第三章 四王・アベル

第15話 暴徒


「ウェストギルドより来ました。状況の説明を」


 セントラル・エリアにある監獄「ディープ・プリズン」にて、クレセントとシロウは所長であるサーシャに冷静な佇まいで尋ねる。


「手配の通り、囚人の中に暴徒が現れ……もう看守じゃ手に負えないんだ。君たちは遠路はるばるウェストエリアから来てくれたんだろう? 情けないが、すぐに対処を要請する」


 サーシャは「ウェスト・ギルド」から派遣されてきたという二人に、表情に見せずとも訝しむような態度で対応した。


 セントラルエリア中心に位置している「ディープ・プリズン」は、戦士や魔法使いなど、戦闘に慣れている犯罪者が収容されている、重要機関である。

 当然ながら、その看守を務める面々も、それなりの戦闘経験を積んだ者が選ばれる。


 暴徒と化した囚人が現れたのは、なんの前触れもないありふれた日常の一片だった。


 模範囚が突如、けたたましい叫び声を放ったのがおよそ38時間前。即座に保護室に押し込むことができたのは、看守がある程度戦闘経験があることが功を奏し、なんとか最小限の被害で無力化することができた。


 そこから爆発的に暴徒が増えていったことで、瞬く間に「ディープ・プリズン」は機能停止に追い込まれる。看守の半分が惨殺され、セントラルはその応援の要請を行った。


 そんな中で、セントラルから直々に応援として寄越されたのがウェストギルドから派遣されたシロウとクレセントである。見るからに不自然なふたりが派遣されたと言われれば、疑問符が浮かぶのも無理はない。


 怪訝な素振りを見せるサーシャに対して、クレセントはその感情を理解するように適当な話しを付け足す。


「今は魔石問題でセントラルでも人手が足りていない状況です。そのため、遠路はるばるではありますが馳せ参じた次第です」

「見た目こそこんなんですが、実力は担保しますので、なんなりと」

「すごく心配なんだが、今は猫の手も借りたいくらいだ。よろしく頼む」


 サーシャはそう言いながら、怪訝な気持ちを表現することなく、目を覆いたくなるような惨劇の断片を語っていく。


「ここが食堂だが見ての通りの有り様だ。もはや原型が残っていない」


 おそらく、食堂であったと思われる場所は、廃墟のそれに等しい様相になっており、それ以上に漂う強烈な腐臭がクレセントとシロウの顔を歪ませる。


「……すげえ臭いだな、何があったらこんなことになるんだ?」

「あの時と同じよ。これは魔石の影響、人間性を欠いて、すべてが獣に成り果てた、化け物……これがここで行われていた惨劇の正体よ」

「気持ち悪い……」


 シロウはくぐもった声でそう呟きながらも、乾いた血液が張り付く靴底を鳴らし、黙りこくった食堂をひた歩く。シロウはその薄気味悪い空気感を、魔石の岩窟での出来事と結びつけて考える。

 あのときもまさに、こんな張り詰めた空気感が流れており、次いで生じた命の危機に翻弄された。それと全く同じ空気が、この空っぽの食堂を支配している。


 そんな中サーシャは、食堂の最奥の扉を指さして、これまでで最も警戒した態度を取る。


「……運動場はまだ駆逐が完了していない。ふたりに鎮圧をお願いしたのは、あそこなんだが」


 食堂の最奥にある小さな扉は、「ディープ・プリズン」の運動場への扉である。黙りこくったままの扉ではあるが、そこからほとばしる異質な空気感は異質としか言いようがなかった。


「あの、少し良いかしら?」


 運動場の扉の前で、クレセントはサーシャへいくつかの質問を行う。

 当然ながらサーシャは、それに対して首を縦に振るばかりである。


「さっき保護室って言ってたわよね? どうして運動場の鎮圧が必要なのかしら?」

「それは致命的な質問だ。話の発端は、保護室の怪物はすぐに絶命したんだ。問題はそれから、囚人の中で次々と怪物化する連中が出てきたんだ」

「……それで、この監獄に誰もいなかったってことね。どうして情報を保留にしたの?」

「怪物が囚人の中で出た時点で、何かしら感染のリスクが考えられるからだ」


 サーシャの言葉に対して、シロウは眉をひそめながらその会話に言葉を挟む。


「要するに、感染のリスクを考慮して、最悪な事態はそのまま封鎖できるように、オレたちがパニックにならないようにしたんだろう?」

「先に言われちゃったけど看守さん、そういうことね?」


 シロウの言葉にサーシャは露骨にバツの悪そうな顔を浮かべ、言葉も出さずに首を縦に振る。しかしながら、それに対してシロウもクレセントも一切表情を変えることなく、お互いに臨戦態勢の目配せを行う。


 外部への感染リスクが考慮できるのなら、犠牲は最低限に留めるのは当然の判断であり、そのうえで運動場という特定の一部分に押し込むことができているということは、「鎮圧こそ成功し一所に集めることができたが、その過程で監獄のほとんど人材が投じられた」ということであり、それだけの危険性が込められているということだった。


「クレセント、運動場の状況はわかるか?」

「生憎、わからないけれど……やばいってことは確実よ。ていうかそれ、看守さんに聞いたほうがいいんじゃ?」

「こんな状況で、内部のことをわかるわけがない。それに、アンタたちなら、大丈夫そうだ」



 サーシャは露骨に驚いていた。

 ウェスト・ギルドの面々はある程度若いと聞いていたが、これほどまでに現場慣れしているとは思わず、情報を隠匿するようなことをする必要すらなかったことに驚嘆する。


 サーシャは「私はここにいては枷になる。離脱するが、何かあればすぐに呼んでくれ」という、プライドを捨てた発言を促すこととなった。


 それに対してシロウとクレセントは首を縦に振って応答した。

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