第6話 魔法使いの残滓


「さて、ある程度はストムに教わったわね?」


 戦いに対してある程度の「慣れ」を得たシロウに対して、クレセントは自ら、自身の仕事に同行を求めた。なぜなら、戦いにおける重要な要素、「魔力」についての教授をしたかったからである。


「……教わったは、教わったけど、めちゃくちゃ仕事振られまくってきつくなってきたんだけど」

「すっかり気に入られたのね。まーそれは良いことだと思うよ、シロウにとって大切なのは実践だから。そもそも普通の生活しててよくやってるよ」

「そう言ってくれるとありがたいよ。それで、オレたちは今からどこへ行こうとしているんだ?」


 シロウの問いかけに、クレセントは「あそこ」と指をさす。

 そこは、街の郊外にある歪な魔法陣である。荒野に刻まれたそれはかなり異質であり、シロウは思わず顔を歪めた。

「これ、は?」

「魔力を感じるのはここが一番いいわ。ここは魔法の修練場、だった場所よ」

「だった場所?」

「えぇ。コウガに、それか他の人から魔法の起源を聞いたことは?」

「いや、ないけれど……」


 シロウが理解できないといった面持ちをしていると、クレセントは「これが魔法ね」と微笑みながら魔法陣の中央まで、ふたりとも瞬間移動する。

 当然シロウはこれに見覚えがあり、「ストムがしていた……」と口にするが、クレセントはこれを否定する。


「ストムは魔法は使えないの。というか、魔法使いは適正がないとできない。本来なら人間の体にある魔力を使って魔法を扱うんだけれどね、魔力は一定レベルに至らないと魔法にならないの」

「……つまり?」

「魔力の量が重要なの。一度に練れる魔力の量は人によって違ってて、特定の量がなければ魔法には至らない。あたしは幸い、一度に練れる魔力が多いから、こういう魔法に発展させる事ができたってこと。ちなみに今のは、マーキングした場所に移動する転移魔法の一つね」


 話をしながらもクレセントは、「シロウに魔法を教えるため」にこんな辺境の場所に連れてきたわけではなかった。

 必要なのは、あくまでもシロウにも使いやすい形となる「魔力」の方である。


「シロウに必要なのは魔法ではなく、魔力のほうね。それに、魔法にはピンときてないでしょ?」

 虚を突かれるようにシロウへその言葉を渡す。対してシロウはそれに図星と言わんばかりに「まぁ」と頭を掻く。

 シロウにとって魔法なる存在は、フィクションの中だけの概念であり、上手く意味を理解できないところがある。それをクレセントは観察のみで看破しており、そんなまがい物の戦力を指導する気もなかった。


「それで、ここまでオレを連れてきたってことは、教えてくれる事があるんだろう?」

「察しが良くて助かるわ。貴方の目的のためにも重要な話。ここに来て不思議だと思わなかった? 誰も彼も、あんな怪物と戦ってどうして勝ち目があるのか、って」


 クレセントの質問に、シロウは思わず目を丸くする。それは率直な感想に対して「疑問を持ってはいけない」という先入観がそう思わせていたようで、突きつけられた視点に思わず本音を漏らす。


「やっぱり、なにか秘訣があるの?」

「勿論。ちなみに森にはあんなのがわんさかいるから、あたしたちギルドの仕事があるってわけ。魔物と渡り合うために人間がたどり着いたものが、魔力っていうことね」


 魔力という言葉を噛みしめるように反芻したシロウの前に、クレセントは体のエネルギーを貯めるような仕草をして「なにか見える?」と声をかける。


 シロウは思わず目を細くする。そこには、クレセントを覆うように青白いオーラのようなものが見え始め、自分の目を疑ってしまうほど鮮明にそれが見えた。


「これは……? 一体、なんだ? 目の疲れ?」

「目の疲れでもなんでもない、これは魔力、本来なら人間なら備わっている力なの」

「でも、他の人にはこんなの見えなかったぞ?」

「それはここの影響ね。ここは元々、魔法使いの鍛錬場……つまり魔力を可視化させる事ができる特殊な魔術が組み込まれているから、貴方にも視認することができているの」


 クレセントの言葉にシロウは感心するように自らの身体の周りを見ては「オレも出てるの?」と素直に疑問をぶつけている。当然ながらクレセントはそれに「勿論」と微笑み、体の中のエネルギーを体にまとわりつかせるようなイメージを促す。


「血液の中の熱を巡らせるようなイメージをするといいよ」

「イメージ、ね。イメージが大事なやつかな、これ」


 シロウはクレセントの弁を聞きながら、瞳を閉じて全神経を集中させているようだった。

 魔法使いを生業とするクレセントには、シロウから迸る凄まじい魔力量に驚かされていた。これほど膨大な量の魔力を体内に宿しているとはクレセントも想定していないレベルであり、まさに伝説として語り継がれてきた転生者のそれにふさわしい。


 それと同時に、クレセントはシロウの持つ強烈な異常性を垣間見たことを確信する。魔力というものは、保有している量が多ければ多いほど、正気をなくしやすいという強烈なデメリットが存在する。


 いわば「力に魅せられる」のだ。増幅した魔力が正常な判断能力を奪い、体の細胞が徐々に魔力へ置き換わることすらある。


 魔力については謎めいた部分が多い。魔力を扱う魔法使いは、それを研究する側面もあるのだが、ベテラン魔法使いであるクレセントすら、魔力の全貌は見えていない。


 クレセントはシロウに一つ、はっきりと嘘をついていた。「魔力は人間に備わった力」という部分である。確かにそれ自体は事実なのだが、正確には「魔力はこの世のあらゆる生命体に備わった力」ということであり、人間以外にも、動植物も保有している。


 それに加えて、本来であれば個体で収束するはずの魔力が異常な量を示す事がある。それに対してクレセントは、魔力は種族を超えて流れる事があるのではないか、という仮説を立てて検証を続けているが、未だ確信に至ることはない。


 それを踏まえてシロウの驚異的な魔力を見れば、その異常性が際立つ。あれだけの魔力を持ちながら、未だ気の一つも触れていないのはまさに特殊な例である。


「魔力、感じられている? ちなみにちゃんと魔力、練れているよ」

「本当? 確かに体がじんわり、あっつい気がしてるよ」


 魔力の練り上げに関しては圧巻の腕前である。普通これだけの量の魔力があれば、練り上げて安定させることも難しいというのに、クレセントは大げさにそれを態度に出すことはしなかった。

 だからあえてあっけらかんと「ファーストステージは上々ね」と次の段階へと促す。


「次はそれで体を強化するんだけれど、それについては貴方が一番実感できると思うよ」

「つまり、実践あるのみってことだな……そういえば、今回の仕事って?」

「勿論。今回の仕事は、修練場の掃除よ」


 クレセントは不敵に笑いながら、先程話した転生魔法で即座に魔法陣の外に移動する。

 ただ一人魔法陣に残されたシロウは、「え?」と困惑を呈しながら、魔法陣が妖しく明転を始める。


「これは……?」

「この修練場はね、歴戦の魔法使いの残滓が具現化する場所でもある……でも時折、それが増幅してしまうこともある。それを駆除するのも魔法使いの仕事なの」


 修練場を覆う空気は明らかに不気味なものへと変わり、どす黒い人型の怪物が徐々に立体を帯び始める。

 シロウはそれを直感的に「幽霊が実体化したもの」のような印象を受けるが、そこから生じる殺意は確かなものがある。それこそ、ストムとの仕事で魔物と戦ったときのことを思い出す。あのときの明確な殺意ではないが「邪魔するものは殺して構わない」と言わんばかりな挙動に、ストムは自らの武器を携える。


 「魔法使いの残滓」は、不定形の姿を持つガス状の体を持ち、動きこそゆっくりながら、近づくことすら危険な瘴気を放っている。

 シロウは早速、自身のスライム状の得物をレイピア状に変形させるも、それに対して攻撃をすることを躊躇わせる。

 「魔法使いの残滓」と対峙したシロウは、「近づくだけでダメージを受ける」ということを本能的に理解させられ、思わず距離を取る。



 クレセントはシロウのその対応を見て、「流石の冷静さ」と舌を巻いた。


 修練場に現れる「残滓」は、本来魔法使いが対処する案件である。その理由はガス状の存在ゆえ、「魔法使いが対処するべき案件」だからのためで、本来魔法使い以外の人間が対応することはできない。


 そもそも「残滓」は、物理的な肉体を持たないゆえ、魔法による対処が大前提であるが、熟達の魔法使いであるクレセントは、シロウの莫大な魔力が容易く「残滓」を打ち消すであろうと想定していた。


 「残滓」とは、過去の魔力を扱ってきた人間が意思を持ったものとされている。魔法使いでしか太刀打ちができないとされるのは、「魔力によって体を守ること」が必要になるからだ。


 これはクレセントにとって重要な事柄を確認するためのものである。

 それを確認するように、修練場の外部でシロウを観察していたクレセントへ、突如現れたバーテンのコウガが「彼はどう?」と声を投げる。


「転生者っていうのは皆、彼みたいな戦い特化の特殊な人間なのかしら。あんな状況にも冷静だし」

「それは人によって違うだろうけど、彼は他の転生者と比べても別格なように感じるね。君だって、そう感じているからこそ、こうやって意地悪なやり方をしているわけでしょう?」


 コウガの言葉にクレセントは沈黙をもって答え、シロウの行動を一瞥する。




 一方のシロウはすっかり翻弄されていた。攻撃をするしないという話ではない。近づけば謎めいたエネルギーを受けるし、そもそも攻撃が通るものでもないだろう。

 「どうする?」シロウは思わず舌を打つ。戦いに慣れていないシロウは、ひとまず冷静に「残滓」を観察することに務める。


 不定形、ガス状、物理的な干渉は不可能であるとするなら、どう対処するべきか?

 シロウは逡巡する。先程のクレセントのセリフに「残滓への対処は、本来魔法使いが行う」というものがあったことを思い出す。魔法使いは魔力の扱いに長けた人間がなるものと考えれば、「残滓は魔力をもって対処する」必要があると推測するのが妥当だ。


「魔力……魔力だ」


 シロウは拳を握りしめて体に流れる魔力を知覚する。思えば「残滓」に近づいた時に発生する瘴気は、影響が大きい時とそうでない時があった。

 それがもし、シロウ自身が込めた魔力が抵抗したと推察すれば、微妙な瘴気の強弱にも説明がつく。

 やはり、「残滓」は「魔力」で対抗する必要がある。

「魔力……魔力、どうやるんだこれ!」

 当然ながら、ここで初めて魔力を扱ったシロウは、それを上手くコントロールすることはできない。


 シロウの洞察は概ね的中している。「残滓」とは、積年の魔力が生前の人格を部分的に宿したものである。しかしながらそれは、人格と呼ぶには機械的であり、肉体を求めてさまよう。

 そのため「魔力」を持たないものは抗う術がなく、魔法使いによって増幅した魔力で存在もろとも消し去ることが普通である。つまりいくら特殊な力を持っているシロウであっても、「残滓」は天敵であり、一切の物理的攻撃が通用しない。


 「残滓」と対敵するためには、「シロウ自身が魔力の扱いをこなすこと」が最低条件となる。

 クレセントはそれを荒療治的に仕向けたのだ。極限の戦いのやり取りが、シロウの成長を最大化させることを知っていて、かつクレセントは確信していた。シロウであれば「死ぬことはない」という信頼が、この荒療治を成立させることになる。


「まずは全身を包む、それでやっと近づく事ができるはず……」


 シロウはあえて言葉に出して感覚を模索する。対敵する「残滓」は明らかにこの世のものではないオーラを放ち、戦闘経験の浅いシロウの感情を乱す。乱された感情と、初見の感覚を模索するのは至難だった。

 その感情の整合つかせるため、言葉に表現することで不安を絶つ。命の危機に瀕したシロウが編み出した感情整理の手段が「言葉煮出す」というものだった。


 立ち尽くすシロウへ、迫るように「残滓」は歩み寄る。ゆっくり、じりじりと迫るそれに対して、シロウは体中から迸る魔力を、薄皮のように全身に広げることで、瘴気から身を守ることに成功する。


 安定はしない、しかし最低限の防御を持つシロウの魔力の扱いに、遠方から観察していたクレセントは思わず笑みをこぼす。

 わずか短時間、あの極限状態で全身に魔力を回す感覚を掴む時点で、勝負は決していた。


 シロウは瘴気をまとう「残滓」に対して真正面から武器を振るう。

 その攻撃にははっきりと魔力が込められていた。その一撃が「残滓」にも効果的であったと言わんばかりに、修練場を覆い尽くしていた嫌な空気は払われる。



「いや~、魔力の掴み、完璧だったよシロウ」


 修練場へと舞い戻ったクレセントは、しれっと笑いながらシロウへ労いの言葉を投げる。

 当然ながら散々な目に遭ったシロウはクレセントを白い目で一瞥し「ひどすぎやしませんか?」と疲弊した態度をつぶやく。激しい心臓の音を押さえるように、シロウは胸を押えて立ち上がる。

 流石のクレセントも、手を差し伸べてシロウの体を起こすように促せば、シロウはそれに従いクレセントの手を取った。


「あとは細かな練習で実践レベルになる。やっぱり、君はすごいよ」

「それはありがたいんだけど、さっきのぴゅって飛んでいけるやつを、ベッドまで施してくれ」

「残念だけど転移魔法って、そんな便利なものじゃないの。マーキングとか、色々条件があるの」

「はー! オレの知ってる魔法じゃないー!!」


 修練場のど真ん中でシロウの絶叫が響き渡るなかで、クレセントは激しい手応えに駆られていた。

 彼なら、本当に「世界救済」を達成できるのではないか、と。

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