第9話 放課後の今、水着姿の先輩と二人っきりだけど…

 放課後の今。

 二人はプール近くの個室にいた。


 部室とは違い、壁の方にはロッカー。奥の方には中がハッキリと見えない窓。そして、長椅子しか置かれておらず、あっさりとした光景が広がっている。


「ねえ、なんかさ、噂になってなかった?」


 それを言うのは、水着姿の夏芽先輩。彼女はスク水を身に纏い、長椅子に座り、そこに佇む浩紀を軽く見上げていた。


「なってますから……もしや、また先輩が?」

「違うよ。何も言ってないし」


 先輩は、浩紀が困っている顔を見るのが好きなようで、ニヤニヤしていた。


「趣味が悪いですよ。俺からしたら、生きた心地がしなかったですから。はああ……」


 浩紀は大きなため息を吐き、先輩に背を向けるように、長椅子に腰を下ろす。


「まあ、噂になった理由としては、多分、あの二人と一緒に学校に登校したからだと思いますし」

「あの二人?」

「クラスメイトと、妹のことですよ。先輩は学校内で、一番の美少女なんで名前を言わなくてもわかるでしょうけど」


 浩紀は面倒がちに言葉を吐く。


「……あの子らね」


 先輩はわかった感じに頷き、考え込む仕草を見せていた。


「ねえ、浩紀はその子らとどんな関係なの?」

「関係って、普通の……関係ですけど……」


 本当は成り行きで付き合っていることになっている。

 けど、そんなこと言えない。

 背を向け合っている今、バレるかどうかで、胸の内をドギマギさせていた。


「もしかして、付き合ってるとか?」


 背後から胸の感触――

 先輩が背後から抱きついてきたこともあり、その二つの膨らみが強引に浩紀の背中に接触する。


 しかも、耳元で息を吹きかけるように、こっそりと話しかけてきているのだ。

 急な対応に、浩紀の心臓は飛び上がりそうになった。


「な、な、な、なんですか⁉ 先輩⁉」

「別にいいじゃん。今、二人っきりなんだし」

「で、ですけど……」


 心臓の鼓動が早くなった。


「ねえ、もしかして、緊張してる?」


 先輩は軽く笑い、スク水姿の先輩は話しかけてくるのだ。


「そんなの聞かなくても……」

「なんかさ、浩紀の体、ちょっと熱くなってきてない?」

「……そ、それは、密着してるなら。誰だってそうなりますよ」

「それだけ? それだけの理由かなあ?」


 先輩が悪戯っぽく言い、浩紀の右耳を軽く甘噛みしてきた。


「⁉」


 体をビクつかせ、さらに胸の内が熱く火照り始める。


「……」


 浩紀の頬はカアァと赤く染まり、一旦瞳を閉じてしまうのだった。


「あー、やっぱり、体を密着させてるだけじゃないんでしょ? この体の熱さ」

「……」

「もう少し素直になったら? 浩紀ー、いつまで真面目ぶるのを続けるの?」

「……真面目ぶるとかじゃなくて……ま、真面目なんです……」


 浩紀はおどおどした口調で反論するかのように言い返し、胸の鼓動の高鳴りを必死に抑えようとしていた。

 けど、無理だ。


 なんせ、背中には、先輩のおっぱいが――

 おっぱいという言葉だけでは抑えきれない。


 巨乳だ。

 うん、その言い方の方がしっくりとくる。


 あああ、そんなの反則だって。

 浩紀は心の中で悲鳴を上げた。

 スク水という、布一枚で隠された豊満な膨らみの感触に興奮を抑えきれない。


 浩紀はまだ先輩の全裸を見たことはなかった。が、この前、前かがみになった先輩の谷間を見たことはある。

 見たというよりも、見せられたというのが正しいかもしれない。


「……」


 浩紀は緊張のあまり言葉を出せない。

 背中にはすでに、念願のおっぱいがある。


 けど、近い存在なのに見れないのだ。

 見るためには、真面目ではなくなること。

 それが先輩から打ち出された条件。


 まだ、真面目な状態でいたいのだ。

 そのような心内だと、やはり、先輩の素のおっぱいを拝むのは、もっと先になってしまうかもしれない。


「ねえ、何か話そうよ。ねえ、ねえ」


 先輩は先ほどよりも、おっぱいを押し付けてくる。

 さらにおっぱいの大きさを背中で把握できるようになった。


「せ、先輩には好きな人がいるんですよね?」

「ええ。そうよ」

「だったら、こんなことしてもいいんですか? たとえ、練習相手だったとしても」

「私は別に構わないけど」

「……先輩は、どうして俺なんかに」

「俺なんかって、そういうことは言っちゃだめだよ♡」


 優しく言う。

 浩紀の心内を把握しているかのような発言の仕方だった。


「なんで、優しくするんですか?」

「別にいいじゃん。色々と手伝ってもらってるわけだし。そりゃ、優しくするでしょ?」


 先輩はさらに背後から抱きしめ、耳元で囁く。


「……」


 浩紀は、先輩からすれば単なるマネージャーのような存在。

 けど、マネージャーという割には、特に部活の手伝いをしているわけではない。

 どちらかというと、先輩の話し相手になっているだけだ。


「もし、先輩が好きな人に告白して付き合うようになったら。俺は、先輩のマネージャーとしての役割は終わりですか?」

「……」


 先輩は考え込むように押し黙る。


「それはどうかなぁ?」

「それでも続けるんですか?」

「それは、その時次第かな? 浩紀はどっちがいい? 続けたい?」

「……俺も、その時次第になるかもしれないです」

「まあ、私が好きな人と付き合うことになるのは、もっと後だと思うし。今、そこまで深く考えなくてもよくない?」


 先輩は軽く笑い、距離をとるように浩紀から離れ、背を向けるように再び長椅子に座り直したのだ。


「……」

「……」


 再び訪れる、無言の環境。

 プール近くの個室。そこには誰も訪れることなく、未だに二人っきりのひと時を過ごせていた。

 おっぱいの大きい先輩と、どんな形であっても付き合えているのは嬉しい。

 たとえ、マネージャーという立ち位置だったとしてもだ。


 夏芽雫先輩は学校一の美少女。

 それに部活柄、露出度の高い水着を身に纏うことだってある。

 男子生徒からの人気は、入学当初から衰えることなく常にトップクラス。

 付き合っていることを口にしてしまったら本当に終わるだろう。


 浩紀はふと思うことがあった。

 先輩の好きな人は誰なのだろうと。

 この学校に通っている人なのか、別の学校か、はたまたそれ以外か。

 浩紀の中で色々な憶測が飛び交う。


「ねえ、浩紀?」

「? な、なんでしょうか先輩……」


 音のない環境が、先輩の発言により、打ち砕かれる。

 突然とも言うべきか――


 浩紀は先輩同様、背を向け合ったまま話を聞くことにしたのだ。


「浩紀。今度、どっかにいかない?」

「どこかとは? 合同練習とかの付き添いとかですか?」

「んん、違うの……」


 なぜか、ぶっ飛んだ言動の多い先輩は今、しおらしい話し方になっていた。

 どうしたんだと思う。


「新しい水着が欲しいんだけど。隣街のデパートまで行かない?」

「隣街ですか?」

「うん」


 先輩が水着を買うだと……。

 ということは、着替えているところを見れる瞬間が?

 真面目を装っている浩紀だったが、次第に鼻息が荒くなってしまう。


「なにー? もしかして、変なこと考えてた?」


 先輩は隣並ぶように座り直すと、浩紀の左頬を軽く指先でつつくのだ。


「ち、違いますッ」

「もうー、今のシチュエーションだったら、君の変態なところを目撃できると思ったんだけどなあ、ガッカリだよー」

「って、さっきのは演技だったんですか?」

「そうだよ。本当だと思ったの?」


 先輩はニヤニヤと笑う。


「違いますって……ということは、水着を買いに行くのも嘘、ですか?」

「んん、それは本当。今度の休みに行こうね。浩紀♡」


 夏芽先輩からの優しい問いかけと笑顔に、浩紀はドキッとし、さらに胸の内が熱くなっていくのだった。

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