第26話 ゆ、夢? こ、この料理は…何かな?
「はい、これが新作なの」
――と、彼女は言う。
彼女とはクラスメイトの東城夢のことである。
夢は今でも、真司から紹介されたバイトを続けられているようだ。
むしろ、凄いと思ってしまう。
その店屋の店長は、一体どういった心境で雇い続けているのだろうか?
気になるところだ。
ただ、その店で死人が出たとか、不吉な噂は聞いたことがないので、多分、問題はないのかもしれない。
元々、夢はスタイルもよく、性格も明るく、人当たりもよいのだ。それに、おっぱいも多分、デカい。
以前、腕に感じた大きさは間違いなく本物だろう。
浩紀は考え込む。
そして、この前のことを思い出す。その店屋に訪れた際は、デザート中心に作っていたような気がすると。
そもそも、デザートの類であれば、調理というよりもメニュー表の写真と同じく盛り付ければいいだけである。
だがしかし、今回は、一般的な料理を店長から任されたらしく、手始めにその試作品となる料理を作ることになったらしい。
その試食担当として浩紀。そして、紐で胴体を縛られている、友人の真司が行うのである。
これはまさしく、最後の晩餐。
ガチの方での晩餐だろう。
し、死にたくない……。
いや、死には至らないと思われるが、食べたら死ぬという表現がしっくりくるレベルだ。
「……」
今、夢の自宅のリビング内。テーブルを前に、浩紀の左隣の席に座っている真司は青ざめている。
彼は先に行っているとか言いつつ、放課後、校舎から脱獄するかのように、勝手に帰宅しようとしていたのだ。
そういった経緯もあり、真司は胴体を紐で縛られ、椅子に固定されているのである。
「ねえ、二人とも食べないの?」
テーブルを挟み、その反対側の席に座る夢からの問いかけ。
彼女は優しく微笑んでいるが、一瞬、悪魔の笑みに見えてしまう。
怖い……。
夢の前世は、もしかしたら危ない魔法の薬を作っていた魔女だったのかもしれない。
浩紀は唾を呑み、正面のテーブルに置かれた、毛玉みたいものと対面する。
浩紀は紐で縛られていないことで、逃げようと思えば、夢の家から脱獄は可能だ。
だが、そんな言動を見せれば、友人と同じことをしたことになる。その上、夢を悲しませてしまうかもしれない。
友人と、女友達を同時に失うのは嫌だ。
「わ、分かった……た、食べるよ、夢」
浩紀は勇気を振り絞って言った。
「ひろ、そんなに真面目な顔しなくてもいいよ。食事中は笑顔じゃないとつまんないじゃない」
「そ、そうだな……」
確かに、食事中は一日の中で楽しい。
むしろ、食べることでストレスが解消されることだってあるからだ。
ここまで食べるかどうかで葛藤したこともないのだが、毛玉みたいな料理を口にする恐怖心を抱き始めていた。
「ま、まじかよ、食べるのかよ……」
「え? なに、真司?」
真司はポロっと、一番言っちゃいけない爆弾発言をする。
「い、いや、な、なんでもないです。なんでも」
真司は生きることに必死になっていた。
夢は真司を一瞥すると、浩紀へと視線を向けてきたのだ。
「ねえ、私が食べさせてあげよっか」
「え……⁉ い、いや、自分で食べるよ。なんというか、恥ずかしいし」
全力で拒否する浩紀。
「えっとさ……一つ質問なんだけど。この球体みたいなのは何かな?」
「それはパスタよ。ぱ・す・た‼」
「……⁉」
浩紀は二度見した。いや、三度から六度見くらいまでした。
それほど、予想の斜め上を行く料理であったのだ。
この毛玉みたいな料理が……あのパスタなのか⁉
浩紀は、その毛玉のような球体を、すんなりとパスタだとは認識できなかった。
でも、食べないという選択肢はない。
一応、今日は試食してみることが目的であり、食べて評価しないといけなかった。
「で、では……」
浩紀は箸を手にし、毛玉の中心部分に箸の先端をつけた。
「……」
浩紀は無言になった。
なんか、ちょっと固いな。
「あ、そうだよね。パスタには箸じゃなくて、フォークだよね。ごめんね、気が利かなくて」
夢は席から立ち上がり、キッチンへと向かって行く。
数秒後、彼女は戻ってくるのである。
二人分のフォークを持ち、浩紀と真司の近くに置くのである。
「はい、これで大丈夫でしょ?」
「あ、ああ……」
真司もようやく食べる気になったのか、口を開き、フォークを手にしていた。
「あのさ、夢?」
「なに、真司?」
彼女は席に腰を下ろしつつ、返答してきた。
「これって、夢は試食したのか?」
「うん、したよ?」
「ま、まじか……」
真司の顔はさらに青くなっていく。
恐怖心と苦しみに押し負け、食べる前から腹を壊してしまったかのような表情を見せている。
「はい、食べて、感想を聞かせてよね」
「あ、ああ」
真司はフォークをうまく使い、毛玉のようなものに突き刺し、絡ませ、強引に千切るように引っ張るのだ。
「……」
真司は怯えた表情で、決心を固めたかのように、フォークの先端についたモノを口に含んだ。
「……」
終始無言だったが。
真司はハッとした感じに目を見開き、何かに目覚めた感じの表情を見せたのだ。
「……⁉」
真司は何かを体の中で感じている。
「ど、どうした……真司?」
浩紀は一応、確認のために問う。普段と何かが違うので、どこかおかしくなってしまったんじゃないかと思ったからだ。
「いや、そんなに不味くない」
意外なセリフを口にする友人。本当に、この人物は真司なのかと、浩紀は疑ってしまった。
「え?」
「えって何よ、ひろ?」
「んん、なんでもない。なんでもないよ。俺も食べるよ」
浩紀は焦った感じに誤魔化し、フォークの先端にパスタを絡ませ、強引に千切るように引っ張ったのだ。
パスタを口にする。
「……⁉ こ、これは……⁉」
浩紀もハッと目を見開いた。
予想外の味。
本当に、夢が作った料理なのかと驚いてしまう。
「ねえ、二人とも、どう? 美味しい?」
「……」
「……」
二人は動揺していた。
衝撃を体に感じている。
予想外にも美味しかったと。
「お、美味しかったよ、普通に」
「なに? 普通にって」
「いや、そんな変な意味はなくて、その。美味しかったってことだよ」
浩紀は言い直したのだ。
「そう。じゃあ、作った甲斐があったわ」
夢は笑みを見せてくれた。
「夢の料理がこんなに美味しかったなんて……残飯みたいなものかと」
「え? 何かな? 真司? さっき、変なセリフが聞こえた気がしたんだけどなぁ?」
「え? いや、嘘、嘘だって、ジョークだよ。フォークだけに」
「……」
「……」
真司のよくわからないネタに、静まり返る浩紀と夢。
気まずい空気感が漂い。
真司は、視線を毛玉のようなパスタへと視線を移し、そのまま無言で食べ続けていたのだ。
「でも、あとは盛り付け方かな?」
気まずい空気感を打ち破るように浩紀は話し出した。
「盛り付け方?」
「そうだね。じゃあ、今から少しずつやってみる? 俺はそこまで料理は得意じゃないけど、友奈から教わったことあるしさ」
浩紀が席から立ち上がると、夢も立ち上がる。二人は真司を置いて、キッチンへと向かうのだった。
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