第17話 転生者の正体
シロウは軋む肉体を引きずり上げるように体を起こした。
同時に周囲に散乱している鉄の刃を見れば、自分がアベルの得物を確実に破壊したことを理解するものの、それに対して眼の前に立ち尽くしているアベルは篭手と具足を携えて笑っている。
「驚くことがあるのか? まさかあの鉄くずが、神器だとでも思ったか?」
「まさか……それが、神器だっていうのか?」
「あぁ、お前もそれを押し付けられたんだろう? はた迷惑な神さまからな」
シロウはその言葉に思わず顔を顰める。アベルの言葉によって、シロウはクレセントらの「四王が過去の転生者である」ということを確信させられる。
神器、神、これまでシロウがこの世界で目の当たりにしてきた異様な概念に対して、アベルがその答えを持っていると言わんばかりに、シロウは詰め寄った。
「一体、この世界は何なんだ!? 神とか、神器とか、なんの理由がある!?」
「お前、ここに呼ばれた割にはまともなことを言うんだな。てっきり、こっち側と同じもんだと思っていたが……いや」
アベルは意味深な言い方をしつつも、そのまま大きく踏み込み、シロウの懐に潜り込む。
そのままがら空きの腹部に攻撃を繰り出そうとされるなかで、シロウは反射的に拳を前に出す。
思いがけずに出た拳には、シロウの意思とは全く違う動きをした。
「これがお前の神器の能力か」
アベルはそこでようやくの確信を得る。
神器とは神より与えられた力であり、神が転生者へ与える最も大きな力だった。その能力はそれぞれの神器で全く異なっており、その能力そのものが「転生者同士の戦い」を抑制する一つのリミッターとなっている。
当然ながらその能力は、転生者それぞれが秘匿とするものであり、情報を知るだけで巨大なアドバンテージとなる。
アベルの神器の能力は、身につけることで自らの身体能力を大幅に底上げするというものであり、その付随効果があってアベルはようやく、シロウの基本的な反応速度に並び立つ。
そしてシロウの驚異的な反応速度を可能にしているものこそ、「シロウの神器の能力」であるとアベルは推察した。シロウの意思とは関係なく介入していた何かの正体は、やはり神器によるものだった。
半自律の神器はシロウ自身の神経系とつながっており、それが彼の無意識で行動を引き起こしている。本人の意志によらない神経の動きをしているからこそ、この圧倒的な反応速度を成立させているのだろう。
アベルの桁外れな戦闘経験から来る推測は、先程までとは全く異なる動きによって半ば証明される。
シロウの手に握られた得物はレイピアから、片手剣状に変形していた。これにより間合いは適切なものに調整されており、反射で動かしているであろう刀の動きは、凄まじい速度と精度でアベルへ向かう。
「やはりお前は怪物だよ!」
シロウの凄まじい剣戟の速度は、通常時のアベルでは到底さばききれないほどである。単純な戦闘能力であれば、まさにこの能力は厄災に匹敵するであろう。
真一文字の一閃、攻撃を弾き飛ばされれば即座に態勢を翻して背後へ回り、再び斬りかかる。単純なその動きすらもアベルの動体視力では追うことができないほどであり、ほぼ反射で動かした篭手と具足がそれを辛うじて受け止めた。
ほとんど攻撃を追うことができないなか、アベルは極限の戦いに激しい高揚を抱いていた。
これほど緊迫した戦いは久方ぶりである。それほどまでにアベルはこれまで、圧倒的な実力者同士の戦いというものを経験していなかった。
アベルは転生者として、あらゆる戦いを経験し、そのたびに強烈な死を気取るたびに強くなっていった。この戦いでもそれは変わりなく、神速と言えるシロウの動きに少しずつ対応し始める。
攻撃が、全く通らない。一方のシロウは、胸中でそう叫ぶ。身体に従いながら、剣戟を続けるも、その攻撃が一度たりとも命中していない。
シロウの主観として、スピードとしては圧倒していることは肌で感じていた。にも関わらず、攻撃が直撃せず、すべてギリギリのタイミングで受け流されているようだった。
シロウが振るう刃は、その切れ味と速度によって凄まじい威力になっている。アベルは篭手と具足をつけているとはいえ、それをほお生身で受け止めている時点で、アベルの身体能力はまさに怪物だった。
そんななか、シロウは手に持っていた得物がぐらりと揺れる感覚を抱く。
「刀を素手で……!」
アベルは放たれた突きを最小限の動きで回避し、見送った刀身をそのまま掴みかかってシロウの態勢を崩しにかかる。
大きく得物を引きずられたシロウは、とっさに持っていた得物を手放す。
アベルもまさかそんな行動に出るとは思わなかったためか力を込めすぎていたため、強襲が裏目に出る。
「得物なしでやれるとでも?」
しかしアベルは突然支えを失ったシロウの得物を踏み込む形で力を込め、とっさに姿勢を崩すことを回避する。そればかりかそのままの勢いを維持して、取り上げた片手剣をシロウに向かって振りかざす。
振りかぶった刃は確実に振るわれた。
だが刃はシロウにぶつかるよりも先にぐにゃりと刃を歪めた。
「なるほど」
神器によるシロウへの攻撃は、何かしらの防衛機能があるのか、攻撃が効かない状態になるようだ。アベルはそれも「神器の能力」と判断しつつ、即座に手を離す。
アベルはその神器を「半自律での制御を行っている故、自動で敵味方を察知している」と推測を立てる。そうであれば、シロウの得物である神器は、「触れている」だけで危険と判断したのだ。
一方のシロウは、戻ってきた神器を即座に手に取り、そのままアベルの懐へと滑り込む。
刹那、アベルは自らの身体に電撃が走るように視界が眩む。
覚えのある激しい眩暈。それを理解すると同時に、アベルは大きく転倒し空を仰いでいた。
何が起こったのか。アベルは懐に入って、姿勢を大きく下げたシロウを前に、とっさに過去のことが逡巡した。そのかすかな記憶が足先をふらつかせる。そのまま間一髪倒れ込んだことで、アベルは救われたのだ。
視界の先に見えたシロウは、天高くレイピア状の神器を突き上げている。また、武器の形が変わっている。
恐ろしい話だった。あの僅かな時間で、懐に潜り込み、そこから確実に敵方(アベル)の頭部を射抜きにかかる。足を抜くように滑り込んできてから、武器を変形させ、そのまま渾身の突きを繰り出すまでの流れは非常に流麗で、完璧な動きであった。
「……俺が、死を恐れなければ、今の一撃で決着がついてた。やはりお前は、これまでの素体とはまるで違うようだな」
「素体? これまで? 何を言ってるんだ?」
「どうやら、本当に何も知らないようだな。この世界、元の世界、今の俺たち、おかしいと本当に思わないのか?」
「……お前が何を知っている? この世界は何なんだ!? どういう意味だ!」
シロウの叫びの後、聞き慣れない発音が耳をつんざいた。「Wie meinst du das?」シロウはとっさに意味がわからなかった。しかしそれが、この世界では聞いたことのない、とある言語であることを理解する。
「……ドイツ語?」
「やはりな。ヤパーニッシュにしちゃ、英語がうまいもんな。この程度は聞き取れるらしい」
シロウは思わず目を見開いた。
この世界の共通言語、シロウの世界では「英語」と呼ばれていた言葉に対して、今アベルが呟いたのは間違いなくドイツ語の発音である。あえて英語に寄せて発音しているが、「ヤパーニッシェ」とはドイツ語で「日本人」の意味を持っている。
よくよく思い起こせば、アベルの言葉の発音は明らかにドイツ訛り、母音を強調するようなアクセントは、日本人であるシロウにも理解しやすい音だった。
「アンタ……ドイツ人? いや、この世界は、英語しかないはずだ」
「誰かがそうやって話してくれたのか? 俺はドイツ出身だからな。ベルリンの郊外が俺の故郷だよ」
「……どうして俺が、日本人だって分かったんだ? ゲルマン人からすれば、アジア人なんてみんな同じようなもんだろう?」
「そりゃ、馴染み深いもんさ。同じ、枢軸国同士だろう? あの後どうなったかは、知らねぇがな。俺としてはソ連やアメリカがぶっ壊れれば御の字だったが、そうじゃないんだろう?」
それを聞いてシロウは耳を疑った。枢軸、つまりは第二次世界大戦時において、「連合軍」として戦った国々の総称である。それに加えて「ソ連」という呼び方。
シロウは確信する。この男は間違いなく、自分と同じ世界からやってきたのだ。それも、自分とは異なる時代から来ている可能性すらある。
「……第二次世界大戦を経験してるってことか?」
「経験しているっていうのは、間違ってるな。俺はあのクソッタレの戦争で、走馬灯を見たんだよ。お前だって走馬灯を見て、ここに来たんだろう?」
「オレは……確かに、あの時……」
「死の瞬間はどうでもいい。俺も、お前も、他の連中だってな。問題は、どれだけ命に執着することができるか、それこそが強さに直結するんだよ」
命の執着。シロウはその言葉を逡巡しようと思案した後、既にそこにはアベルの拳が迫っていた。それを反射でいなしたシロウだったが、そのまま凄まじい連打がシロウを襲う。
「お前は何を望んでここに来た!? まさかいたずらに命を続けたわけじゃないだろう!?」
「アンタだって、戦いがしたいなんて理由で生きてきたわけじゃないだろう! オレなんかよりも遥かに、死が身近だったのに、どうしてこんなことをする!?」
アベルの連打をシロウは得物をレイピア状に変形させて、そのすべてをいなし続けた。
「……教えてくれ、どうして、そこまで戦いに、強さに固執する……?」
「固執するわけか。別に理由があるわけじゃない。ただ、至っただけだ。この世界だけじゃない。元の世界で殺し合いを繰り返したのは人間で、それはこれからも変わらないってことをな」
「だから、力に固執するのか!」
「あぁ、圧倒的な力があれば、国も、個人も、俺が屈服させる。群れるからどいつもこいつも他者にすがる。圧倒的な個人があれば、そんなものはないんだよ」
アベルはその時、怒号に近い叫びを上げて大きくストレートを打ち込む。吹き飛ばされたシロウに対して、見下ろすようにアベルは頭を掻き上げた。
「そう、どいつもこいつも、矮小だった。特に俺の国の奴らは、国家揃ってそういう類の連中ばかりだったよ」
「……そいつは同感だ、だがな、アンタみたいに全員皆殺しにしたいとは思わない。個人は所詮、その程度でしかないからだ」
「なるほど? 確かに個人の力はその程度、俺も、お前も、その程度。だがな、国が個人を殺すことだってある。俺の国はそうやって多くの人間を殺してきた。ユダヤ人っていう理由だけで、あらゆる人間をガス室に送りつけた。俺のたった一人の親友は、何も知らずにあのクソッタレの暗がりに入っていったよ。アウシュビッツの喧しさを今でも覚えているさ」
アベルは誰に対して向ける言葉もないようで、凄まじい勢いでまくしたてる。
同時に、再びシロウへと高速で近づきそのままジャブを放とうとするも、シロウはそれよりも先に片手剣へと変形させた刃で切りつけた。
その攻撃は確かにアベルの胴体を方から斜めに切り裂く。衣服は切り裂かれ、出血が滲むものの、アベルはそれを気にせんとばかりにシロウへ攻撃をぶつけた。
「……お前はどれくらい、理解している? 人の嫌らしさ、悪意、弱さ。俺は退廃的な硝煙のなかで感じたよ。あぁ、この世界は、人間はダメだってな」
「アンタ……」
「もうこりごりだ。この世界の人間も全く持って変わらない。矮小だから人に縋り、頼り、祈る。世界を救う力があっても、人間が変わらなければ同じことだ。だから俺は全部壊してやる。あらゆるものをぶっ壊す。この力でな」
「待ってくれ、オレはあんたとなんて……」
シロウはこの短い間で、呟かれたアベルの言葉の断片から彼のことをなんとなく理解する。彼の「圧倒的な力」に対する執着は、彼が見てきた醜悪な世界への一つの答えでしかないのだ。
戦争という地獄を経験したからこそ導き出された答えに、シロウは深く、極端な同情を強いられる。だがアベルはというと、「そんなものは必要ない」と言わんばかり、篭手と具足で臨戦態勢の構えを取った。
「決するときだ。俺とお前、どっちが正しいか」
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