第二章 魔石の岩窟

第9話 危険な仕事


 セントラル・シティ北側の最奥に位置している洞窟、そこが「魔石の調査」の依頼の拠点となる場所だった。洞窟内が特殊な鉱石によって構成された特殊な洞窟における、魔石が発する凶悪な瘴気を発するという。


 そんな「魔石の洞窟」の調査に選ばれたのは、戦士長・ストムを筆頭に、魔法使い・クレセント、そして見習い転生者であるシロウの三人での仕事として正式に取り決めがなされた。


 拠点となるのはセントラル・シティのノースエリア、いうなれば「魔石の洞窟」から徒歩一時間圏内にある森の入口である。

 各々がウォームアップしている中、点呼の声を上げたのはストムだった。


「よし、ちゃんと準備できてんだろうなバカども。魔法使い!」

「はーい」

「雑用!」

「はい」

「よし全員いるな。さー仕事の時間だ、得物を磨いて邪魔するやつは皆殺しだ!」


 ストムは自らの得物である鉄製の二振りの刃を天高く空へ掲げる。

 一方で、シロウもクレセントも死んだような表情を浮かべつつ、小さく手を上げてきたのは、どうしてこんな場に駆り出されたのか理解できないシロウだった。

 「質問なんだが」とあえて空気を読まずに話を振るシロウに、ストムは当然のように「なんだ!?」とやけに高いテンションで答える。


「このやけにあっさりしてそうな仕事の割には、ギルドのトップ3人衆のうち、ふたりも駆り出されているのは、どういう意味があるんだ?」

「どうもこうも、“そういう仕事”だってことだ。テメェならもうわかってるだろう。良くない空気、トラブルの臭いだ。お前はいわば俺達の保険さ」


 ストムの言葉にシロウは露骨に顔をしかめる。

 シロウはそれまでに気が付かなかった。それほどまでに、ストムもクレセントも、一切の動揺も緊張もシロウに伝えることなく、淡々とここまでの道のりを歩いていたからだった。


 普段のおちゃらけた態度と仕事の時の温度差が激しすぎて、理解が遅れたことにシロウは自らの不手際に表情を歪めることとなる。

 しかしながら即座に、シロウは真面目な表情へと変わり、「つまり、アンタらを守ればいいんだな?」と求められた解答を探す。

 対してストムはにやりといびつなほほ笑みを浮かべた。


「やっぱり、お前はちゃんと有能だったな。ここに来てすまねぇが、下手したら死ぬかもしれねぇ。だが……」

「あたしたちなら、大丈夫って月並みなセリフが出るの?」

「当然だ。意外にオレは、貧乳魔法使いや素人転生者の話しも快く受け入れるタイプの人間だぜ」


 ストムの言葉に敏感な反応を示したクレセントは、持っていた錫杖をストムの首に当てながら「誰が貧乳だって?」とほほえみながら尋ねている。

 一方ストムは首に当てられた得物を手で押さえながら「そういうわけで、今から洞窟の調査をするわけだが、俺達のノルマは死なないっていうただそれだけだ」と手を叩く。


 シロウ、クレセントはその言葉に大きなあくびで答えるとともに、颯爽と洞窟へと歩き出す。


「あー、それと……」


 歩き出したクレセントの眼の前に立ち、ストムは寸前で飛んできた弓矢を拳で握り止め、「どういう了見だ?」と弓矢をへし折る。それについでシロウとクレセントは臨戦態勢に入るが、ストムはそれよりも段違いに早く、自らに向けられた殺意をいち早く感づき、後方から射出された弓を一瞬にして看破するばかりか、そちらの方向を一瞥した。


 すると、弓が放たれた方向からガサゴソと木々が蠕動し、一人の人影が弓の弦を弾きながら枝を踏む。

 現れたのは到底その場にそぐわない人間であった。肌の露出の多いトップスと原住民のような佇まいで再び弦に弓をセットした。


「これはこれは、賊にしては、私の弓を受け止めるなんていい目してるわ。魔石の洞穴に、なんの御用?」

「そいつはこっちのセリフだデカパイ女、まさか人様に得物つきつけて、はいすみませんでしたで帰れると思ってんのか? 三枚おろしにするぞボケ」


 今にもその場で殺し合いが発生しそうな場面において、仲裁に入ったのはシロウだった。


「ちょっと待ってストム、先に話を聞くほうが先決だろう。なんか誤解かもしれないし」

「誤解で得物をこっちに向けてくるなんて一番やっちゃいけねーことだぞ、一発俺にアイツをぶん殴らせろ」

 シロウがストムの脇を腕で押えながら制しているのを横目に、割って入ってきたクレセントは、即座に女性に声を掛ける。


「我々は敵じゃないわ。攻撃対象に思われたのは仕方ないかもしれないけど、一方的に攻撃したのは貴方の過失よ。貴方は?」

 クレセントの冷静な言葉に、女性はぺこりと頭を下げて丁寧に頭を下げる。

「私はセントラル・エリアのフリーランス、グロリアだ。不躾な真似をして申し訳なかったが、ここの調査をしている身からすれば、アンタたちの存在は怪しさ満点だ。アンタたちは?」

「ウェスト・ギルドから、魔石の調査の依頼を受けたクレセントよ。こっちはストム、シロウ、同じ仕事で派遣されている。怪しい連中じゃないことは照会してもらえればわかるはずよ」


 クレセントがそう言うとグロリアは、どこに隠していたか受託書を確認して「なるほど」と弓をおろした。


「アンタたちのことはわかった。此処から先は同行させてももらおう」

「魔石についての情報の共有は?」


 すっかり話しが進んだ状態の中、シロウにより宥められたストムは早速情報の共有を進言する。それに対してストムは、グロリアの言葉を待ち相手の出方を伺った。

 情報の共有に対して渋れば、何かしら魔石に関して別の目的があるという考え方をすることができるし、応じればそのまま受け入れれば良い。

 クレセントも同様のことを考えたが、同時にグロリアが嘘の情報を話していないか耳をそばだたせる。


「参考になるかわからないが、私が駆り出された流れを話そう。セントラルシティでは、赤首という盗賊集団が手配されているんだが、その連中が魔石の力を使って、相当な被害を出している。セントラルの保安部隊は、尖兵としてフリーランスを雇って様子見っていうのがことの発端だ。まぁ、信じてもらわなくてもいいが、私は私の仕事をするだけだ」


 ぎろりと睨まれたような感覚を覚えたクレセントだったが、割って入るようにストムが尋ねる。


「それで、そんな盗賊集団にすら尖兵が必要な無能に雇われた非常識野郎がゆかいなお供ってか? セントラルはいつから腑抜けになった?」

「フリーランスにそんな事言われても困る。それを言うなら、アンタたちも、ならず者の傭兵にインチキ魔法使い、ついでに得物だけ携えた素人さんなんて、どの立場が言えるんだ?」


 妙に的をいた発言にシロウは苦笑するものの、ストムとクレセントはお互いに得物を振り回さんという勢いでにらみを効かせ始めている。

 そんなふたりを押えつつ、シロウは疑問符を浮かべるように尋ねた。


「でも、セントラル・シティって、精鋭の集まりなんだろう? ストムの言うように、どうして尖兵が必要なんだ?」

「そんなことも知らないのか? 魔石はそれだけ危険なんだ。アンタたちは素人に何も教えていないのか」


 グロリアが呆れるようにそういえば、クレセントが過去の魔石の出来事を語りだす。


「およそ一千年前、魔石を巡る謀略があったの。魔石は確かに、うまく活用すれば戦力を増強する事ができるけれど、持っているだけで気が触れてしまうようになる。魔力は増幅すればするほど、人間にとって危険になるってことをね」


 シロウは思わず息を呑み、クレセントの顔を一瞥する。

 そのさまを見てグロリアは、一行のことを鼻で笑い、その複雑な内情について指摘した。

「……まさか、ウェスト・ギルドは新人教育すらまともにできないのか? 魔力について、リスクすら十全に話していないようだな」

「あぁ、そいつは大型新人だからな。まだ実践も二回くらいしかない」

「つくづく話にならんな。一人の人間に過剰に魔力が宿れば、気が触れてしまい、異形の怪物となる。そういうリスクがあってこその力なんだからな」


 グロリアの発言にシロウは眉をひそめるが、同時に今まで抱えていた違和感に対しての答えになったような気すらする。妙に納得させられるも、クレセントはそんなシロウに、リスクを話さなかった理由を話し始める。


「親切心で教えてるかもしれないけれど、こっちにも教育方針があるの。彼は魔力に対して耐性があるから、リスクを踏み倒せるし、魔力の掴みは人それぞれ。すべて懇切丁寧に伝えることが、良いことじゃないのは貴方もプロならわかるでしょう?」


 グロリアはクレセントの弁に納得するように、「それもそうか」と首を縦に振り、気を取り直すように全員に呼びかける。


「おしゃべりはここまでだ。目的地についたぞ」


 グロリアは全員にそう呼びかけながら、全員の動きを制止させる。

 全員が足を止めた中で、グロリアは指を口元に置き沈黙を促すとともに、指で前方にぽっかりと空いた岩窟の入口を指した。


「あそこが赤首連中の巣窟だ。ウェスト・ギルドでは情報はないのか? こっちが持っている情報は型落ちだ」

「こっちじゃあそこは、魔石の原材料になる魔鉱石の採掘場だ。どうやらアンタの情報はこっちとさほど違いがないみたいだな。やっとこさ、信頼に足る情報ってところだ。どうする? 魔法使い」

「魔力の影響が少ない人間が密偵をして、状況を確認するのが一番いいわね。ま、つまり貴方と、シロウしかいないんだけれど」


 その提案をしたクレセントは、シロウに一瞥をくれ「貴方に任せるわ」とその行動のすべてを一任する。


 その言葉にシロウはかすかな躊躇が生じた。それが先程の「魔力のリスク」に対して一切の説明がなかったことが原因か、それとも本当に恐れが生じたのか、シロウはそれもわからぬまま、かすかな沈黙を含む。

「……行こう。どっちにしても、ここで手をこまねいていても始まらない」

「いいの? 魔力のこととか、まだ隠していることがあるかもしれないのに」


 クレセントは自嘲気味にそう訪ねれば、シロウは呆れた調子で「理由くらいあるんだろう?」とクレセントの腹の底を伺うような言葉を添え、ストムへと声を掛ける。

「ストム、俺たちが先みたいだぞ」

「バカ野郎、そいつはこっちのセリフだ。とっとと支度しろ」

「もうちょっと優しく言えんのかなー」


 シロウが軽く苦言を呈するも、ストムとともに早速岩窟の中へと足を踏み入れる。


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