第30話 夏芽先輩との個室内での食事…そして、先輩は…
昼、一時になるちょっと前の時間帯。
浩紀は、夏芽先輩と共に飲食店内にいた。
弁当でありそうな食材を提供している、食事処風な、変わった感じのお店である。
先ほど、割烹着姿の女性店員から説明を受け、今から食事に移ろうと個室部屋の床から立ち上がろうとした。
が、どうやら、右隣にいる先輩の様子がおかしい。
やはり、悩んでいるのは明白であり、理由を聞いた方がいいのかもしれなかった。
素直に話してくれるかどうかはわからないが、もう一度聞いてみようと思ったのだ。
「先輩? 大丈夫ですか?」
「……うん……」
元気のない口調。
話しかけたものの、ハッキリとした話し方ではない。どこか、戸惑い、表情が暗く。けど、頬を紅葉しているような感じである。
熱があるのかとも疑い、浩紀は先輩の頬や額に手を当ててみた。
「な、なに⁉」
夏芽先輩の驚き具合は、いつも以上である。
慌てた感じの態度であり、逆に浩紀自身も困惑してしまうほどだ。
「……」
気まずくなってきた。
先輩の容体を確認したことがきっかけで、場の雰囲気が変になったのだ。
今は二人っきりの個室空間。
先ほどまで合わせられていた視線を、浩紀は合わせられなくなっていた。
どうしたら……。
けど、ここで立ち止まってはいけない。
浩紀は勇気をもって、高鳴る心臓の鼓動をうまく抑えつつ、先輩の方へと、視線を向けたのだ。
「えっと、先輩は悩んでいるんですよね? 困ってるなら聞きますけど?」
「……後輩のくせに……」
「そんなことを言うなんて、先輩らしくないですね」
「……別に……そうじゃないけど……」
夏芽先輩は、子供のように不満げな顔を見せる。
「話した方がいいような」
「……まあ、その、話してもいいの?」
「はい」
浩紀は決心を固め、ハッキリと言い切ったのだ。
先輩のために何かをしたいという思いがあった。
「あのね……私、さっき、プールにいる時ね。変な人に絡まれたの。まあ……浩紀も知ってると思うけど。さっき、プール施設内が騒がしかったでしょ?」
「はい。さっきもその話は聞きましたけど。ナンパとか、そんな感じのをされたんですよね?」
「……うん」
先輩は浩紀の右腕を触ったまま、軽く頷いた。
けど、それだけじゃなさそうな雰囲気である。
奥深く追及するために、浩紀は問う。
「けど、ナンパされて絡まれていた程度じゃなさそうな雰囲気だったんですが?」
「そ、そうね。最初は、ナンパをされて……普通にしゃべってたんだけど。それで、一緒に泳ぐことになってね。けど、執拗に絡んでくるものだから、強い口調で言いきっちゃったの。あの人たち、水泳経験があるから、練習になると思っていたんだけど、全く泳ぐことしなかったし。それどころか、余計に体を触ってくるし」
「そうだったんですか?」
「うん」
夏芽先輩は大人しく頷く。
普段よりも元気がない。
多くを語らせてしまったことで、逆に気分を悪くさせてしまったかもしれないのだ。
今、右隣にいる先輩は涙目になっている。
普段は見たことのない表情。
プールの水で濡れているとか、そんなことはまずない。
そもそも、ここはプール施設ですらなく、飲食店の個室内なのだから。
浩紀は、これ以上、余計なことを言わず、さりげなく先輩の頭を撫でてあげたのである。
「――⁉」
先輩は驚き、目を見開いて、ドキッとしたかのように頬を紅葉させていた。
「な、な、なに、してるの?」
「何って、少し撫でてるだけですから」
「な、なんで……私、浩紀より……年上だし……」
「けど、いいじゃないですか。普段は妹にもやってたりしますけど」
「妹って……私は年下じゃないし……」
先輩は嫌そうな態度を見せるものの、距離を取ることはしない。
それどころか、さらに浩紀の右腕に抱き付いて顔を隠そうとする。
「……今はこれでいいですから」
「う、うん……」
先輩は軽く頷いたのだった。
これで、ようやく悲しい感情が収まっただろうか?
心が落ち着いてくれたのならいい。
夏芽先輩は優しく瞼を閉じて、浩紀に抱き付いたまま。先輩の様子が落ち着き、浩紀もホッと胸をなで下ろすのだった。
「では……食べますか?」
「うん……」
浩紀は先ほど、夏芽先輩の分を含め、専用のトレーにおかず等を乗せて、再び個室に戻ってきたのである。
今、二人は個室床――畳に置かれた座布団の上に座っていた。
だが、先輩は食事をする時になっても、テーブルの反対側へと移動することなんてなかったのだ。
先輩は浩紀の右隣にいる。
腕に抱き付いてくるほどではないものの、距離感が近い。
そんな感じであった。
「先輩? もう少し離れた方が……」
「なんで?」
「なんでって」
「一緒に食事してもいいじゃない」
先輩は箸を手に持ち、トレーに乗っている食べ物を箸で掴んでいる。
「私が食べさせた方がいい?」
「いや、一人で食べられるんで」
浩紀は柔らかく拒否する。
先輩が元気になってくれたのはいいが、少々戸惑っているのだ。
「もう、普通にあーんしてあげるのに」
「それはいいですから……」
「どうして? お腹が減ってるんでしょ? それに、さっきはありがとね。私のどうでもいいような話を聞いてくれて」
「どうでもいいって。そんなことはないですけど。どうでもいいという割には、結構悩んでいたじゃないですか」
「そこまでではなかったし……浩紀が聞きたいって言うから話しただけだし……」
今の先輩は素直じゃない。
普段のような積極さもなく、少々頼りなさを感じてしまうのだ。
どちらかと言えば、浩紀の瞳に映る先輩は大人しい。
雰囲気的には良くなっているものの、心配である。
「……」
夏芽先輩と瞳が重なる。
そして、無言でかつ、強引な形で、箸で掴んでいる唐揚げを、浩紀の口元前に押し付けてくるのだ。
「食べてよ……お腹減ってるんだよね」
先輩が言う。
刹那、丁度いいタイミングで、お腹の音が鳴る。
「……」
「……」
二人は終始無言になってしまう。
先輩は唐揚げを浩紀の前に押し付けたまま、頬を紅葉させ、俯き始めたのだ。
「もしかして、先輩の方が、お腹が空いているんじゃないですかね?」
「……」
夏芽先輩は口元を強く締め切った後、緩める。すると、先輩は浩紀を上目遣いで見てきた。
どうしたのかと思っていると――
「私のお腹の音じゃないから……どうせ、浩紀のなんでしょ。だから、食べたら、ほら。口を開けてよ」
先輩は誘惑するように、唐揚げを押し付けてくるのだ。
このままでは拉致があかないと思い、口を開いて先輩の好意を受け入れることにした。
「どう? おいしい?」
「はい……」
「そっか……」
先輩はそう言うと、先ほど浩紀が口をつけた箸の先端を、先輩は舐めていたのだった。
浩紀は、その衝撃的な現状に声を出せず、胸の内がどぎまぎとしていたのだ。
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