第10話 お兄さんッ…お帰りなさい♡

 部活らしいことが終わり……?

 どちらかと言えば、水泳部の先輩と会話していただけの気もする。

 まともな練習でもなく。

 浩紀も、そこまでマネージャーらしいことをしているわけでもなかった。


 ただ、夏芽先輩の巨乳を背中で感じることはできたのだ。

 それは大きな前進だと思う。


 いずれかは、先輩のおっぱいを直接見たいと考えている。

 その野望の一つが、今月になってから少しずつ叶い始めているような気がするのだ。


 自身の手の平で感じること。

 それを目標に、マネージャーとして頑張っていこうと志すのだった。


 そして、自宅に到着した浩紀は、玄関のドアノブに手をかけ、開けるのである。


 俯きがちに入った。

 ふと、とある匂いが漂う。


 どこか、雰囲気の違う印象。

 いや、空気感が変わったような気がしたのだ。


 空気感が変わるとは……。

 自分自身でもよくわからないが。

 外から家に入ったからではなかった。

 なんと表現すればいいのかわからないものの、何かがおかしいのである。


「お、お兄さんッ、お、お、お帰りなさいッ」


 ふと、顔を上げる。

 浩紀の視界の先には、いつもの妹がいた。


 いつもの妹で会って、いつもの妹ではない恰好。

 なんせ、友奈は黒色の上下の下着を身に纏い、両手で胸元を隠しただけの姿。

 彼女は俯きがちに頬を赤らめ、口調がちょっとばかし、おかしくなっていた。


「ど、ど、どうした⁉ そ、その恰好⁉」


 浩紀は今、謎の空気感の正体に気づくことができた。

 あれは、空気感が違うというよりも。友奈から大人っぽい香水の匂いが漂ってきたから、そう感じたのだろう。


「わ、私ねッ、その、お、お兄さんに好きになってほしいから、色々と考えた結果ね。下着姿で、お兄さんを出迎えることにしたのッ、ど、どうかな? この格好?」


 妹は熱でもあるんじゃないかってくらい、顔を真っ赤に染め、浩紀の反応を伺っている。

 チラチラと視線を合わせてくる友奈。


 なんて、答えればいいのだろうか?

 気恥ずかしく、返答に困る。


「十分魅力的だと……思うけど? もしかして、俺が帰宅するまで、ずっと、そんな恰好だったの?」

「は、はいッ、そうです……でも、お兄さんが気に入ってくれたなら。いつもこの格好で、お出迎えを」

「い、いいよ、そういうのはさ。俺以外の人に見られたら、どうするんだよ」

「それは……お兄さんが責任を取ってください」

「な、なんで⁉」

「なんでもですッ……それと、夕食もできていますので早く来てくださいね♡」


 そう言う友奈は背を向け、リビングの方へ、軽く走って向かっていく。

 羞恥心を抱くくらいなら、普通にしていればいいのにと思う。


 浩紀は一旦、靴を脱ぎ、家に上がり、背中から下ろしたリュックを手に持ったまま、リビングの扉を開けた。


「お兄さん、こっちです……」

「⁉」


 今、妹の友奈はエプロンをしている。ただのエプロン姿ではない。

 先ほどの黒い上下の下着の上からエプロンをしているのだ。 


 こ、これは……下着エプロンか?

 制服エプロンでもなく、裸エプロンでもない。

 下着とエプロンの組み合わせなのだ。


「ど、どうしましたか、お兄さん?」

「い、いや……な、なんでも」


 一瞬、血の繋がった妹に、心を奪われそうになっていた。

 それほど、浩紀の心に新しい革命が起きた瞬間だったのだ。


「では、お兄さん? こちらへどうぞ。今日は、おろしハンバーグと、ポテトサラダ。フライドポテト。それから、白いご飯と、コーンスープです」

「あ、ありがと」


 トレーを胸に抱えて持っている妹は、リビング前に佇む浩紀を誘導し、いつもの席に座らせたのだ。


 す、すごい……。

 お店並みの豪華さに圧巻する。


 浩紀は妹の料理力に感銘を受けつつ、テーブルに置かれた箸を手に、いただきますと、友奈に聞こえるように言った。

 料理を作ってもらったのだ。その発言は、礼儀というもの。


 浩紀が箸でハンバーグに触れようとした直後――

 右隣の席に、恥ずかしそうにトレーで胸元を隠した妹が座る。


「お兄さん? ちょっと待ってください」

「え? な、なに? ダメだった?」

「違います」

「ん?」


 友奈は何かを伝えようとしているが、口をもごもごさせ、何を言いたいのかわからなかった。


「その、わ、私が食べさせてあげますから」

「⁉」


 妹からの衝撃的な一言。


「私、お、お兄さんがよければ、く、口移しでも……いいですけど」


 友奈は上目遣いで、チラチラと浩紀の様子を伺っている。


 こ、これはヤバいッ‼

 浩紀の心は今まさに破裂しそうだった。


 実の妹に対して嫌らしい視線を向けたことはなかったが、この頃、可愛らしく思うのだ。

 どうしたらいい。

 この感情をどうしたらいいのかわからないのだ。


 怖い。

 血の繋がった妹に手を出してしまいそうで、内心怯えていた。


「お兄さん? 大丈夫?」


 上目遣いの友奈は、頬を紅葉させ、不安そうに見つめてくる。


「だ、大丈夫だとも。あ、ああ……」


 心臓の鼓動が早くなっていく。

 浩紀は箸を持っていない方の手を自身の胸に手を当て、深呼吸をする。


「私が、あーんしてあげますから。何から、食べたいですか?」


 箸を持ち、様子を伺う姿勢の妹。

 エプロンからチラッと見える、黒色のブラジャーばかりが瞳に映る。


「お兄さん……ど、どこを見ているんでしょうか?」

「い、いや、俺は別に……」


 相手は、妹なんだ。

 血の繋がった歴とした妹なのである。


 冷静になれと、浩紀は何度も心に訴えていた。

 一線を越えてしまったら、色々な意味で戻れない。


 それに、友奈は貧乳なのだ。

 巨乳以上のおっぱいにしか魅力を感じない浩紀は、自己暗示をかける。

 妹は貧乳なのだと――


「では、自信作のおろしハンバーグから。お兄さん、あーんして?」


 隣に座っている友奈は、箸で一口サイズにしたハンバーグを口元へと近づけてくる。


「はい、口を開けて?」

「あ、ああ」


 浩紀は口内で咀嚼し、ごっくんする。


 美味しい。

 それが第一の感想だった。

 見た目や匂いからして、美味しそうだったが、口にして改めて思う上出来さ。

 次第に、おろしと、ハンバーグの肉厚が口内に広がっていくのだ。


「どうです? お、お兄さん? 私ね、今日家に帰ってからすぐに作ったんです。よろしければ、感想をください」

「お、俺の口に合ってるよ」

「本当? 嬉しいです♡」


 妹は微笑んでいる。


 浩紀はその表情にドキッとした。

「……」


 気づけば、友奈からジーっと見られている。


「どうした?」

「美味しかったら?」

「美味しかったら? なに?」

「もうー、お兄さん、鈍いです。お礼として、私の頭を撫でてください」


 な、撫でるのか?

 浩紀自身も驚きを隠しきれなかった。


 でも、頬を膨らまし、不満げな妹の顔を見続けたくない。

 特製のおろしハンバーグは上出来だ。

 褒めるのに値する。


 浩紀は兄らしく、下着エプロン姿の友奈の髪を優しく撫でるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る