第7話 ダブル・バレル


 クレセントとともに「魔力」の修練を行うことになったシロウは、あまりの疲労感から暫くの間ベッドから動くことができなかった。

 絶え絶えの状態で、ギルドのバーカウンターへ腰を下ろせば、コウガは穏やかに笑って「随分しごかれましたなぁ」と、静かに珈琲をシロウの前に差し出した。


「本当ですよ……魔力を扱うって、皆あんなに大変なことをしてるってことですか?」

「いや、可哀想なんだけれど、皆時間をかけて魔力を練っていくんだ。君は特別っていうのはあるし、こっちとしても君を失うのは好ましくない。無駄死ににならないよう、クレセントも考えているのだろうねぇ」

「そうですよね……確かに素人に戦いは荷が重いってのはよくわかりましたよ」

「はっはっは、君みたいな謙虚な才覚者ばかりであればいいんだけれどねぇ」


 コウガとの穏やかなやり取りの中で、こつこつと足音を鳴らす音が響き、シロウはその足音に振り返る。

 するとそこには、今から仕事に行こうとしているであろうメルバが立っており、「随分お疲れだな」と声をかけてくる。


「貴方は……銃士(ガンナー)・メルバ!」

「否定するつもりはないが、なぜわざわざ肩書から言うんだ?」

「いや、クレセントが言っていてかっこよかったから」


 メルバは真顔でそれを聞き入れると、シロウが今までに見たことがないような顔で微笑み返す。


「君、やっぱり面白いな」

「え、面白いなんて言われたの初めてだから、嬉しいな」

「……えっと、シロウ、だったっけ? 付き合ってくれないか? これから魔物退治の仕事があるんだ。ほら、戦いは不慣れだろう? 少しは貢献できることもあるかも知れないし」

「本当? ついてって邪魔じゃない?」

「勿論。こっちもよろしく」


 メルバは穏やかに笑いながら、シロウへ握手を求め「サウスエリアの近くの森だ」と目的地を開示する。

 その場所を聞いてシロウは、「この前もサウスエリアだったな」と言葉を漏らすと、メルバは「歩きながら話すさ」と意味深な話の切り方をして、シロウとともに目的地へと歩を進める。



「そもそも魔物って、なんなんだ?」


 目的地へ向けて歩き始めたメルバに、シロウは率直に疑問符を投げる。現代社会を生きてきたシロウにとって「魔物」という存在はあまりにも現実離れした存在であり、「そもそも魔物がなんなのか」と率直な疑問に駆られていた。


 しかしながら、メルバはそのことについて知らないのは当然として「魔物について」のことを語る。


「魔物の発生はまだ研究中だ。それこそクレセントがその第一人者なんだが、聞いてないのか?」

「クレセントからは、修行の話がほとんどだからなぁ。メルバはなんか知らないの?」

「……さー、俺は魔物を狩るのが仕事だからなぁ」

「知ってる間、に思えたんだけど?」


 メルバは静かに足を止める。「知ってる間」という言葉に強烈な感情の揺らぎがありながら、即座に感情を沈めてメルバは笑う。


「君は随分と、鋭いな。ポテンシャルは頭もってところか」

「……嫌なことを聞いちまったんなら、謝る」

「いや、鋭いなと思っただけだ。魔物については、愉快じゃない仮説がある。魔力を大量に取り込んだ生命体、それが魔物だ」


 メルバの離した仮説に対して、シロウは言葉を噛みしめるように「そうか」と首を縦に振る。


「そう、か……いや、そうだよな」

「お前さんくらいならそれくらい察せてるか」

「この前、殺しちまったからな。それくらいの覚悟はしなきゃ、相手にとっても失礼だろうから」


 メルバはシロウへの印象が明らかに変わり始めていた。

 生と死が錯雑する戦地を練り歩いていたメルバにとって、「相手の生命を刈り取ること」に対して一定の解答を持っていた。それは他のギルドメンバーも同じこと、それぞれが死へ独自の解釈をするのがこの仕事の最低条件だ。


 それがシロウにはすでにできている。命に均等な価値を見出し、それに対して真正面からぶつかることができる。それができるだけで、戦う人間というものは強いことを、メルバは経験上深く理解している。


「お前さん、いいな」

「え?」

「さー着いた。ここが今日の狩り場だな」


 たどり着いたのは人里離れた森の中でも、特に草木の荒廃が激しい場所だった。シロウはその場所が明らかな「狩り場」であることを理解する。

 なぜならそこは、ストムとともにセントラル・エリア周辺の森と酷似した独特な雰囲気を持っているからだった。


 同時にメルバは腰元のホルスターから、大口径のダブルバレルのショットガンを、なんと二丁同時に取り出す。

「メルバ……それまさか、同時で?」

「当たり前だ。これくらいできなきゃ、ただの人間は生き残れないんだよ」


 メルバはその言葉とともに、左手のショットガンを何もない森林へと構える。

「シロウ、早速君の闘いぶりが見てみたいが、まずはこちらから手本を見せるべきだろう」

「手本?」


 シロウが言葉を返すのと同時に、体躯三メートルはあろうという、クマのような見た目の魔物がメルバの前に飛び出してくる。

 思わずシロウはその迫力に気圧されて目をつぶりそうになる。そんなシロウに「闘いの途中に目をつぶるな」というメルバの言葉が突き刺さり、シロウは目を開ける。


 魔物の凄まじい豪爪はシロウの戦意を削ぐほどの攻撃性を見せるが、メルバはそれを流麗な動きで間一髪のところで回避し、攻撃の隙をついて魔物の急所にショットガンを放つ。

「相手の攻撃をしっかり見て、臆せず攻めるチャンスを見極める。それが闘いの醍醐味だ」

 メルバはあとほんの数刻、判断を誤っていれば首が掻き切られていたところである。当然ながら、それはいくらメルバが歴戦の経験を持っていても、攻撃が直撃すれば死は免れないだろう。


 メルバはその死の恐怖をものともせず、いともたやすく攻撃を回避し、反動の大きなショットガンを懐から射撃している。

 この戦闘スタイルがメルバのやり方であることはすぐに理解できたが、それにしてもシロウは疑問だった。

 しかしその答え合わせは即座に表れる。


「あいにく、俺はこの大口径を片手撃ちできるくらい、関節は強くない」


 メルバは現れた魔物を即座に撃ち殺し、静かに続ける。


「だから関節を魔力で強化して、ようやく二丁拳銃で扱うことができる」

 

 左手に携えた大口径が排莢されるのと同時に、空になった右手の大口径に素早くショットシェルを詰める。

 メルバの銃火の扱いは人間業を超越していた。シロウは現代の重火器については一定の知識があったが、だからこそメルバの銃の扱いが人間のレベルを越えていることに驚きを隠せなかった。


 しかし感嘆の声を上げる間もなく、次々に現れる魔物を次々に銃殺し、辺りには硝煙の残り香が充満する。

 「ざっとこんなもんだ」左手に携えた大口径をホルスターに収め、右手の大口径を森の中へ向けながら、終戦の宣言を下す。


 その一方で、メルバはシロウへ言葉を投げる。


「今度はお前さんが見せる番だ。あえて一体、魔物を残した。そいつはお前で対処しろ」


 メルバの大口径の先にいたのは、同じように大型の熊に近い魔物である。あまりの巨体と攻撃性に、シロウは思わずたじろぎながらも、メルバは当然のように攻撃を躱して、シロウの真後ろへと跳躍する。


 間近に直面した魔物を前に、シロウは一度距離を取ろうとする。今までのような動きで魔物から距離を取り、スライム状の得物をレイピアへと変形させて武器を構えた。

 それまでの一連の動きはこれまでと変わらない。速度では圧倒的に魔物を上回っているなかで、シロウの動きに待ったをかけたのは、メルバの柏手だった。


「はい、次に俺が手を叩くまで、動かなーい」


 状況に対してあまりにも軽い調子で放たれた言葉に、シロウは激しく狼狽する。その混迷の間にも魔物は剛腕を振るわれ、動きに追随するような風の感覚が顔の目の前まで迫ってくる。


 シロウは反射的に体を動かしそうになるが、恐らく後ろから向けられているであろう大口径の気配と相殺され、不思議と恐怖がぬけていく。

 集中、集中する。それだけに意識を注ぎ、柏手の破裂音にのみ意識を集中させて、音が鳴った瞬間に一気に体を動かす。


 すると、思った以上に自分の位置と魔物の位置、そしてメルバの佇まいから、自分が必要以上に動いていたことを理解する。

 それは魔物が混乱したように周囲をきょろきょろとさせ、再びこちらに視線を向けたところからも伺い知れることだった。


 そこでシロウは、自分の動きがイメージと全く違うことに気がつく。それは最初にこの世界に来た時と同じように、疲れに対して動いた距離が明らかにおかしかった。

 そんな疑問に答えを渡すように、メルバがシロウへ声をかける。


「やっぱりお前さん、自覚ないな。というか、考えている動きと実際の動きがズレている感じだ」

「確かに、そうだ。なんか感覚よりもすごい動くんだよなぁ」

「その悪癖は今ここで直しておけよ。他の致命的な悪癖にも繋がるからな」

「あの、なんか、直す方法ってないの?」

「練習あるのみだ。ほら。まだ敵はいるよ、油断しない」


 会話の最中にも迫る魔物の攻撃に対して、再び動こうとするシロウに「まだ」とメルバは静止を促す。

「コツは目を離さないことだ。敵の動きをしっかり見て、適切に回避する」

 メルバはその話の中で即座に柏手を打つ。今度は相手の攻撃をしっかりと視認し、その攻撃に合わせて柏手が鳴った。今度はタイミングが合い、凄まじい爪の動きに合わせて体を動かす。


「うっしゃ、今のどうだった?」


 シロウはここに来て初めて、自分の体の動きと思考が一致した気がした確信を得る。同時にそれはメルバの「その調子」という声が答え合わせを行い、シロウは少しずつ柏手の感覚と、自らの感覚の同調を理解する。


 感じる、確実に、攻撃を気取ることができている。それを繰り返すうちに、攻撃の呼吸を理解する事ができるようになっていた。

 シロウは確実に理解しつつあった。自らの肉体が持つ驚異的な潜在能力を自覚し、十分に体のコントロールができるようになってきたところで、シロウは魔物の攻撃を待つことができるようになっていた。



 メルバはそれを見るや、「自由にやってみろ」の言葉とともに柏手をやめる。メルバの最初のシロウの見立ては「闘いの中で成長するスピードの速さ」を見抜いていた。


 それは紛れもなくシロウ自身の圧倒的な「闘い」に対しての潜在能力の高さが可能にしている。

 メルバは直感していた。シロウのような肉体をもたせられて、それを十分に扱うことは自分には不可能である、と。尋常ならざる膂力にあのスピード、普通であれば体に馴染ませて、普通の生活をすることすら難しいだろう。


 にも関わらず、シロウはとんでもないスピードで成長している。そうでなければ、ただ力を得た人間程度が、獣以上の攻撃を目の前に臆することなく戦地に経ち続けるなど、不可能な話だろう。

 シロウが魔物と闘い、その中でさらなる成長を遂げようとしている。そんな中、メルバは無自覚に口角をあげて笑う。

「……お前さん、もう十分、戦えるな」

 メルバの確信がシロウへ伝わるように、そこでシロウは魔物に止めを刺す。


「いいだろう、それだけ敵の攻撃を待てれば、まともに戦えるだろう」

 メルバはそう言いながら、大口径をぐるりと回転させてホルスターへ収め、息を切らしているシロウへボトルに入った水を投げる。


「……ありがたい、ていうかメルバって、意外にスパルタなんだな」

「別にスパルタなんかじゃないさ。戦場は、スパルタ教育の前に命が刈り取られるからな。お前さんは、ダイヤの原石みたいなもん、適当にされてむざむざ殺されちゃ、たまったもんじゃない」

「そう言われちゃ、ありがとうって返すしかないな」


 立ち上がったメルバはシロウへ向けて「帰るか」と言葉を投げる。それに対してシロウは、疲弊しつつも、納得した面持ちで首を縦に振るばかりだった。

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