第15話 ひろ? 私ね、料理してみたの、味見してほしいな♡
「ひろ、ちゃんと来てくれたんだね♡」
浩紀は昼過ぎの時間帯に、約束通り女友達の家を訪れていた。
その美少女は、容姿はいいものの、ところどころ残念なのである。
おっぱいの大きさは程よく丁度良い。
しかし、料理の出来は絶望的。
そこさえ改善できれば、本当の美少女となるだろう。
「私ね、ひろが来る二時間くらい前からね。必死に料理をしてたの」
エプロン姿の女友達は言う。
そんな彼女は今でも十二分に美少女ということで、学校内では通用している。
多分、皆知らないのだ。
東城夢。その彼女が料理下手だということを。
だからこそ、表面上の容姿だけで評価しているところがあるのだと思う。
夢を採用した飲食店のバイト先の店長も確実に容姿だけで選んだはずだ。
そうとしか思えない。
「この前ね。バイト先の店長からレシピを貰って、そのお店の料理を作ってみたの」
刹那、彼女の家のリビングに入るなり、謎の黒い霧状のようなものが出現し、不穏な空気感が漂う。
何かがおかしい。
確実に。
ふと思う。夢は以前、飲食店でバイトすると言っていた。が、ただの飲食店ではなかったのだ。
ファミレス風の飲食店らしい。
ゆえに、家族ずれのお客が多いということになる。
それは本当にヤバい。
死人が出るかもしれないからだ。
「ひろ? ひとまず、こっちの席に座って。今から料理を持ってくるからね♡」
エプロン姿の夢は、食事用のテーブル席へと浩紀を案内する。
その椅子は拷問椅子のように思えてならない。
一見普通の木製の椅子に見るものの、室内を覆う黒い霧が、余計に拷問器具のように引き立てる。
おっぱいが程よく大きいのは素晴らしいこと。ただ、おっぱいが良かったとしても話は別だ。
「絶対に美味しいって言わせてあげるから」
そう言い、夢は背を向け、キッチンの方へ向かっていく。
彼女が向かった場所の入り口からは、黒いオーラが放たれているような感じだ。
魔女が作り出す、悪魔の実験室なのだろうか?
わからない。
けど、本能的に感じる命の危機。
戦場に行ってくると、友人の真司には伝えたものの。
それ以上かもしれない。
戦場という言葉では片づけられないと、今思った。
「……」
本当に食わないといけないのか……。
逃げたいと切実に思う。
夢と休日を共にできることは嬉しいものの、料理以外で訪れたかった。
料理経験のない浩紀には、そんな指導はできなかったとしても、一応、妹の友奈から試作品の隠し調味料を貰ってきているのだ。
友奈曰く、明日までにはちゃんとした隠し調味料を作ってくれるらしい。
本当に今は、妹の存在が最後の砦のように思えた。
浩紀は夢のいない時を見計らい、リュックから隠し調味料を取り出そうとする。
「……あれ?」
リュックの中をかき混ぜるように探る浩紀の顔は青ざめてしまった。
内心がドキッとし、恐怖心を抱いてしまう。
心が痛む。
誰かに臓器を掴まれ、引っ張られているような苦しみの感情。
……や、ヤバい。持ってきてない。
え……ちょっと、待って。なんで?
浩紀は焦り、リュックの中を覗き込んで確認する。
昨日の夜。確実に友奈から試作品の隠し調味料の入った小型のシリンダーを貰ったはずだ。
ど、どういうことだ……⁉
吐き気を催した。
唯一の希望として、先ほど先輩と一緒に購入したクッキーの残りがある。
まだ余りがあり。
それを口にしながら、夢の料理を食べようと試みた。
「これで、ひとまず安心かな」
「え? 何が安心なの?」
「へ? あ、いや、なんでもないよ」
浩紀は本能的に返答し、体をビクつかせた。
突然の夢の問いかけに、心臓が飛び出そうになったのだ。
右側へ、ゆっくりと視線を向ける。すると、トレーを両手で持つ夢の姿があった。
夢はトレーに謎の黒い物体を置いていて、笑顔を見せ近づいてくるのだ。
「私ね、ハンバーグを作ってみたんだけど。味見してほしいの。あと感想も欲しいな♡」
浩紀の隣にたどり着くなり、夢はトレーに乗せた黒い何かをテーブル上に置いた。
先ほどハンバーグと言っていたことで、多分、この黒い塊はハンバーグなのだろう。
「……」
や、ヤバい……。
匂いが……あれ? そうでもないな。
中学時代の調理時間に感じた汚染のような異臭はしなかった。
もしや、夢って、技術が上がっているのか?
あれから数年ほど経過しているのだ。
見た目は黒い塊かもしれないが、味の方は普通に美味しいのかもしれない。
「早く、味見して。私が食べさせてあげよっか?」
夢は椅子に座っている浩紀の真横に佇み、彼が食事するところをまじまじと見つめているのだ。
「え? いや、自分で食べるよ」
浩紀は慌てた感じに、テーブルに置かれていた箸を右手にし、暗黒物質――ダークマターと対峙する。
「……」
匂いは普通。
異臭もしないし……。
いや、なんで、料理から放たれる異臭について気にしないといけないんだよ。
浩紀は内心、自身にツッコミを入れつつも、黒い塊を砕くように箸でつかみ取る。
固いな……。
大丈夫なのか?
やっぱり、不安になった。
「ねえ、ねえ、早く味見して♡」
エプロン姿の夢は、自然な笑みを見せているものの、その表情は悪魔の微笑に思えてしまう。
彼女からまじまじと見られていると、クッキーを口に含めることもできず、直でダークマターを口にしなければいけないようだ。
多分、大丈夫だ。
異臭はしないから……大丈夫。
何度も自己暗示をしたのち、箸で摘まんでいた、それを思いっきり口にした。
「――⁉」
浩紀は一瞬、無言になる。
息が止まったように、声を出せなくなった。
不味い……。
匂いはキツくないが、とにかく不味いのだ。
中学時代の時のように、まったく食べられないということはないのだが、お客に出せるほどのクオリティではないと思った。
「ねッ、どう? 美味しい? もしかして、美味しくて、驚いちゃってる?」
彼女は自分の料理の腕を過信しすぎている。
浩紀は苦笑いを浮かべるだけだった。
「えっとさ、逆に夢はさ。この料理食べてみた?」
「うん。食べたよ」
「それで、どうだった?」
「普通に美味しかったけど」
「……そ、そっか」
夢の満面の笑顔を見てしまうと、“味覚おかしいと思うよ”とは口にできなかった。
「……」
多分、友奈の隠し調味料さえ完成すれば、現状、夢の料理はマシになると思う。ヴィジュアルの方はどうにもならないが。
「お昼時だし、私も一緒に食べよっかな」
と、夢は浩紀の隣の席に座り、箸を持ち、先ほど浩紀が口にしていたハンバーグを少しだけ摘まむように食べていた。
夏芽先輩に並ぶほどの美少女と一緒に食事できていると思えば勝ち組かしれない。
浩紀はデパートの試着室前で、カーテン越しに告げた夢の言葉を思い出し、たとえ不味かったとしても、一緒に食べてあげるのだった。
でも……やっぱ、き、きつい……。
吐きそうになった。
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