第14話 四王


 セントラル・シティに位置している魔石の岩窟から脱出したシロウ・ストム・グロリアが、なんとか生還を果たしたところだった。

 魔力の木偶人形と化した怪物を用いて観察している者がいたのだ。


 その者は、怪物を通してシロウたちのことを追い詰め、直接的に死へと追いやろうとした正真正銘の化け物である。


「あーあ、もう少しだったのに」


 あどけなさの残る声でそう空へ投げたのは、二十歳を少し過ぎたような青年である。美しく切りそろえられた短い金髪をなびかせ、青年は不気味に笑って目を開く。

 そんな青年に対して、暗がりの部屋へ入ってきたのは、大きな鷲鼻が特徴的な男だった。ややあどけなさが残る監視者のような態度ではなく、どこか厳格で威圧的な雰囲気を放つ男である。

 男は青年に対して、「一体貴様は何をしている?」と攻撃的な言い方で話しかける。


「何って、情報収集ってやつだよ。君にとっても、いや我々にとっても重要なはずだよ?」

「確かにそのとおりだが、人命を犠牲にしろとは言っていない。ソクラテス、貴様のやり方は我々の、いや私の意に反する」


 ソクラテスと呼ばれた青年は、更にいびつに笑う。彼はこの世界における「四王」のひとりであり、イーストエリアを統べる、文字通りの「化け物」の一角だった。

 さらにそんな化け物に声を投げた人物もまた、化け物の一人であり、ソクラテスは投げつけられた言葉を「サヴォナローラ」と呼びかけながら返す。

 サヴォナローラはサウスエリアを統べる四王の一角だった。


「君のいう人命ってのに、明日の飯のため人の物に手を付ける犯罪者共も含まれているのか?」

「……盗賊の命と引き換えに、情報収集を?」

「そうさ。君が一番キライな、犯罪者共の命だ」


 ソクラテスが挑発的にそう告げると、サヴォナローラはけろりと表情を変えて、「それで情報は?」と尋ねれも、それに対してソクラテスは首をかしげる。


「残念だけど、転生者についての情報は、使っている武器がレイピア状のものだっていうことだけだよ」

「十分だろう。問題はそれが、神器か、神器じゃないかってことだ。どうだったんだ?」

「わからないけど、多分そうだと思う。彼が転生者なのは事実だし。アベルだって、素人さんに逃げ出したのはそういう理由でしょう?」


 ソクラテスはそう言いながらちらりと暗がりの奥を見る。

 するとそこには、そこで出た「アベル」がけらけらと笑いながら現れて口を挟む。

「他の連中は知らんが、アイツは別格だぞ。少なくとも、俺やお前たちとは、全く違う指標で生きてやがる」

 アベルの言葉に辟易とさせられるように、サヴォナローラは顔をしかめた。


「……だからこそ、我々に差し向けられたということか?」

「恐らくな。神域で、神様からの言伝は話しの通りだ。俺達を仕留める討伐者がヤツ、シロウだ」

「確証は?」

「ない。アベルが、俺自身の感性がそう言っている」

「……四王と呼ばれる中で、最も強い貴様が、そういうなら、そうなのだろう」


 サヴォナローラの憂うような言葉がそう告げられれば、アベルは嬉しそうに笑みを浮かべて続ける。

「まぁ、俺の勘だ。今のところはな。成長株ってところか」

 抽象的な言い回しをしたアベルに対して、サヴォナローラは神経質な態度で二人に向かって口を出す。

 それはこれからの戦いにおいて、最も重要なことについて言及を始める。


「貴様ら。神域で聞いた話について、各々で語ってもらおうか」

「神からの伝言に、我々で違いがあるとでも言いたいのか? そんな回りくどいことなんて必要ないさ。お達しの通り、俺たちが転生者であるシロウの、ヤツの討伐対象って話しだろう?」

「僕も同じだよ。だからこそこうやって情報収集してるわけだし」


 各々が同じような返しをした中で、サヴォナローラは逡巡する。それは新たな転生者が訪れる少し前、サヴォナローラを始めとする各地の支配者「四王」は、「お告げ」と称して神域へ招かれる事となった。


 神域は、神より与えられた「神器」を持つ者のみ先に進む事を許される「最奥」が存在する。「四王」はこれまでも厄災が振りまかれる頃合いで、「厄災」についての情報とそれに対して死なくてはいけないことを通達されていた。


 本来一堂に会することのない四王がこの場で集結しているのは、各々が伝えられたであろう神域での「お告げ」のことである。なにせその「お告げ」は、「厄災とはまさに四王のことであり、転生者であるシロウの討伐対象である」ということだったのだ。


 サヴォナローラはだからこそ、チームワークの欠片も見られない四王の協力を得なければ、対抗することすらできないだろうと踏んだ。しかしながら、サヴォナローラは誰よりも四王それぞれの人格を理解しており、この場で詰問じみたことを始めたわけである。


 サヴォナローラにとって、この場で確認するべき最も重要なことは「四王が一枚岩である」ということ。

 少なくともアベルとソクラテスは、サヴォナローラと同じように「転生者・シロウに対抗する」という思考をしているとは到底思えなかった。そのためサヴォナローラは、ここで自身の味方を見極めるため言葉を選ぶ。


「……最初に宣言する。俺は当然、転生者・シロウに対抗するためにこれから策を講じる。お前たちは、どうする?」

「僕はもちろん、対抗するよ。僕だって死にたくないし、まだまだやりたいことがあるから」

 ソクラテスはけろりとそういながら、魔石を手に取りけらけらと微笑みかける。

「それに僕の魔石は、なかなか力になると思うよ」

「あぁ、私もそれは期待しているよ。あそこで転生者を葬らなかったのはまさに正鵠だろう」

「神器だけ残れればどうなるかわからないからね。まさか彼の得物が、自律するタイプだったとはね」

「動き出せばまとめて殺されるのは目に見えていたからな。下手をすればこっちの情報まで割れるところだった……。だ、そうだが、お前はどういう腹づもりだ? アベル……」


 サヴォナローラの声に腕を組んで仁王立ちしているアベルは、バカにしたような態度で続ける。

「俺はもちろん、やつと戦うが……お前たちとは組まない。俺はあくまでも、個人でやらせてもらう。まぁ周知の通りだろうがな」

 自信満々と言わんばかりの態度に、ソクラテスは手を上げながら頭振る。

 その態度はサヴォナローラも同じであるが、アベルと同じ視線のまま問い返す。

「お前の力が必要だ。転生者はまだ、力をつけていない。だがそれも、神(やつ)は織り込み済みだ。恐らくやつの持っている自律型の神器が動き出す。単独じゃ勝ち目はない。お前も死にたくは……」

「どうでもいい」


 アベルはサヴォナローラの言葉に対して、到底人間の腕力では振るうことができないほど大きな刃を翻す。

「俺のことはよくわかってるだろう? 俺はただ、自分より強いやつと戦いたいだけだ。それも、圧倒的に強いやつとな」

「……自らの命を、賭してもか?」

「そんなことを聞くなんて、アンタはなんにも分かっちゃいない。極限における命のやり取り、それで死んだら万々歳。それが俺の楽しみ方さ」

「貴様は、死ぬかもしれない。死ぬかもしれないんだぞ? それでもいいのか」

「構わないさ。全員潰す。お前たちが俺の邪魔をするのであれば、シロウに殺される前に俺が始末しよう。大方お前のこと、勝算がないうちには動かないだろう。今ここで、やりあってもいいぞ?」


 アベルは口角を上げて刃を振るう。まるで棒切でも振るうように振るわれた大刀に、傍らのソクラテスは静かに笑い、一方のサヴォナローラは沈黙する。

 その後、静かに刃へ背を向けて言葉を投げ捨てる。


「……やめておこう。お前と交戦して、無事に済むとは思えないからな」

 アベルはその言葉を聞き終えると満足げに大刀を収めるも、サヴォナローラは「ただし」と身を翻す。

「戦いに行くときには必ず、俺たちに知らせろ。自由人なのは知っているが、相手はこっちのことを一枚岩だと思っているだろうから、そのタイミングで我々も動かなくてはいけない」

「あぁ、その程度ならいいだろう。それなら、シロウとタイマンが張れるように策でも練ってもらおうか? お前もそっちのほうが良いんだろう?」

「気前がいいな。タイミングはお前に任せるが、一つ、プランがある」


 サヴォナローラの「プラン」という言葉に、アベルは首を縦に振って「すぐにでも、だ」と宣言する。

 対してサヴォナローラはそれに対して苦言を呈する。


「こっちのプランは、最低でも数日はかかる。最短で準備をするが、それでも言いのか?」

 サヴォナローラはそう言ってアベルの意図に気がつく。

 アベルは、明確にサヴォナローラへ「シロウと戦う意図」を伝える事となり、婉曲的に戦いのタイミングを整える手はずを済ませたのだ。


 そのサヴォナローラの直感は的をいており、アベルは渾身の笑顔で「どうぞ?」と不敵な笑みを浮かべている。

 全く持って食えない怪物、サヴォナローラは自らと同じ立場でありながら、アベルに常々そう感じていた。


「別にそれはそれでいいんだけど、僕はここに来ていない、北の王は、なんていうかな」


 そんな二人の会話のなか釘を差したのは、ソクラテスだった。

 ソクラテスの言う「北の王」は、この場にいない「四王」の一人だった。

 ノースエリアを支配するとされる四王こと、ワンは唯一その場にいない四王の一人である。サヴォナローラは残っているワンのことをアベルと同じように警戒していた。

「その北の王。どうしてここにいないんだ?」

「あるんだろう? いろいろ、と。アイツも暴れ馬だからな。暇なんだろう」

「……お前に聞くが、ワンは、どっち側につくと?」

「当然、戦り合うって言うだろうな。あの戦闘狂……」


 サヴォナローラは思わず顔をしかめた。

 しかしながらその傍ら、ソクラテスはその言葉を聞いてもいびつに笑うのみであった。

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