第13話 命をかける理由
魔石の岩窟での騒動の後、グロリアの事前の報告によりセントラルエリアからの加勢が来ることになる。しかしながら、当然と言わんばかりセントラルの保安部隊は、そのあまりの凄惨さに皆一様に顔を歪めることとなる。
ストムやグロリアはなんとか魔石の岩窟から這い出ることに成功したものの、そこから行動できるほど軽症ではなく、保安部隊の到着とともに救護班の世話となる。
ストムは当然のように肋骨や背骨などの骨が一部折れていたものの、十全に研鑽のなされた肉体に魔力強化を乗せたことで、あの凄まじい戦いにも耐えうる肉体を保有していた。
だからこそ、救護班とのやり取りの中でも「岩窟の中は地獄が広がってる」と冷静に対応することができていた。
それ以上に冷静だったのはグロリアである。彼女もまた大きなダメージを負っていたが、保安部隊に対して状況を冷静に説明するさまは、その場にいる誰よりも手慣れた調子を見せていた。
そんなグロリアの様子を一瞥していたクレセントは、複雑な表情で一目をくれて、うなだれて自らの得物に視線を落とすシロウに声を掛ける。
「……よくやったわ。むしろ、そばにいてあげられなくて、ごめんね」
「オレ、ギリギリまで何も出来なかった。動かなかったんだ。体が……怖くて」
「戦場に慣れてるストムだって、あの場で完璧には行動できなかった。最後の最後で、貴方は恐怖を克服して行動できたじゃない」
クレセントは静かにシロウの横に座り、その肩にふれる。
「シロウ、戦いにおいて、何が生死を分けるか、知っている?」
「強さ、じゃないのか?」
「いいえ。躊躇のなさ、よ。戦場という場で、いかに、あらゆる躊躇を消し、恐怖を忘れ、自らを信じられるか。ただ、その一点のみで力を振るうことが許される」
「……力を、振るうための、力……」
「そう。貴方には力はある。だけど、それを振るうだけの力がない。それはよく分かるはず。いわば、それが心の強さとなるの」
「強さ、か」
シロウはその言葉をつぶやき静かに立ち上がる。
そして自らの得物を握りしめ、シロウはクレセントに語りかける。
「もっと強くならないと、誰も救えないってことだな」
「……うん」
「それなら、俺ももっと強くなる。だから……」
シロウはそこで言葉を止めて、クレセントの方を向き直る。
「話してほしい。これから何が、起ころうとしているのかを」
それを聞いてクレセントは思わず表情を変えた。それと同時に、救護班の世話になりながらも自らの足で立っているストムがクレセントへ「俺もシロウと同じ腹づもりだが」と話しに割って入る。
「言い逃れできる感じじゃないね。でも聞いていい? ストムはともかくどうしてシロウは、あたしがなにか隠してるって気がついたの? 結構、嘘がうまい方なんだけど」
「それは俺も気になるな。キレるやつだとは思ってたが、どこで気づいた? 最初からこの仕事が、分水嶺になる可能性があったことを」
クレセントとストムがふたりしてストムへ尋ねると、シロウは感じていたいくつもの違和感を吐露する。
「ギルドの魔法部門と近接部門のトップが同時に駆り出される機会なんて、疑うに決まってる。それに、魔石という危険な代物への理解が推測なんてレベルじゃなかった。入るだけで人間を化け物に変える魔石の情報を知っていて、ストムが仕事に参加できたのは、確証があったからだろう? 過去、同じような魔石が使われた、とか?」
シロウの考察を聞いたストムは勢いよく笑いながら「なかなか利口じゃねぇか」と苦笑する。
「そこまで織り込み済みでついてきたってことか。お前、心臓に毛でも生えてるんじゃねぇか?」
「後ちょっとで死にかけてた状態で敵に中指立てた人がそんな事言うの?」
シロウが冷ややかな視線を浴びせながら微笑むと、クレセントは手を叩いて首を縦に振る。
「あたしが思っていたよりも、逞しいみたいね。ストムも、貴方がいなければ、シロウの成長もなかったでしょう」
「表彰式みたいな言い方してんじゃねぇ、とっとと話せや」
「……ここじゃ、だめってことだろう?」
シロウが周囲を一瞥しつつ、クレセントは静かに首を縦に振り、「戻ってからのお楽しみってこと」と立ち上がる。
「さて、帰りましょうか」
***
ウェスト・ギルドに戻ってきたクレセントは、ギルドの営業が終わり、クレセント、コウガ、ストム、メルバというウェスト・ギルドでもトップの実力を保有する面々と、シロウが加わる形で、ギルドでは夜会が開かれる。
「時間がないから質疑応答は最後まで話を聞いてからにして。率直に言いましょう。転生者であるシロウは、この世界に来る時に、世界を危機から救え、と言われていた。その世界の危機とは、四王が暴走を始める、ということよ」
シロウを含む、その場にいたすべての面々の表情が凍りつく。
四王、この世界の東西南北のエリアをそれぞれ支配する、文字通りの支配者。最強の四人衆である怪物こそが、シロウの戦うべき相手だと分かったことで、シロウは思わず顔を顰める事となる。
シロウは四王の力量を正確に把握していない。しかしながら、これまでの短い経験の中で五臓六腑を喰らいにかかるような経験から、四王の力量のおよその想像がつくようになった。
もし、これから戦う相手がこんな連中ばかりであれば、それこそ魔石の岩窟で起こしたような震えなどあれば、一瞬で首をかられてしまうことだろう。
一方シロウが逡巡している間に、他の面々は「四王討伐」という夢物語にあきれ果てていた。
特にストムとメルバは、一対多とはいえ四王と対峙したことがあるため、余計にその言葉の理不尽さに驚かされる。
そんな異質な空気感のなか、クレセントはただただ語りを続ける。
「貴方たち、四王という存在がどういうものか、知っている? どうしてあそこまで驚異的な強さを持ち、各々が東西南北を支配するに至ったのか」
「考えてみれば、あの強さは確かに、異常だが……もしかすると……四王は元転生者、か?」
「御名答。連中の正体は過去、異界からこの世界を救った転生者よ。言うなればシロウ、貴方の先輩たちよ」
「こいつは驚いた、どうやら怪物の対抗馬は、怪物ってことか?」
「そんなところよ。問題はその転生者を送り込んできた神そのものが、対立を促すようなことを言ってきたってこと」
クレセントの言葉に全員が再び顔をひきつらせる。
特にシロウは、最初に四王・アベルと出会った時のことを思い出すことになる。アベルは神域と言われている聖地に、クレセントともに邂逅していた。
あの神域と呼ばれる場所が、神を名乗るあの少年と唯一コミュニケーションを取ることができる場所だったとすれば、なんとなく合点がいく。
「神域……あそこで、それを?」
「そう。あの時、神域には四王がそれぞれ時間を空けて、御託宣を受けている」
「だからあそこにいたのか……」
「まぁそういうことね。先に言っちゃえば、情報元はあたしが神域で盗み聞きしたってこと。まぁ偶然だったんだけど、神を名乗るチャチなヤツが、四王それぞれに話したの。転生者がお前たちを殺しに来る、ってね」
「先にふっかけたってことか。だが、それが魔石の件とどうつながる? どうしてあそこが分水嶺になった?」
ストムの疑問符に対して、クレセントは「一つずつ話させて」と話しを切り替えして続ける。
「タイミングと魔石に関する情報から来る推測よ。それに、動き出すタイミングはここしかないはずだから。転生者とかち合うのであれば、戦闘経験を積む前に、迅速に殺しに来るはずだからね」
「なるほど、シロウの気配が強くなったところで、早速殺しにかかってきたってことか。それなら分水嶺って言葉の意味も理解できる」
「えぇ。もし仮に、あの時シロウがいなかったら、連中は活発な行動はしなかったでしょうね。適当に盗賊を使って中途半端な行動をしたのは、シロウを消せるかどうかを図ったんでしょう。行動の節々に不自然なところがあったのはそういうことね」
「それで、連中は化け物になったシロウを見てケツをまくったってことか。それにしては変な行動が目立ったが……」
「彼らも貴方たちがここまでやるとは思わなかったんでしょう。つまりは、ここから彼らの動きはより過激に、活発になる」
シロウはその言葉に強く反応した。
つまりそれは、これから全面的に四王との戦いが始まることを示しており、それを自覚させられたのだ。
「全面戦争、彼らは文字通り、本気で殺しにかかってくるはずよ。自分たちが殺されないようにするためにね」
「具体的に、何が始まるんだ?」
「それはむしろこっちが聞きたいくらいだわ。貴方の態度から神から情報をさほど聞いていないことはよく分かる。連中がこれからするのは、合理的で、最も生存率が高い、殺し合いをね」
「オレは、いやオレたちは、どうすればいい?」
シロウは何かにすがるようにそうクレセントに尋ねるが、その答えに応答したのは、今まで黙し続けていたコウガであった。
「正直、連中がこれから先どう行動するかはわからない。だが予想を立てることはできる。連中はさほどチームワークがあるわけじゃない。お互いに、お互いの邪魔をしないように行動をするか、もしくは拙い連携をするかだ」
「さすがベテラン、彼らの動きはよく分かるってことね」
クレセントが笑みながらそう言うと、それに同調するように、今まで沈黙していたメルバが話しに割って入る。
「俺も同意見だ。連中は徒党を組むタイプじゃないし、何ならお互いに食い合うタイプだろう。それなら、連中それぞれが、お互いの邪魔をしないように動き回るはずだ」
「あぁ、そういうことになる。そして最初に音頭を取るのは、ほぼ確実に、戦闘狂であるアベルだ。早晩、やつは動き出すだろう」
コウガの言葉に、ストムは腕を組んだまま黙り込み、それを一瞥したメルバは代弁と言わんばかりに続ける。
「そうなってしまえば、ウェスト・ギルドはシロウの手伝いはしてあげられない。ここで四王に逆らうということは、確実な死が待っていることになる」
「その通り。メルバの言う通り、ウェストギルドはシロウと共に動くことはできない。だからこそ、これから起こることのおおよそのことは決めておかないと、おかしなことになる」
「……ちょっと待て。お前は俺たちに、何をしてもらいたいって話しだ?」
クレセントが主としていたことは「四王が行動を始めた時のウェストギルドの動き」である。
しかしその前に、ストムとメルバにはしなければならないことがある。それこそが、「命をかける理由」だった。
「当然のように俺達を頭数にいれてるようだが、俺たちがそんな化け物共と戦う理由は?」
「……残念だけど、それをあたしからついて説明する事はできないわ。ただ一つ、生きたいのであれば、戦うしかないわよ」
「シロウには確かに情はある。だがな、あんな怪物の相手をするのは、俺たちの手に余るどころの話しじゃない。大手を振って自殺しにいくようなもんだ」
メルバは冷静にそう話すものの、ストムは黙したままクレセントの言葉を待っているようだった。
その態度を解したクレセントは、首を縦に振って続けた。
「何度も言うけれど、強制はできない。だけどこれだけは言わせてもらうわ。もし仮に、四王との戦いが始まれば、連中はほぼ確実に見境なしに犠牲を出すでしょうね。あの怪物たちが、どこまで人命を優先してくれるかなんて、保障はないし、我々も、見境なしに行動するわけじゃない」
それを聞いて今度はストムが鋭敏な反応を見せる。
「というと?」
「連中が動き出すとき、あたしとシロウはウェストギルドから離脱する形をとる」
「……お前も一緒に、っていうのはなにか理由でも?」
「情報交換しやすいでしょう? ただし、情報はこちらから一方的に抜き取る形になるわ」
クレセントはそう言いながら、自らの得物である杖を携えて、魔法の存在をほのめかす。
「情報を一方的に引き抜くのは、むしろあたしの領分よ」
「そのとおりだな。こっちに火の粉が飛ぶリスクを考えるのはお利口だ」
「えぇ。つまり活発に動くのは我々、貴方たちはまぁ情報源ってところ。どっちにしても、連中がどうやって動くかわからないからどうなるか……、そういうことね」
「これからの相手の行動次第ってところね」
ストムは穏やかに微笑みながら手を上げた。
「俺は賛成だ。確かに面と向かって戦うのはやばいが、クレセントがそこまで考慮しているってことは、俺達は欠けてはいけないコマって認識だろう。なら逆に信用できる。大方俺達は、連中にとって蟻も同然。踏み潰されるのを待つより、この魔法使いのコマになってやるほうが懸命だ」
「ストム、お前本当にそう思っているのか?」
「それはこっちのセリフだ。お前、連中のことはよく分かってるはずだ。自分たちが生き残るためには、見境がない。知ってるだろうよ、このままなら踏み潰される。確実にな」
「……それはわかるが、だがオレは生きたい」
「死にたくないなら尚更だ。プランを聞いてから判断すりゃいい。なぁ魔法使いよ?」
ストムの後押しもあり、クレセントは考えていることを話し出す。
「えぇ。基本は変わらないわ。相手の行動を見て判断を変える。ただし、ある程度傾向はあるはず、最初に行動に起こすのは恐らく、ウェストエリアのアベルだろうけど、そうなったときにはあたしとシロウはすぐにここから消えるわ」
「いち早く行動するし、俺たちがウェストギルドだからだな。同じエリアのギルドに所属している連中から謀反が起これば、確実に刈り取られる。そうしてくれるとありがたい」
「問題は相手がどう行動してくるかわからないってこと。でも早晩、彼らは動き出す。この話をした時点で決めてほしいのは、もしそうなった時に、傍観者になるか、それとも、味方になるか」
その場にいる全員が、深刻な雰囲気を纏いながら答えを模索する。
当然、その場にいた全員が躊躇の念を拭いきれないなかで、およそ最も未熟であるシロウが決意を固める。
「みんな、自分のことを最優先で決めてくれ。オレも、自分の目的を一番に優先する。だから……誰がどんな決断をしても責めない、そういうルールにするべきだ」
シロウは握りしめた拳が小刻みにふるえているのに、自分自身で気が付かなかった。
不安であることすら忘れて、周りの人々の危険を逡巡する。その一方で、自分の目的のために邁進する意図も透けており、その複雑な心境を読み取った各々は、小さく微笑み、メルバは手を上げて「逃げるときは逃げるさ」と言って協力の意を表明する。
「決まりね。戦うときは戦う、逃げるときは逃げる。あたしたちはそういう腹づもりでいさせてもらうわ」
クレセントの言葉により、その日の夜会はお開きとなる。
各々が張らの中に納めがたい心象を抱きつつも、逃れきれぬ脅威に対して、各々がプロフェッショナルとしての心構えを持って、その日は帰路へつく。
***
「マッカラン、あるか?」
各々がウェストギルドのバーから人が途絶えた後、ただひとり残ったのはメルバは、カビ臭いバーカウンターでウィスキーを注文する。
当然ながら、他の客はおらず締め切られた室内で、注文を拒否することができたコウガだったが、何も言わずにグラスへマッカランを注ぎ入れ、「特別だよ」と静かに微笑む。
「まぁそう言わないでくれ。なんとなく、俺はこの一年を生きることができなそうだ」
「……それについて、こっちから言えることはないねぇ」
「その通り。俺も死にたくはないからな」
メルバはうだるような言い方でグラスに口をつける。
「その割に、逃げないのが君らしい。この一杯は、私からの餞だと思ってくれ」
「スマートに逃げられる方法があれば聞くけどね? いくら俺でも、四王がどんなレベルの奴らなのかくらい知っているさ」
「逃げずに戦うっていう決めては、どこだったんだ?」
コウガはしおらしくそう尋ねると、メルバは少しばかり悩みながら、探るように続けた。
「なんだろうな。転生者っていうか、シロウをかっているって言ったらいいか?」
「まぁ、確かにいい子だよねぇ。彼は……」
「それだけじゃないさ。彼は本質的に、イかれてる。誰が見ても温室育ちのお坊ちゃんが、これだけ過酷な状況に耐えきって、更にはクレセントからもある程度、実力を信頼されている。あの警戒心の強い魔法使いからな」
「そうだねぇ。確かに彼は、転生者にふさわしい怪物だ」
「あぁ、だからこそ、俺は今逃げずにここにいるんだろう。だが、きっと俺はしたかったんだろうな。連中、っていうよりかは、アベルに復讐をな」
「家族の復讐ってところか。まぁ、我々のような輩には、そういう業は、負わなければいけないのかもしれないな」
意味深なつぶやきを聞き入れたコウガは、首を縦に振って、喉を鳴らしてグラスを空にする。
「所詮、俺達の命など虫みたいなもんだ。だが一矢報いるチャンスが有るなら、逃げるよりも先にやっておきたいさ」
メルバはそのまま立ち上がる。そのまま空っぽになったグラスを見下ろし、そのままそそくさとバーの扉を潜り抜ける。
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