第20話 魔石に囚われる者ども


 クレセントは強烈な踏み込みを見せるグロリアの攻撃に、寸前で結界を張って対応しようとする。


 だが結界は着弾と同時に破壊される。

 結界は同じ魔法に極めて弱い性質があり、クレセントも当然それを理解していながら、反応が微かに遅れてしまい、攻撃が肩を掠める。


「流石に強烈ね」


 クレセントはそのままグロリアの連撃を辛うじて退ける。

 桁外れの攻撃性に対して、グロリアの率直な感想は「クレセントへの称賛」だった。


「まさかここまで戦い慣れしてるとは思わなかったよ」

「そっちこそ、ね」

「貴様は厄介だから、とっとと殺しておこくことにしよう」


 クレセントは錫杖を剣のように扱い、グロリアの攻撃をいなしていく。そのたびに肌は焼けるような凍えに苛まれ、クレセントの肌色を変えさせる。


 傍から見ればクレセントは防戦一方であった。しかしほんの僅かな隙をついて、クレセントは足を踏む。


「……やはり魔法使い、食えないやつだ」


 グロリアはクレセントに攻撃を与えるギリギリで足を止めた。

 それはクレセントの一声から生じた大量の植物である。その生命の源がグロリアに巻き付いて攻撃を止めたのだ。


 ほんの僅かに生じていた植物を魔力で急成長させて一時的に操作し、グロリアの動きをワンテンポ止めにかかる。それだけでグロリアの行動は完全に止めることはできなかったものの、グロリアの踏み込みを瞬間的に妨害することは成功させた。


 動きが一瞬だけ鈍った瞬間を狙って、クレセントは即座に錫杖を振るう。

 その攻撃のなかでクレセントは、自分のできうる速度で攻撃に炎のエンチャントを付与し、攻撃を行い、グロリアが放つ強烈な冷気に対抗しようとする。


「炎まで使うとは厄介なやつだな」

「その言葉、そのまま貴方に返しますよ」



 長物を扱うグロリアと、本来であれば攻撃用ではない錫杖を扱うクレセントでは、技量以上に相性の差があった。

 当然、戦況はグロリアに圧倒的な利がある。

 にも関わらず、グロリアは攻め落とす事ができないでいた。


 グロリアの本来の得物であるランスは、一般的に刃を持たないが、彼女のランスは扱いやすいように刺突、両断を可能とする特殊な刃を備えていた。

 同時に、グロリアの持っている魔力の才能が「冷気」に適正があったことを活かす武装がランスである。

 グロリアの操る「冷気」は、攻撃にこそ転用できるものの、過冷却のようなことはできず、あくまでもただの「エンチャント」である。


 しかし武器にのみ付与した極限の冷気は、相手を凍えさせ動きを鈍らせる程度の働きは可能である。

 周囲の動きを鈍らせる冷気に加えて、グロリアは自らの卓越した技術が噛み合い、簡単にクレセントを仕留められると思っていた。


「やるね」


 グロリアは率直にクレセントの戦いの腕前を称賛した。

 魔法使いは本来後方支援を行うものであり、戦いに慣れていない者も多い。それに加えて魔法使いは、「魔力」を練りあげ「魔法」を発動するため、一秒にも満たない戦いのやり取りではどうしても後手に回ってしまう。


 にもかかわらず、クレセントは繊細な魔法を近接戦闘に組み込み、非力に成りがちな白兵戦にすら用いている。


 グロリアはフリーランスとして、様々な戦闘を経験したプロフェッショナルであると自覚している。

 戦闘経験の数で言えば千を超えるだろう。そんなグロリアから見てもクレセントの戦い方は初めて経験するほどだった。


 グロリアは大きく踏み込みクレセントを一閃しようとする。

 刃がクレセントに触れるまでは一秒はおろか、その半分もないはずだ。にも関わらずクレセントは着弾の寸前で結界を展開し、その攻撃を受け止める。

 さらにそこを起点としてクレセントは錫杖を振るい上げて反撃へと転じようとする。


「貴方もよ」


 グロリアは振り下ろされた錫杖を自らのランスで受け止める。

 凄まじい膂力だった。身なりからは想像もつかないほどの威力に、さすがのグロリアもくぐもった声を上げそうになる。

 生身の人間で出せる膂力を遥かに超えているのは大方、魔力によって身体能力すらも強化しているからだろう。


「ねぇ、一つ聞かせてくれる?」


 グロリアが錫杖の攻撃を弾き飛ばした後、クレセントはそう尋ねる。

 その言葉にグロリアは動きを止める。クレセントの戦い方から、「対話のなかで攻撃することはない」と踏んだからだ。


「答えられる範囲でなら」

「……目的は?」

「えらくストレートだな。でも私はこういうときに嘘がつけるほど器用じゃない。まぁ、大事なジョブってところ」

「その仕事に、あたしの命は入ってるの?」

「正確に言えば入ってないな。あの結界を邪魔されなければ、私のジョブはコンプリートって話だ」

「あらそうなの。それなら、和解って案はないのかしら?」

「手を出さないのならそれでも良かったんだけど……でも、気が変わった」

「……そう言うと思った」


 グロリアはその時はっきりと理解する。この魔法使いを、今ここで始末しておかないと、確実にこの先の仕事で支障をきたす、と。



 対してクレセントも、およそグロリアと同じような感想を抱いた。

 グロリアのいう「仕事」が本当に、「結界に閉じ込めたシロウを邪魔させない」というものであれば、あそこで行われているのは見えてくる。


 戦いだ。シロウを然るべき場に閉じ込め、そこで四王が戦いに参じるのだろう。そうだとするなら、グロリアの雇い主は「四王の誰か」ということになる。


 そこで、クレセントの命を断つことではないとなれば、目的は更に明確になるだろう。「シロウさえ殺せればそれでいい」、そんなことはたやすく理解できる。

 もはやシロウについては、信じるしかない。破壊できない結界に対して行動することなどできないのなら、彼が修羅場を切り抜けることを祈るのみだった。

 ここでするべきは、グロリアをこの場で打ち倒すことだった。


「交渉決裂ってことね」


 ふたりはほぼ同時に動き出す。ランスと錫杖が大剣のように交わった瞬間、けたたましい閃光が放たれた。

 クレセントはグロリアへ強烈な蹴りを決め、即座に距離を詰めて追撃を始める。


 グロリアは一瞬体が動かなくなり、「電流か」と理解する頃にはクレセントの攻撃はすぐそこまで迫っていた。

 魔力を電流として流されたことでグロリアの判断は一瞬遅れるものの、これまでの経験によってもたらされたヤマカンで得物を振り回す。


 クレセントはそれに対して錫杖での攻撃対象をグロリアの持っている得物へと移して大きく吹き飛ばす。


「これでようやく、お話ができるわね」


 武器を弾き飛ばして無力化を終えたクレセントは、「対話」を行うために武器を収める


「必要な情報さえさえずってくれれば、命は保障するわ。まず貴方の雇い主は?」

 その問いかけに対してグロリアは「はっ」と息巻いた。


「……いくらフリーとはいえ、情報なんて漏らすわけがないだろう? それとも、アンタは拷問されてゲロッちまう程度のプロ意識か?」

「生憎、あたしは魔法使いなのでね。目的のためなら追い剥ぎ地味たこともするわよ。貴方もそういうタイプだと思うけれど」

「似ているな。連中が警戒するわけだ。だが、この程度で勝ちは確信しないほうがいいぞ?」


 グロリアの言葉にクレセントは二重の衝撃を受ける。


 「連中」という言葉はグロリアが生じさせた「雇い主の気配」である。グロリアが行動しているのは今日だけではない、魔石の巌窟での出来事でも、何かしらの行動をしていた。

 それと同時に、けたたましい気配がクレセントに向かって迫っていることに気がつく。


「……あの洞窟はまさか、デモンストレーション、だったの?」


 クレセントは背後に生じた数多の怪物を目撃する。

 それが、この監獄を地獄に変えた根源たち、魔石を持って暴走を始めた囚人たちだった。

 魔石の岩窟で起きたほどではないにしろ、魔石を持った囚人たちは手のつけられないほどの暴走は見せてはいない。だがそれでも、人間の領域を遥かに超えた膂力を持つようだった。


 同時にクレセントはその禍々しい空気感を醸し出す無数の人間たちは、一斉にクレセントのもとへと迫ってくる。

 意識は感じられないながら、明らかにクレセントへ「敵意を持って攻撃を行おうとしている」ということはすぐに分かった。


 目視するだけで十数人はいるであろう、魔石で暴走をした人間たちは、まるでゾンビのそれである。有り余る渇望を満たすかのようにクレセントへと群がろうとする。


 流石にそれらをすべていなすことはできない。

 加えて、クレセントの扱うことができる魔法では、「対象をすべて戦闘不能にする」ような大規模な技は扱えない。

 それに、魔石を持った人間は、岩窟での状態とは異なり、「生存」している状態だった。つまり魔石の影響さえ取り除くことができれば、まだ助かる可能性がある。


 この状態では、半ば人質に攻撃されるようなもので、クレセントは判断を惑わされる。


「性格悪いこと、してくる……」


 クレセントは錫杖を翻して、大量に迫りくる軍勢に向かって滑り込む。


 それと同時に、錫杖を地面へ叩きつけて凄まじい電撃を発生させる。錫杖にエンチャントした電流を強化した電流であるが、地上に向かってその攻撃を行うことで、広範囲にスタンガンに近い効果を発生させた。


「っぐ……」


 当然ながらそんなことをすれば、クレセントの肉体にも強烈な負荷がかかる。いわば動きを止めるための捨身の攻撃だった。


 驚くべきことに、クレセントは強烈な電流を受けながらも、錫杖から手を離して、即座に怪物と化した人間たちの懐に潜り込む

 強烈な掌底を用いて次々に怪物たちを戦闘不能していくさまは、魔法使いというより武術の達人と形容したほうが良いほどだった。


 しかしそのクレセントの対応は、歴戦の戦いをくぐり抜けたグロリアにとって、見逃すはずもない隙である。


 その大きすぎる隙は、完全に追い詰めた状態から、致命の一撃を加えるまでに至った。


「ここまでの手練れだとは思わなかったな」


 グロリアはクレセントへ向かって弓を向けていた。そしてその弓は既に、クレセントの腹部に着弾していた。

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