第17話 夕食時、妹の友奈が寄り添ってくるのだが…

 東城夢と本心で語り合った日の夕食前の頃合い。帰宅した直後から、浩紀は自宅のリビングで軽く息を吐いていた。


 ソファに座っている浩紀は、今まさに悩んでいる最中である。隣に寄り添うように、エプロン姿の友奈がやってくるのだ。


「どうしたんですか? 兄さん、そんなにため息を吐いて。考え事なら相談に乗りますよ?」


 優しげで温和な口調の妹。

 友奈は浩紀の隣に腰を下ろす。


「いや、あれだよ。友奈にも言ったと思うけど、夢がファミレスでバイトすることになった件だよ」

「あの事ですね。さっき夢姉さんのところに行ってきたんですよね? どうでしたか? 料理の腕は上達していた感じですかね?」

「まあ、それなりには……中学の頃と比べれば、異臭はしなくなったさ」

「異臭って、それ夢姉さんに失礼ですよね。そもそも、料理から異臭するとか、おかしい話ですけど」


 友奈も困惑気味である。


「異臭はしなくなっても……それと味の方は?」

「酷かった」

「……私が昨日上げた隠し調味料は入れましたか?」

「試作品のやつか?」

「はい」

「いや、リュックに入ってなかったんだ」

「え? でも、私お兄さんに渡したんですけど」

「俺も受け取ったはずだと思ってたんだけど。それがリュックになくてさ。どこに行ったのかなって」

「もしや、落としたとかですか?」

「多分……な」

「そうですか……でも、安心してください。一応、隠し調味料は完成しましたので」

「そうか、ありがとな」

「お兄さん? それを言うより、頭を撫でてください。そっちの方が私、嬉しいので……」


 友奈は恥ずかしいのか、口調が大人しくなる。

 浩紀が隣に座る妹の頭を優しく、動物を愛でるように撫でで上げると、嬉しそうに笑みを見せた。


 本当に小動物か、何かに見えてしまう。

 それほど、愛くるしい表情を浮かべてくれるのである。


「お兄さんの手があったかいです」


 友奈は綻んだ声出す。


「そ、それでは、一緒に夕食にしましょうか。食事の方はできていますので」


 友奈は手際がいい。

 なんでもそつなくこなす妹。

 彼女はソファから立ち上がると、嬉しそうな背を向け、キッチンへと向かっていく。


「……」


 浩紀は右手で腹のところを撫でるように触った。

 まだ、ダークマターを食べた後味が口内に残っていたのだ。

 ちょっとばかし気分が悪くなる。


 友奈が作ってくれた夕食を食べたいという思いはあるものの乗り気ではなかった。

 食べないというもの申し訳ないと思い、浩紀は妹がいる場所へ向かう。

 キッチンに足を踏み込むなり、ご飯を茶碗によそっている夢を見た。


「友奈はテーブルの方に行ってなよ。今日は俺が、ご飯とか盛るから」

「なんでです? 私にやらせてください」

「いいから。友奈は今日、色々と頑張ったんだろ? だからさ、ゆっくりとしてなよ」

「優しいですね、お兄さんは」

「どこが? 俺の方がいつもやってもらってばかりだしさ。迷惑をかけてばかりだし」


 浩紀は否定的に言う。


「わかりました。あと、あっちの方に、お味噌汁とかがありますので。では、お願いしますね」


 ――と、エプロン姿の友奈は礼儀正しくお辞儀をして、立ち去って行った。

 うん、これでいい。

 これで、ご飯や、みそ汁、おかずの量をうまく調節できると思った。

 余計によそって食べられなかったら、友奈はよい表情は見せないだろう。


 浩紀はよそい終えたご飯茶碗、みそ汁茶碗をキッチンテーブルの上に置かれたトレーに乗せる。

 近くには鶏手羽先と野菜が盛り付けられた皿もあり、それもトレーに乗せたのだ。

 浩紀は両手で各々のトレーを器用に抱え、リビングへと向かう。


「友奈、もって来たよ」


 浩紀は友奈が座るテーブル前の机にトレーを置く。


「ありがとうございます、お兄さん」


 妹はトレーを前に、箸を手に取る。


「じゃ、頂きますをするか」


 浩紀は椅子に座り、友奈と対面するように、席へと腰を下ろす。


「ん? どうした?」

「私、そっちの方に行きますね」


 友奈は箸を持ったままトレーを掴み、席から立ち上がると、浩紀の隣までやってくるのだ。


「私、お兄さんの隣で食べたいので」

「俺の隣の方がいいのか?」

「はい。そっちの方が、お兄さんのイチャイチャできますし」


 友奈は笑みを見せつつ、箸をトレーの上に置くなり、両手で掴んだ手羽先を解体し、食べやすいサイズにしたのち、浩紀と向き合う。


「食べさせたいので、お兄さんは口を開けてください」

「俺は一人で……」


 今は色々とお腹がいっぱいなのだ。

 強引には食べたくはなかった。


「いいですから、はい、あーんしてください」


 積極的な妹は、食べさせることをやめない。

 なんでこんな日にと思う。


「あ、そ、そうだ、友奈?」


 浩紀は何かを思いついたかのように、話題を振った。


「な、なんですか?」

「あのさ、隠し調味料があるんだろ? それ、今持ってきてくれない?」

「何に使うんですか?」

「今日の夕食にさ」

「そんなのを入れなくても問題はないですよ? 私、そんなに料理下手じゃないですし。それと、今日の手羽先は、私の行きつけのお店で購入したので味には自信はあります」

「まあ、手羽先は美味しいだろうけど。隠し調味料が、どこまで食品を美味しくするのか、試したくてさ」


 友奈が一瞬、押し黙った後、軽く頷きつつ、承諾したかのように、手に持っていた手羽先を皿に戻す。


 妹は近くにあったティッシュで手を拭き、“ちょっと待ってて”と言い、リビングを後にして行った。

 その一分後、小型のシリンダーを片手で持つ友奈が戻ってくる。


「粉を軽く料理にフリかけるだけです」


 シリンダーから、白と緑が混じった感じの色合いの粉をちょっとばかし、二人の手羽先にかける。


「大丈夫か、それ?」

「大丈夫です。怪しい粉じゃないですから。それとですね。本当は、料理中に混ぜるのが基本なので、料理後にフリかけてもあまり意味はないと思いますから」

「え? だと意味なくない?」

「なんでですか?」

「料理中にフリかけないと意味がないならさ。多分、料理にかけるタイミングないよ」

「夢姉さんに渡せば」

「夢が普通に受け取ると思うか?」

「な、ないですね……」

「だろ?」

「じゃあ、無理かもしれないです」

「……」


 何かが終焉を迎えた。

 そんな嫌な音が、遠くの方で聞こえた気がしたからだ。


 浩紀はまた、重く苦しいため息を吐いたのだった。

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