第31話 不死身のワン
サヴォナローラが手痛い反撃を受ける十数分前、クレセントとは別に動いていたコウガは、シロウに対して、「クレセントの勝算」を語りだす。
「転生者とクレセントが戦って勝てる可能性は限りなく薄い。だから、これから我々はそのバックアップをする。プランを説明しよう」
「……クレセントは、大丈夫なのか?」
「大丈夫かどうかはこれからのアイツの動きと、こっちの動きに依存すると考えていい。だが、これからこっちがやることのほうが遥かに、イージーだ」
ウェストギルドをギリギリ視認することができ、かつ魔石のコントロールが十全になる場所。
そんな場所はある程度、絞り込むことができる。場所はエリア境界線付近の洞窟、そこから気味の悪いオーラが迸っていた。
「この先に、魔石をコントロールしている、ソクラテスがいるはずだ。だが、相手に悟らせずに、一発で仕留めるのが最低条件になる。やれるか?」
コウガはシロウに対して脅すような調子で、そう尋ねると静かに得物を臨戦態勢に変形させる。
「失敗できないなら、やるしかないだろう?」
シロウは得物を大振りな刃へと変形させる。
その大振りな刃と極端に短い鍔を見て、コウガはそれを「処刑剣」であることを見抜く。
相手が気がついていない状態であれば、渾身の一撃を相手に叩き込むことができる。
存在を悟られることなく、かつ一撃で相手を攻撃することが必須条件の中で、シロウは知識と経験から即座に、あの形状が最適であるとシロウはすぐに理解したのだ。
コウガはシロウと対峙してまだほとんど時間がない。
それでも、コウガは歴戦の経験からシロウの異常性をとことん感じていた。シロウが完全に息を殺して、岩窟の最奥にいるソクラテスへと近づいていく。
そこから彼の首を叩き落とすまでは早かった。
凄まじく流麗な動きで即座に相手を食らう。ほんの僅か、一瞬で落ちた首の瞳孔が完全に色を失ったことを確認した時点で、コウガはシロウに称賛の声をかける。
「全くもって、とんでもないな、君は……」
「最悪な手応えだ。だが、失敗しなくてよかったよ。さぁ、これから先は?」
「……魔石を持って、お前がコントロールしろ。やり方はまぁ、感覚で掴めるだろうな」
「えぇ? 適当すぎない?」
シロウは悪態をつくようにそういうが、コウガは白々しい態度で魔石を足先で蹴飛ばした。
コウガは眼の前の男に対して、薄々気味の悪さを感じていたが、ここではっきりと理解する。
この男は、間違いなくイカれている。
人間を殺すことに対してほとほと感情がないようだった。目的遂行のためには相手を殺すことを厭わないという圧倒的な態度。
コウガはシロウの驚異的な強さの所以を理解した。この極めて驚異的な、「個人」を主張する態度、目的意識、それ以外の唯我独尊の考え方。物事は極めてシンプルだった。
コウガがシロウに対して気味の悪さを抱えているうちに、シロウは易々と、魔石によってコントロールされていたメルバとストムに指示ができるほどまでに魔石を利用できるようになっていた。
流石のコントロール奪取に対して、コウガはシロウを通して二人へ命令を出す。
「クレセントと、サヴォナローラが戦っているはずだ。お前たちの思う、一番のタイミングで攻撃を仕掛けろ。あとは、クレセントがやってくれるはずだ」
「……なるほど、ストムとメルバは、相手の想定外の手札になるのか」
「そうだ。これでようやく、クレセントは相手と同じ土俵に立てる」
コウガの弁に対して、シロウは「どうしてクレセントがここまでの危険を犯したのか?」という疑問をようやくぶつけた。
クレセントと別行動をし始めた時点から、疑問符は湧いていたが、シロウは二人の鬼気迫る態度から、従うことしかできなかった。
だからこそこの周到さ、恐らく何十年も前からクレセントとコウガはこの瞬間のために準備していた。
その全容について、シロウはようやく尋ねることができたのだ。
「……なぁ、聞きたいことがある。アンタとクレセントは、何年前から計画していたんだ?」
「クレセントが、あの男に復讐を誓った時点からだ。それから、条件が揃うまで、待っていたんだ」
「サヴォナローラが、圧倒的な強敵と戦うと言う、この状況のことだろう?」
「強敵かつ、サヴォナローラが勝つために、人質という最低なやり方を選ぶ。これでようやく、相手に殺されないだけの理由になる」
「……クレセントも、人質であるなら、人質は殺せない。コマは多いほうがいいからな。相手に殺されないだけの理由をつけたのか」
「そういうことだ。だが、ここまで揃えたって、相手を倒すことはできないだろう。せいぜい相手にダメージを与えて、撤退させることくらいじゃないか?」
シロウはそこで目を丸くする。
コウガの洞察はまさに千里眼と表現するしてもよいほどだった。にも関わらず、クレセントの勝利を予見するのではなく、更にシビアな回答である。
疑問点なのはまさにそこで、「ダメージを与える程度」で、そこから先の内容が浮かばない。
「それなら、やつを倒すのは誰なんだ?」
「……転生者(おまえ)だよ」
コウガはその言葉で伝わると言わんばかりに、それ以上の言及を避ける。
一瞬の沈黙をおいてシロウは、「ここに戻る可能性か」とコウガの沈黙を推し量る。
「そうだ。手ひどいダメージを受けた彼は恐らく、その場から離脱する。信頼できるソクラテスが魔石のコントロールを失った時点で、トラブルを確認しに来るかもしれない」
「かもしれないって、確実にそうだろう? なにせソクラテスだって四王の一角のはずだ」
「四王の一角が、突然コントロールを失えば、それなりの実力者を疑うのは自明の理だろう。サヴォナローラは慎重な男だ。それであれば、この状況で帰ってくることはない。待ち伏せされて確実に潰されるからな」
「……待て、それならサヴォナローラは、どこに戻る?」
「イーストエリアだ。サヴォナローラは自らの大切にする町並みを守ろうとする。そういう人間だ」
それから、不気味なほど静まり返っていた。
気味の悪い沈黙、それがサヴォナローラがイーストエリアへ高跳びしたことをそのまま示している。
***
「それで、この弓の使い手は、一体全体、どちらさまかしら」
状況を理解した面々の中で疑問だったのは、「遥か遠距離からサヴォナローラを狙撃した人物」である。
クレセントも、第三者からの弓の攻撃は検討もつかない。
しかしストムはというと、その弓の主に覚えがあった。
「どうやら、あのデカパイ女の助太刀か? グロリア、だったかな?」
「……冗談でしょう? グロリアは、四王についているはず、急に手のひらを返すわけなんて……」
クレセントがストムの可能性を否定すると、何処からか現れたローブの男がその言葉を笑い飛ばす。
「彼女が四王側についてるって、冗談だろう?」
一瞬にして現れたローブ男は、凄まじい速度で現れ、他の面々が即座に警戒心をむき出しにするが、その死線も容易く横断した。
全員の警戒心を軽くのしたうえで現れた男は、つらつらとそのまま会話を続ける。
「彼女は金で立場を変える。だから今のところ、僕の配下だよ」
「……これはこれは、新しい怪物が出てきたわね。まさか、あの希望の一矢は、貴方の差し金かしら?」
クレセントはローブ男の視線の先にいたグロリアを即座に捉え、同時に視線に気がついたグロリアは弓の弦を弾きながら姿を表す。
「あぁ、最高のタイミングだっただろう? おかげでアンタの攻撃も叩き込めた」
「えぇ。感謝するわ。この前の傷のお礼かしら?」
「その言葉、そっくりそのまま返そうか?」
今にも再戦が始まりそうな雰囲気の二人に対して、咎めるようにローブの男は割って入る。
「結果として、魔法使いさんの目的も果たせたわけだ。それについては、悪い話じゃないだろう?」
「問題は、これまで敵対していた怪しい輩が、史上最高のタイミングで助太刀をしてきたってことよ。グロリアはもちろん、貴方のほうが大事……何者かしら?」
クレセントの言葉を咀嚼したローブ男は「これは失礼」とそれまで視認できなかった顔を各面々にさらした。
その顔を見て、全員が顔を見合わせる。その顔は、不死身の怪物、四王のひとりであるワンそのものだった。
「……僕は、イーストエリアの支配者、ワンだ」
「これは驚いた。どうやら、あたしたちのことをいち早く殺しに来たのかしら?」
「冗談だろう? 僕は君たちと協力するためにここに来たんだ」
ローブ男を改め、イーストエリアの王であるワンが言い放ったことを咀嚼する人間は、その場では誰もいなかった。
それに加えて、男が言い放った目的について、聞き終わる頃にはすべての人間が頭を抱えることとなる。
「僕の目的は唯一つ、不死身のワンを、殺すことだ」
***
サヴォナローラは利き手を切り落とされ、とっさに仕掛けていた保険を発動させる。
転移魔法。あらかじめマーキングしておいた場所にワープすることができる魔法である。
ただし制限があり、マーキングできる箇所は三箇所のみであり、一度使用する事にマーキングは消滅する。
転移魔法はその性能から、非常に負担のかかる魔法である。それは転生者であるサヴォナローラであっても覆す事のできない制限だった。
本来、サヴォナローラであればその場にいる全員を皆殺しにすることは容易かった。だが、後続として確実に出てくるであろうとシロウとの戦いには、結果は目に見えている。
サヴォナローラが転移できる場所は、「ウェストギルドの岩窟」と「イーストエリア」の二種類である。
直感的に、イーストエリアを選択したのは、ウェストギルドの惨状を見ていたからということもある。もし仮に、この期を見て賊が攻め込んできた暁には、非戦闘員で固まっているイーストエリアは危険性は高いと踏んだからだ。
イーストエリアに移動したサヴォナローラは、自らの目を疑った。
そこはまるで戦地そのものであり、様々なところで戦火が狼煙のように立ち上っていた。
「……これは、なんだ?」
サヴォナローラが守ろうとしていたイーストエリアは、火の海と化していた。
それまで鳴りを潜めていた大量の悪人が、ここぞとばかりに攻め込んできたことは、すぐに理解できる。
触れれば爆発しかねない状況。そんなサヴォナローラの状態を知ってか知らずか、盗賊たちが周囲を取り囲む。
「こいつは驚いた、まだ生き残りがいたらしい」
「結構いい装備してるじゃん、奪っちまおうぜほら!」
「おい、こいつ……」
サヴォナローラは有無を言わさず、手に持たれた神器がけたたましく光り輝く。
はからずも解放された神器は、クレセントへ放出した単純な魔力の放出。全方向へ放たれた凄まじい光の矢。
それは瞬く間に周囲にクレーターを作り出す。サヴォナローラの解放された神器による攻撃は、塵も残らぬほど強烈なものがあった。
「……まさかこれがやつの目的だったのか」
同時にサヴォナローラは、神器の握られた手のひらの力を震わせる。
突然の暴動。荒野へと帰した町並みを一瞥し、腹の底が爛れるような感覚を覚えた直後、そこに秘められた恐ろしい秘密にたどりついてしまった。
訳あり魔法使いと家に帰りたい勇者 古井雅 @pikuminn3
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