第33話 これ以上、俺の彼女に迷惑をかけるなら、どこかに行けよ

「こんなのじゃ、謝罪じゃないだろ」


 喫茶店内に、威圧的な声が響く。

 どうにもならない状況に、そのお客らに対応していた女の子の店員が、おどおどしている。


 困った態度を見せていると、東城夢が同じ仕事仲間として助っ人として、その子の元へと駆け寄るのだ。


「お客様、店内では大声で叫ばないでもらえないでしょうか?」

「は?」


 大声を出していたお客の一人が、表情を変える。

 お客は椅子に座ったまま、夢を睨みつけるのだ。


「ちょっと、バックヤードの方に戻ってていいから」

「でも……」

「いいの。私が対処しておくから」

「はい……」


 夢の問いかけに、女の子の店員が申し訳ない表情を見せた後、背を向け、立ち去っていく。


「なんだよ。俺はさ、あいつに話があるんだけど?」


 再び、お客らから嫌がらせが始まろうとしていた。


「お話があるのなら、ここで私が承ります」

「いや、お前じゃないんだよ」


 と、そのお客は席から立ち上がり、夢の顔を見、睨んでくる。


「……ん? お前……どこかで?」

「どうかなさいました?」

「ああ、いや……俺の勘違いか?」


 そのお客は独り言をブツブツと口にしていた。


「辰巳どうしたんだ? お前、怖気ついたのかよ」


 近くの席に座っている別の奴が、辰巳という人物を茶化していた。


 辰巳はその迷惑客のリーダー的な存在らしく、兎に角態度でがデカい。

 そもそも、面倒な客だったら最初っから入店させなければいいだけ。けど、それができれば誰も悩む必要性なんてないのだ。


 辰巳は一見爽やかな感じであり、その裏の顔に気づくものはいない。

 最初に席へと案内した女の子のスタッフもまさか、こうなるとは思っていなかっただろう。


「違うから。そんなんじゃねえ。まあ、いいや。それより、俺らが注文したものに、髪が入ってたんだよ」


 そう言うと、辰巳はコップを夢に見せつけてくる。


「こちらの中ですか?」

「ああ」


 辰巳はニヤニヤしていた。

 次の瞬間、辰巳はコップの中にあるジュースをぶちまけるように、わざと夢にかけたのである。


「きゃああッ」


 夢の顔面にジュースが盛大にかかった。

 彼女は慌てて手で拭おうとするが、汚れが取れない。

 それどころか、顔につけていたメイクが流れてしまったのだ。


「あははは――」

「騙されてんじゃん」


 辰巳の近くに座っていた連れのような二人は、動揺する夢の姿を見て馬鹿にするように笑っていた。


 次第に、喫茶店の雰囲気も悪くなっていく。

 店内でかけられているBGMも悲しく感じてしまう。

 それほど、気まずい環境下であった。






 その光景を見ていた浩紀は腹立ってしょうがなかったのだ。

 それに辰巳と呼ばれる人物。

 そいつは、浩紀の人生を狂わせたといっても過言ではない。

 そもそも、辰巳こそが、浩紀の水泳人生にトラウマを与えた存在だったからだ。


 辰巳という名前に、一瞬胸の内が痛み。行動に抑制がかかる。

 一歩踏み出すのも怖かった。

 けど、夢が対応に困っているのだ。


 ジュースの液体もかけられ、悲し気な表情を見せている。

 夢の辛そうな姿を見てはいられなかった。

 浩紀はそこへ向かって歩き出そうとしたのだ。


「お兄さん?」


 背後から妹の友奈の声が聞こえる。

 問いかけのセリフであり、浩紀は振り向いた。


「なに?」

「行くんですか?」

「ああ……いかないとどうしようもないだろ」


 浩紀の決心は固まっていた。

 だから、多少怯えた口調になりつつも、夢のところへ行こうと、その場所へと視線を向けるのである。


 店内にいるお客も心配げに、問題となっている席を見つめていた。

 一般のお客の中には、今の気まずい空気感に耐え切れず、先早に会計を済ませ、店を後にする人までいたのだ。


 多くの人に迷惑が掛かっている状態。

 これは早急に対処したい。

 浩紀は進む。

 友奈を背に、問題となっている場所へと近づいていくのだ。






「ん? お前って、あいつか? 中学の時の東城か?」


 辰巳は、正面にいる夢を指さし、何かに気づいたようで、疑問気な口調になっている。


 夢のメイクは、ジュースの影響で流れ、素の状態に戻っているのだ。

 けど、メイクがなくとも、夢は夢であり、その可愛らしさは変わらない。


「辰巳? 知ってるんですか? その女のこと」


 連れから言われる。


「ああ、知ってるも何も、俺の中学時代のクラスメイト的な奴なんだけどさ」

「へえ、そうなんですね」


 連れは納得したように頷いていた。


「でも、まあ、お前みたいな奴が、こういうメイド風な店屋で働いているとはな」


 辰巳は笑いながら言った。


「……あなたには関係ないですよね?」

「あ? お客に向かって、その態度か? さっきまでの大人しさはどこにいったんだ?」


 夢は辰巳から胸倉を掴まれ、更に圧力をかけられる。

 男性の方から女性に手を出すなんてありえない行為。


「あなたたちはお客ではないです。害になるので、出て行ってもらえませんか?」

「……言うじゃねえか。まあ、お前がおとなしいままだったら、付き合ってあげようと思ってたんだけどな」


 辰巳は上から目線で言う。


「私は、あなたとは付き合う気もありませんし。それに、ここまで酷いことをする人のことは、私、お客だと思いませんから」

「……お前、ブスのくせに、調子乗るなよ。俺を誰だと思ってんだよ。ああ?」


 辰巳の表情が険しくなり、視線が鋭くなった。

 先ほどまでの適当な態度で、馬鹿にする感じではない。

 本気で怒りをぶつけている感じだった。


 店内にいるお客や他のスタッフも怯え、誰も助けてはくれなかったのだ。

 夢ももう終わったと、内心思っていた。






「…‥辰巳、やめた方がいいよ」


 その言葉が響いた。


「あ?」


 辰巳の力が一瞬緩み、夢から手を離す。

 そして、辰巳は声がする方へと視線を向けたのである。


「ん……お前、もしや、あいつか?」


 辰巳は気づいた。


「そうだけど……お前が覚えているとはな。ちょっと、意外だけど」


 浩紀は夢に近づいて言う。


「それとさ。夢はブスじゃないし」

「は? お前、狂ってんのか?」


 辰巳は彼を睨むのだ。


「狂ってないさ。狂ってるのは君の方だろ。中学の時よりも調子乗ってみるみたいだよね」

「は? なんで知ってんだよ。誰かからか聞いたのか?」

「いや、この前テレビで見ただけ。テレビ番組に取り上げられていただろ?」

「そうだが? まあ、俺はさ、お前らと違って優秀なんだ。別に調子に乗ってるわけじゃないけどな」


 辰巳が軽く笑っていた。

「あとな。夢は俺と付き合ってるんだ。君の口から、夢と付き合うとか言ってほしくないんだけど」


 浩紀の隣にいる夢は、ドキッとした表情を浮かべ、頬を紅葉させ俯きがちになる。


「……アホくさ。それを言いに来たわけか? まあ、いいよ。どうせ、そのブスに興味はないし。あげるから。それとさ。お前ら、帰るぞ。もうこの店には飽きた」

「もう帰るんですか?」

「でも、もう少し」


 連れの二人はまだ、殆ど食べてはいなかった。


 けど、雰囲気的に滞在できない環境下。

 連れも現状を察したようで、辰巳と帰ろうとする。


「あとこれ」


 辰巳はお金を適当にばら撒くように投げ捨てる。そして、連れと共に喫茶店内から立ち去って行ったのだ。


 次第に、喫茶店に流れていたBGMは軽快な音へと変わり、店内の雰囲気が元通りになっていく。


 そんな中、浩紀の隣にいた彼女――東城夢は、先ほどの浩紀のセリフに、脳内が混乱し、硬直したままだった。

 夢の硬直状態が解放されるのは、数分ほど先かもしれない。

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希薄な関係の実妹と、女友達のいる俺が、学校一の美少女と付き合うことになったら、おっぱいを見たり、感じたりする機会が増えたのだが⁉ 譲羽唯月 @UitukiSiranui

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