第11話 終焉に向かう足音が聞こえるような気がするのだが…

「あのね、ひろ? 昨日の事なんだけど」


 今、浩紀の席近くに佇む、東城夢が話し始めた。


「う、うん……」

「真司に紹介されたバイト先に面接に行ってきたの」

「そ、そうなんだ……」

「それで、受かったの」

「よ、よかったじゃん」


 一時限目の授業終わりの休憩時間。

 教室内。自分の席に座る浩紀は、適当な感じに、気まずげに頷いた。

 なんせ、遠くの方から悍ましい視線を感じるからだ。


「ねえ、ひろ? 聞いてる?」

「き、聞いてるよ……」


 強い視線。睨まれている感じで、浩紀は心が委縮してしまうようだった。

 謎の敵と戦い、今まさに葛藤を感じていたのだ。


 ただ、学年一の美少女の夢と一緒にいる時だけは攻めてこない。彼らは、夢がいる前では、いい人のフリを演じたいからだ。

 でも、そんな見え透いた態度なんて、とっくに夢にはバレているのに。しょうもない奴らだと内心、感じていた。


「ねえ、ひろ?」

「ごめん。話すならさ、別のところに行かないか?」


 けど、ずっと、彼らに睨まれているのも怖い。環境を変えたくなったのだ。


「べ、別のところ? まさか、私に」

「いや、そんな変なことじゃないよ。ここで話すとさ、色々と危ないし。特に俺が」

「そうなの?」

「ああ」


 もしや、夢は現状に気づいていないのか?


 浩紀は先ほどから教室内の男子生徒らから睨まれているのだ。

 もう少し、夢には、自分の立場と周辺に目を向けることも覚えてほしい。

 内心、懇願していた。






 浩紀と夢は、別々に教室を後にしたのだ。

 二人同時に行動すると、クラスメイトから後をつけられ、どこか見えないところで拳が飛んでくるかもしれない。


 浩紀が自然な感じに、今いる二階の教室を出、三階へと向かうのだ。

 その場所には生徒会室がある。

 問題があったとしても、多分、その役員らが助けてくれるだろう。

 そんな考えで、三階を話し合いの場に指定したのだ。


「ひろ? それで、さっきの話の続きなんだけどね」

「うん」


 二人は三階廊下の壁に寄りかかり、横に並んでいた。

 これで冷静な気持ちで、夢と会話ができるというもの。


「私、バイトに受かったって言ったでしょ?」

「うん。聞いてた」

「それで、練習相手になってほしいの」

「練習相手?」

「うん。いいかな?」


 夢は頬を赤く染め、両手の指を絡ませながら、上目遣いで誘ってくるのだ。


「い、いいけどさ……」


 な、なんだ、可愛く見えるのだが……。


 単なる女友達という関係であり、本格的に付き合いたいとは思ったことはあまりなかった。

 浩紀は視界に映る夢の仕草などに、正直ドギマギしていたのだ。

 こんな心境に陥るなんて。


「いいけどなにかな? いいってこと?」

「う、うん……でも、練習相手って何? どういうことをすればいいの?」

「それはね」

「それは?」

「私の料理を食べて、評価をしてほしいの」

「⁉」


 浩紀は後ずさった。

 動揺を隠せず、視線をキョロキョロさせ、どこを見ればいいのかわからくなる。


「どうしたの?」

「い、いや……なんというか。というかさ。夢が受かったって言うバイト先って、飲食店なの?」

「そうだよ? それが何かな?」

「……な、何でもない……」


 浩紀は夢の可愛らしさと、今後生じるであろう悍ましい惨劇を胸に、一瞬、瞼を閉じてしまった。


 こ、これは……現実なのか?

 夢が……飲食店?

 正気か?

 その店の店長は、正気なのだろうか?

 もしや、夢の美少女あふれる容姿だけで採用したのか?


 それに関しては定かではないが、真司も真司だ。

 なぜ、夢を飲食関係のバイトに紹介したのだろうか?

 これから、悲劇が待ち受けているかもしれないのに……。


「どうしたのかな? ひろ、顔色悪いよ?」

「な、なんでもないんだ」


 浩紀は瞼を開けると、瞳に夢の心配げな、その表情が映る。

 これはどうにかしないと。


「そのバイトね、今度の日曜日からなの。だからね。明日、土曜日でしょ? 私の家に来てくれない? 一応ね、店長の方から何を作るのか教えてもらったから、色々と料理をしたいの」

「う、うん……」


 ヤバい……。

 店長に伝えてやりたい。

 夢は絶望的に、料理が下手だということを。


 中学生の頃からそうなのだが、夢が作る料理はすべてダークマターのように、黒い暗黒物質になってしまうのだ。


 どんな料理を作っても、黒い塊状になるのである。

 たとえ、液体状のカレーを作ってもだ。

 奇跡としか言いようがない。


「本当に、そこで働くのか?」

「そうだよ。店長もいいよって、笑顔で答えてくれたよ?」

「そ、そっか……その店長の前では料理したのか?」

「簡単な料理だけどね。オムライスは作ったわ」

「店長はなんて?」

「特に何も言われなかったけど、笑顔を見せてくれたよ」

「……そ、そっか。な、なら、大丈夫なのか、な?」


 浩紀は苦笑いを浮かべた。


 夢には本当のことを言いたい。

 でも、彼女を傷つけてしまいそうで、本音は口にできなかった。


「本当に楽しみ♡ 人生初めてのバイト♡」

「楽しみだったら、何よりだよ……」


 どうしたらいいのか困惑し、浩紀はただ苦笑いを浮かべるしかできなかった。


 だがしかし、本当に夢が、その飲食店でバイトをしてしまったら、その店内で世紀末が生じるかもしれない。

 次の日曜日までに何とかしなければ。


「私からのお話は以上なの。後のことはスマホに連絡すると思うから楽しみにね♡」


 夢は愛らしく、可愛らしい口調で言い、走ってその場から立ち去っていくのだった。

 その足音は、終焉の前触れのように感じてしまう。


 何事もなければいいのだが……。






 夢と会話した日の放課後。自宅近くの曲がり角で、バッタリと妹の友奈と出会う。

 友奈は学校帰りに地元のスーパーに立ち寄ってきたようで、買い物袋を両手で持っていたのだ。


「お兄さんも、今から帰宅ですか?」

「ああ、今日はそこまで何もなかったからな」


 水泳部のマネージャーとしての活動もなく、普通に帰宅することになったのだ。


「お兄さん? 今日は魚系の料理にしますからね」

「魚?」

「はい。丁度、今日はスーパーでセール品になっていましたので」

「そうなんだ。魚か、それもいいな」


 浩紀は夕食のことを考え、ワクワクしていた。妹の手作り料理を口にできることに。


 刹那、思う。

 料理と言えば、夢の件である。

 彼女が飲食関係のバイト先で料理をして振る舞ってしまったら、お客の命が危ないと。


「あのさ。友奈?」

「なんです、お兄さん?」

「なんというか、どんなに不味い料理でもうまくなるモノってないか?」

「不味い料理をうまくする方法ですか? 私の料理、本当は美味しくなかったんですか?」

「違うよ。友奈の事じゃなくて、夢の事なんだ」

「夢姉さんの?」

「うん。夢がさ、飲食店でバイトするって」

「……そ、それは、ヤバいですね」


 友奈もその事態に直感的に察しがついたようだ。

 表情が暗くなり、体を震わせていた。


「緊急事態ですね」

「だからさ、何とかならないか? 調味料で誤魔化すとか」

「……一応、方法はあります」

「あるの?」

「はい。でも、一日は時間が欲しいです」

「一日か? まあ、夢がバイトをするのは二日後だし、ギリギリかな?」

「でしたら、大丈夫そうですね」

「具体的にどうするんだ?」

「それは秘密です。でも、奇跡の調味料とは言っておきましょうか」

「奇跡の調味料?」

「はい。それを入れれば、どんなものでも美味しくなるんです」

「そっか。一日で出来るなら、お願いするよ」

「任せてくださいッ」


 友奈は自信満々に言いきり、胸を張っていた。


「その代わり、私が今持っている買い物袋を持ってくれませんか?」

「わかった。それくらいはするよ」


 と、浩紀は妹から買い物袋を受け取ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る