第25話 ダークマター製造場への誘い⁉

 ダークマターはヤバい。

 それはすでにわかりきっていること。

 だからこそ、余計に怖く感じるのだ。


 浩紀は遠目で、友人の亮仁真司を見るようにしていた。


「だからさ、協力してほしいんだって」

「……」

「お願いだッ」


 学校終わりの放課後。友人から、今世紀最大級のお願いだと言わんばかりのセリフを吐かれていた。


 今、校舎外の裏庭にいるのだが、真司は土の上で頭を下げている。いわゆる、土下座のようなスタイル。

 そこまでやられると、断るのも気が引けてしまう。


「お願いする。俺だけに、あの場所に行くのは……ッ」

「でもさ、この前、夢の家に行こうとした時、逃げるように立ち去ったような……」

「うッ、そ、それはすまなかった。なんでもする。そうだ、夢の家で食べた後、口直しに、どこかの店屋に行かないか?」

「それ、さりげなく失礼なセリフだよね?」

「……だ、ダメだ……何を言おうとしても、悪い意味合いになってしまうッ」


 真司は土の上で跪いたまま、頭を抱え込んでいた。

 絶望的な友人の表情。

 浩紀は、真司のそんな姿を見ていると共感してしまう。


 確かに、友人にも悪いところはある。

 だが、そこまで苦しむ姿を見たいとも思えなかった。

 なんせ、浩紀もダークマターの脅威は痛いほど知っているからだ。


「……わ、分かったよ。一応、協力するよ」

「ほ、本当か?」


 真司の顔が明るくなる。輝かせた視線を向けてくるのだ。


「本当に命の恩人だぜ、浩紀ー」


 真司は立ち上がるなり、調子のいいことばかり口にする。


「じゃあ、行こうか。夢の家に」

「あ、ああ……」


 浩紀は友人から肩を軽く叩かれ、そして、後ろから肩を掴まれたのだ。


「よし、あのダークマターを――」


 浩紀は、積極的になった真司と共に校舎の中に入り、昇降口へと向かおうとする。


 そんな中、二人は嫌なオーラを背に感じたのだ。

 誰かに見られているようでかつ、睨まれているような。悍ましい覇気が辺り一帯を包み込むかのようだ。


「……ん⁉」


 浩紀の背筋が凍り付く。


「……」


 やけに大人しくなった真司。


 二人は恐る恐る背後を振り返った。

 そこに佇んでいる女子生徒がいたのである。


「なに? ダークマターとか、なんかそんなことを言っていなかった?」

「「⁉」」


 二人の心臓がどっかに飛んでいきそうな勢い。

 浩紀と真司の瞳には、東城夢の姿が映っていたのだ。


「私ね、真司が昇降口に来るの遅いなって思ってね、さっきから、ずっと校舎内を回って歩いていたのよ? そうしたら、浩紀とこそこそとやり取りしてたじゃない。もうー、どうして約束してた通りに来なかったの?」


 夢は、真司の方へ顔を近づけてくる。


「えっとさ、それは、夢の家にお邪魔するならさ、浩紀もどうかなって思って」


 真司は今、全力で脳をフル回転させて、夢と対面している。

 変なところで無言になったら、疑われてしまう可能性があるからだ。


「……私は、真司に来てほしかったの。本当は……・浩紀にも来てほしかったけど……でも、浩紀って、その……せ、先輩と部活なんでしょ?」


 夢は視線を逸らし、何かをためらっているようで、浩紀と視線を合わせようとはしなかったのだ。


「え、そ、それは……」


 浩紀は焦った。

 なんて、言えばいいのだろうか?


 今日は水泳の練習はない。

 だから、フリーなのである。

 ただ、ここで部活動がないと言ってしまったら、そのままダークマターを製造する家へと直行することになるのだ。


 浩紀は隣にいる友人をチラチラと見、様子を伺う。

 真司には部活はないとは言っていなかった。

 うまく誤魔化せば、逃れられるかもしれない。

 本当に、真司には申し訳ないが生贄になってくれ。


「……」


 浩紀は心の中で悩んでいる際、真司は疑いの眼差しを向けてくるのだ。


 な、なんだ……もしや、バレてる?

 部活がないことを知っているのか?

 そんなまさか。


 いくら親しい関係性であったとしても、部活動のスケジュール前は知らないはずだ。


 浩紀が緊張を隠すかのように一旦、深呼吸した頃合い。

 刹那の勢いで、真司が口を開いた。


「そういやさ。なんか、夏芽先輩が、今日は部活がないとか言っていた気が……」

「え⁉」


 浩紀は言葉を詰まらせた。

 裏声を出してしまう。


「な、なんでそれを?」

「今日の昼休みに夏芽先輩と出会ってさ。そんなこと、言っていたなぁって思って」

「⁉」


 お、おい、な、なんてことを‼


 浩紀は真司のことを恨みたくなった。心の底からだ。


 友人は最終兵器を隠し持っていた。

 終わった――

 浩紀はガックリとしたのだ。


「へええ、そうなんだ。浩紀って、今日は部活ないんだね。じゃあ、さ……その、来てくれない?」


 夢からの熱い視線。

 恥じらいのある表情であり、今まで見た中では、乙女らしい立ち振る舞いである。

 夢は元々、女の子らしいのだが、ダークマター製造屋だとか気にならなくなるほど、ドキッとしてしまった。


 な、なんだよ、この感情って……。

 そ、そんなこと……。

 夢とは単なる女友達であり、それ以上でもそれ以下でもない。


 浩紀は指先で自身の頬を抓り、意識を現実へと戻そうとした。

 痛ッ……。

 自分でも何をしてんだろと思いつつも、ようやく意識が現実へと引き戻されたのである。


 いや、意識を現実に戻さない方が良かったか?

 後々、冷静になって考えてみれば、頬を抓らない方が正解だったかもしれない。

 意識が別の方にいっていた方が、ダークマターの味を軽減できると思ったからだ。


「じゃ、そういうことでさ。浩紀も行くってさ。な、それでいいだろ、夢」

「うん……三人で行こっか」


 夢は嬉しそうに笑みを零しながら言う。


「そうだぜ、美味しいものはさ、皆で分かち合わないとな、浩紀ッ」


 真司は浩紀から距離をとるなり、“先に行ってくるから”と一言だけ告げ、その場から立ち去って行った。


 真司は本当に夢の家に行くのだろうか?

 浩紀は背を向けて廊下を走る友人に疑いの眼差しを向けてしまう。


 そもそも、夢の家に行くのは、そこまで乗り気ではない。

 仕方なく、ダークマターの製造場へと向かうことにしたのだ。


 本当に悲しい……。

 折角の休みなのにと、絶望感に打ちひしがれてしまう。

 でも――


「ひろ?」


 二人っきりになったことで、夢から話しかけられた。


「な、なに?」


 浩紀はドキッとした想いを抱きつつも、彼女へ視線を向け、問い返す。


「――――」

「ん?」


 彼女は何かを言った。


 けど、校舎内から、丁度よく響いた吹奏楽部の楽器の音でかき消されたのである。

 何を伝えたかったのかはわからない。


 夢は俯きがちに視線を合わせない姿勢で、“真司を追いかけるから浩紀も早く校門前に来てね”とだけ言って、その場から立ち去って行ったのだ。

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