第16話 あのね、今後の休みでもいいから、一緒に付き合ってくれない?

「ねえ、ひろ?」


 二人が謎の塊を食し終えた頃合いのことだ。

 隣の席に座っている夢から問われた。


 今は彼女の家のリビング。

 夢は大人しい口調になる。

 何かしらの想いが肌を通じて伝わってくるようだった。


「ひろって。今日の午前中、何かしてたの?」

「何かって、いや、別に特には……」


 浩紀は午前中、隣街のデパートに夏芽先輩といる時のことを思い出す。

 先輩の水着を購入するという名目で遊びに行っていたのだ。


 夢を、そこの水着売り場でチラッと見てしまったこと。先輩から抱きつかれている際、カーテン越しに、夢が自身の想いを口にしたことなど。色々と浩紀の中に湧き上がってくる。


 あまり彼女を傷つけたくないがために、自宅にいたということにしておいたのだ。


「そう、そっか、だよね。ひろが隣街にはいないよね。だったら、私、本当に変な人だね。まったく関係のない人の前で、変なこと言ってばっかだし」


 隣にいる夢は悲しそうな瞳を見せ、潤ませている。

 浩紀は胸が痛んでしまう。

 中学時代からの友達みたいな存在ではあるが、そんな彼女の悲しむ姿は見たくなかった。


 やはり、夢は恐れている。

 夏芽先輩と、浩紀が付き合うところを想像し、怯えているのだろう。


 確かに、夢も先輩に劣らず美少女である。

 それに、おっぱいも大きい。


 事実かどうかは定かではないが、この前、右腕に感じた二つの膨らみからは、それなりの大きさを感じることができたのだ。

 多分、大きいのだと思う。


「……なんか、静かになっちゃったね。ごめんね、急に変なことを言って」

「いや、別にいいよ……そのさ、一応、中学からの仲なんだし。何かあったら相談しなよ。相談なら普通にのるし」

「本当に? どんな相談でも?」

「う、うん……」

「いいの?」


 夢はやけにしつこく聞いてくる。


「内容にもよるけどな」


 浩紀は一応、何かがあったとき用に、念を押した話し方をした。


「ひろは……好きな人っているの?」

「いるけど」

「いるけど、何?」


 急に突っかかったしゃべり方になる夢。


「私、知りたいの。もう少し、ひろのこと。今までね、そこまでプライベートで男の子と遊んだこともなかったし。中学からの仲なのに、ひろとも遊んだことがないって、おかしいと思って。今後の休みでもいいから、一緒にどこかに行かない?」


 夢は浩紀を誘っている。

 浩紀も、夢も、互いに互いを遊びに誘ったことはなかった。


 遊びたくないとか、本当は仲が悪いとか、そんなのではない。

 ただ、なんとなく雰囲気的に、互いに誘うのを拒んでいただけなのだ。


 なんでかと問われると、分からない。

 そう答えるしかなかった。

 多分、もしかすると互いに、誘おうとしたのかもしれない。

 けど、断られるのが怖く、本能的に発言できなかったのだろう。


「ねえ、ひろ? いるけど、なんなの? ハッキリとしてよ」


 夢は普段は温厚なのに、急に積極的になった。

 女の子らしい瞳で、優しく距離を詰めてくるなり、浩紀の反応を注意深く伺っているのだ。


「けど、その人は多分、俺のことを恋人として認識してないかもな」


 浩紀が好きなのは、水泳部の夏芽雫先輩のことである。

 先輩と浩紀は、水泳部員と、マネージャーの関係。


 それに、先輩には好きな人がいる。

 先輩が好きな人に告白する前まで間、浩紀はマネージャーとして一緒にいるくらいなのだ。

 もし、告白が成功してしまった場合、用済みになるかもしれない。


 先のことでわからないことだが、浩紀は未来のことを考えるだけで心が締め付けられるように痛むのだ。


「その人から恋人だと思われていないなら。ひろ? 付き合わない?」

「夢ってさ。俺の事、好きなの?」

「……」


 隣の席の彼女は無言になっている。

 数秒ほど押し黙った後、ようやく口を開いた。


「うん」

「そうか……」


 やっぱりというよりも、ようやくわかったという感情の方が強い。

 やっと、感情が重なったような気がして、浩紀は嬉しく感じられるようになったのだ。


「ひろはどうなの? 返答は?」


 夢は本当の気持ちを伝えてきたのだ。

 何かしらの形で、彼女に返答しなければいけない。

 浩紀は現状を受け入れるかのように、彼女の方を見やった。


 二人の視線が課さった瞬間。

 夢は頬を赤らめ、サッと視線を逸らす。

 真面目に向き合ったことなんてなかった。だから、急に恥ずかしさが込みあがってきたのだろう。


「まあ、急に付き合うとかは無理かも……な」

「だよね。ごめんね……」

「いや、俺は批判してるわけじゃないというか」

「じゃあ……なに?」

「あのさ。俺らって一緒にいて、そんな急に恋人のように付き合うとか考えられないというか。最初の内はさ、友達というか。いや、友達なんだけど。まずは、休日に街中に遊びに行く程度の関係から始めないか?」


 友達なのに、一緒に街中に遊びに行ったことがないというのもおかしい。


「うん、いいよ、それでも」


 夢は嬉しそうに頬を緩め、はにかんでくれる。

 彼女のそんな姿を見れただけでも嬉しくなった。


「じゃあ、今日から友達というか、恋愛関係があるような、ないような関係の友達的な?」

「なにそれ、意味わからないよ」


 夢から軽く笑われてしまう。


「でも、私たちの関係って今までよくわからなかったよね?」

「ああ、そうだな。……夢は学校でも美少女の方だし、俺から直接声をかけて、遊びに誘うことができなかったし。むしろ、そんな勇気なんてなかったし」


 浩紀は思っていたことを、すべて打ち明けるのだった。


 夢とは距離が近かったようで、遠い存在でもあった。

 でも、今は違う。

 何かあっても、本当の意味で何かを打ち明けられる関係にはなれたと感じた。


 でも、一つだけ、浩紀は彼女に言えていないことがある。

 それは、夢には料理技術とか、調理のセンスがないとことだ。


 言った方がいいのだろうか?


 中学の時代からそこまで技術がさほど変わっていないということは、客観的に気づいていないのかもしれない。


「夢……」

「なにかな? ひろ」

「えっと」


 浩紀が口ごもっていると、夢は瞳を輝かせ、何を言われるのか、楽しみにしている顔を浮かべているのだ。


「いや、なんでもない」


 やっぱりやめだ。

 夢の愛らしい表情を見てしまうと、本当のことなんて言えない。

 料理が不味かったとは。


「もう、意気地なしー……でも、本当に言いたいことは、後でもいいから♡」


 と、夢は、浩紀の耳元で囁いた。

 浩紀は驚き、ドギマギしな感情の最中、彼女の優しい笑みを見る。


 本当に残念な美少女だと思う。

 容姿や言動は良いのに、料理が絶望的。

 そこさえ、改善できればなあと心底感じていた。


「そうだ、私ね。明日からファミレスでバイトするから。ひろも明日来てよね♡」


 ――と、夢の口から世紀末的なセリフを告げられたのだった。

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