシロウと対峙した四王・アベルが感じたものと変わらないものだと直感させられる。
この人型、自律型の武器が発した攻撃性はシロウのそれとは比較にならないレベルの危険性を秘めているようだった。それも、単純に「意志を持った自律型の存在」でもなく、シロウの感情の動きをトレースしているような感覚に近いだろう。
それらすべては当然、ストムの感覚に頼る部分が多いながら、「転生者」というものの圧倒的な力量差を実感しつつ、これまでに抱いたこともない期待に胸踊らせる事となる。
一方シロウの目には、ストムが謎に高速移動で人型から離れただけに見え、更にそれと会話を進める。
「敵対者でなければ、ボクは貴方の味方です。以後お見知り置きを」
人型のそれはストムの強い警戒心をカンパしたように、静かに頭を下げる。それには思わずストムも驚きながら、手を上げて敵意がないことを示す。
「お前さんは何者だ? 武器か? 兵器か? それとも、神か?」
「ボクはシロウを守るためのものです。神によって作られたものですが、ボクは神ではありません」
「……具体的に何ができる?」
「如何ようにも、シロウの望む形となり戦うことも、シロウの意志が届かぬときも命を守ります」
「だってよマスターさん、なにか指示でも出してみたら?」
ストムがそれと会話を聞いて、「つまり武器にもなってくれるってこと?」と問いかけると、それは当然のように首を縦に振る。
「剣にも、弓にも、銀の弾丸にも、我が身を変える事ができます」
「それなら、この前みたいにオレでも扱えるくらいの武器になってくれるか?」
それは「勿論」と姿を変える。気がつけば手のひらには、以前と同じようにレイピア状の剣へと変化する。
「レイピアだな。刺突用の剣だが……お前の得物がこれなのか?」
シロウは子どもの頃から嗜んでいる剣道では、「刺突」を得意技としていたことから、レイピア状に変化したのだと直感する。しかしこの場で剣道がなにかを説明することはできず、「結構ね」と適当な返しをする。
それを眺めてストムは、尤もな疑問を尋ねる。
「……まぁ武器なのはわかったんだが、一応、コミュニケーション取れるんなら、名前でもつけてやれや」
シロウは一瞬、名前をつけるということに高揚感を懐き、即座に「ミシェル」という名前が浮かぶ。そのまま続いて「ミシェル、この子は、ミシェルだ」と噛みしめるように続ければ、ストムは不可解に同意するように首を縦に振る。
「でも、とりあえず名前もついたし、お前の得物を理解できたわけだ。ここからはお手並み拝見だ」
ストムはそういいながら、周囲を見合わしながら一瞬にしてシロウを振り切るようにその場から姿を消した。
シロウは激しく混乱させられる。今までストムのスピードは明らかにシロウよりも遅かったのだが、まるで瞬間移動のように一瞬で気配が消えたのだ。シロウは思わず、これが魔法の類であると直感しつつ、一人置き去りにされたことで今まで感じなかった異様な気配を解し始める。
人間とは全く違う、異様な気配。一般的な家庭環境で暮らしてきたシロウにとって、ストムらとは異なり感覚的な部分で気配を悟るのは限定される。しかしそれでも、肌に刺すような視線と、静謐を撫でるような動作音。
何かがいることを確信させられるのと同時に、シロウは今回の仕事が「魔獣の討伐」であったことに気が付き、思わずゾッとさせられる。
シロウは理解させられる。「魔族の討伐」に自らが手をくださなければいけないということを。
「良かったの? 彼の力量、見たかったんじゃないの?」
ストムが一瞬にして、クレセントが施した転移魔法にて、シロウと周辺の森林を見渡すことができる物見台まで移動することになる。
動体視力、瞬発能力、あらゆる面でストムを凌駕するシロウが、ストムの移動を視認できなかったのは本当に「瞬間移動」したからである。もちろんそれを仕向けたのはクレセントであり、ここまでのお膳立てもまたストムとクレセントの結託である。
「見れるさ。この状況で、正確にな」
シロウの実力を把握するため。あえてシロウをウェスト・ギルドから遠く離れた森の中での魔物討伐へと導いたのは、その距離と閉鎖的な環境にあった。
距離は単純に、シロウを疲弊させるためである。ここまでにたどり着くために数時間も歩く必要があり体力をそがれ、しかも場所を伝えないことで精神まで削がれることになる。
更に削がれた精神のなかで、イレギュラーな状況に立たされ、そこに命の危機まで加われば、危険性はひとしおになる。そんな精神状況のなかでは、人間の極限状態を見ることができる。
ストムは見たかったのだ。シロウが持つ異常性を。
死地に身を置き続けているクレセントもまた、これに対しては肯定的だった。
「……そういえば貴方、結構性格悪かったよね」
「お前もだろう。掘り出し物見つけてきたのはお前だが、まだまだ潜在能力を出切っていない。ヒナですらない……その状態で、アレだ」
ストムは腕を組みながら、眼下に広がっているシロウの戦いぶりを観察している。
それに習うようにクレセントもシロウを一瞥するが、クレセントの目に飛び込んできたのは信じられない戦いぶりだった。
シロウは木立から出現した気配にすぐさま視線を向けた。
そこに現れたものは、とても人間の体躯とは比較にならない獣である。見た目は豚と人を混ぜて二足歩行にしたような気味の悪い怪物。シロウの頭を逡巡したのは、ロールプレイングゲームで時々見かける「オーク」のイメージであるが、それが現実化したそれは、恐るべき殺意を向けている。
シロウは一瞬の出来事に体が動かなかった。
日常生活では到底感じることのない野生の殺意。それに対してほとんどの人間は気圧され、行動することなどできなくなってしまう。
それはシロウも例外ではなかった。そんな異常事態にシロウを突き動かしたのは、命のやり取りを強烈に実感したことで、シロウ自身の中で燻っていた「生への執着」が、極限の強直に振り切れていた、シロウの肉体を収縮させる。
シロウは、仮にオークと呼ぶべきその魔物が刃を剥く前に所持したレイピアにて、頭部を穿つ。その速度は、近接戦闘に優れ、圧倒的な動体視力を持つストムですら見きることができないほどの速度に達していた。
それだけではなく、シロウのレイピアによる高速の突きは、巨体を誇るオークの生命を一撃で停止させるにふさわしい攻撃力を持っており、シロウの意識が戻る頃にはオークの巨体は音を立てて地に伏せる。
我に返ったシロウは、薄明かりのような体温を持つオークを見下ろし、未だ周囲に無数の怪物の気配を感じて、再びレイピアを構える。
「あいつは異常だ、わかるだろう?」
ストムはそれからも迫りくる魔物を下すシロウを眺めて、クレセントに言葉を投げる。
魔物はあの体躯ながら、集団でターゲットを仕留めにかかる社会性がある。だからこそ、畳み掛けるようにシロウに攻撃を仕掛けている。当然、一体一体が人間の膂力では手を付けられない程の頑強さを誇り、人間が太刀打ちするためには、ストムのように近接において圧倒的な研鑽を積んだり、クレセントのように適正のある人間が魔法を扱うなどが一般的である。
まともな人間なら、あの巨体で野生の殺意を向けられれば萎縮し、行動できなくなってしまう。
戦闘経験の浅さがもろに出る場面であり、いわば大型新人であるシロウにはうってつけの実践の場である。
ストムはシロウにとってこのデビュー戦を「死ぬことはないだろうが辛勝になるだろう」と予想していた。
シロウと相対して、その実力は十二分に理解することができた。だから、最低限「死ぬことがない」ということを確信していた。しかし実際には、辛勝どころか、圧勝。ストムは自分でも気が付かないうちに、無作法な笑みを浮かべてしまっていた。
「確かに普通の人間と考えれば、彼は異常でしょうね。でも、彼のような転生者は、そんなものよ」
ストムの態度にクレセントは、むしろ納得しているような面持ちでそうつぶやく。
「なんだ、随分あいつのことを知っているような言い方だな」
「……普通の生活をしてて、戦いに身を置くような場所にすぐ適応できる時点で、彼らのような存在はどこかおかしいと思う」
「違いねぇが、オレたちにとっては願ってもねぇ話、お前がアレをどう思おうか知らんが、アイツはオレのいいようにしても、いいんだよな?」
クレセントはその言葉に返答を詰まらせながら、「あたしは魔法を、あなたは体の使い方を教えていけば、いいと思うけれど」とつぶやきつつも、シロウから目を離すことはしなかった。
その挙動を、ストムは一切見逃すことなく、含みのある笑みで「そうだな」と言葉を返し、今度はシロウのもとに向かおうと体を翻す。
「アイツを迎えに行ってくる。お前は先に戻ってろ」
ストムはそういいながら、そのまま高所にも関わらず、窓をぶち破る勢いで飛び降り、そのままシロウのもとへ直接向かうことになる。
「やーやー、無事かいベイビー?」
魔物の集団を退けたシロウは、自分が明らかに死にかけたことに怒りを覚えながらも、「ちゃんと説明してくれよ」と悪態をつくほうが先にでてしまう。
すっかり血みどろのシロウは、魔物の死体の山に背を向けて、恨み言をストムへ向けた。
「それで、オレの合否はどんなもんになったんだ? ここまでやって、不合格だったらしょげるけどな」
「これだけの死体の山を作っといてよく言うぜ、ストレートでこっち側にご招待だ。おつかれさん」
ストムは穏やかな表情で血みどろのシロウに手を差し伸べる。
差し伸べられた手を、シロウは快く受け取り「それなら、これからもよろしく」と微笑み返す。
そんなシロウを見てストムは実感する。
本来、普通の人間は「命を取る」という行為に対して抵抗があるのが普通である。シロウはその人間が本来であれば抵抗を覚えるであろう出来事を一瞬で理解し、その重大性を理解しながらも、実行できる凶悪ななにかがある。
傍から見ればそれは明らかな異常、しかしストムはその異常を迎合していた。なぜなら、その異常がギルドにとって最も、重要な才能であったから。
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