第20話 俺はどうしたらいいんだ…こんな姿、妹には見せられないだろ…
本当に水泳をしてもいいのだろうか?
浩紀はまだ、本当の答えにはたどり着けていなかった。
丁度今、夏芽先輩とのやり取りを終え、自宅に帰宅したところ。
玄関前に立ち、先ほどのことを軽く振り返ってしまう。
夏芽先輩はもう一度やってほしいと言っていたが、浩紀はまだ決心がつかないのだ。
過去のトラウマが、現在の自分を陥れる。
そんな気がしてならない。
浩紀を自宅の玄関扉のドアノブに手をかけた。
ドアを開け、中に入る。
「お帰りなさい、お兄さん」
玄関には、エプロン姿の妹が佇んでいたのだ。
妹――友奈の優しい笑顔で、浩紀は悩んでいた苦しみから、少しだけ解放されたような気がした。
「お兄さん、今日は帰宅が早いですね」
「ああ……まあ、そうだな」
「何かあったんですか?」
「いや、なんか色々とあって」
「そうですか。まだ、六時にもなっていないので、夕食の方はまだ出来上がってませんけど。どうしますか? お風呂にしますか?」
「いや、いいよ。そんな気分じゃないし。リビングのソファで適当に過ごしておくよ」
「わかりました。では、私、料理の途中なのでキッチンに戻りますね」
妹は背を向け、そこから立ち去っていく。
……友奈にさっきのこと話した方がいいのかな?
浩紀はモヤモヤした感情のまま、リビングへと向かっていくのだった。
夕食前の時間帯。
まだ、六時にもなっていないことから、テレビをつけても特にバラエティー番組すらない。
ただただ暇である。
ソファに座っている浩紀は適当にリモコンを弄り、番組を変えていく。
……まったくないな。
まあ、いいや。適当に流しておくか。
浩紀は何となくテレビ画面に映し出されている地元特有のローカル番組を見つつ、過ごしていた。
『今日紹介するのは、この人です』
テレビ番組のナレーターの紹介により、画面に映し出された人物。それは、浩紀にとって衝撃的なものだった。
涼しい顔を見せる、爽やかな少年。彼は中学時代、浩紀と同じ水泳部の所属していたクラスメイトの男子。しかも、とにかく思い出したくない存在だった。
なんせ、浩紀の中学時代に、中心となって嫌がらせをしてきた人物だからだ。
浩紀は押し黙ってしまう。
気分が悪い。
リモコンを使い、テレビ画面を一旦消した。
浩紀はテレビ画面を暗くした後、一人で黙り込んでいた。
先ほどのローカル番組に出ていた男子の顔を思い出すだけで、心の中が澱んでしまうほどに苦しくなる。
なんで、あいつが……。
なぜ、他人の陥れるような奴が、秀でた実績を残すようになったのか不思議でならない。
そいつは、今ローカル番組に出て、インタビューを受けている感じだった。
彼が口を開く前に、テレビの電源を消したことで、実際のところ何を言っていたかはわからない。
けど、無償に胸糞が悪くなる。
思い出したくない日に限って、なんで、あいつの顔を見てしまうのか、本当に意味不明だ。
浩紀は苦虫を嚙み潰した顔を見せてしまう。
「お兄さん? どうしたんですか? そんな怖い顔をして」
気づけば、ソファ近くには、エプロン姿の友奈が佇んでいた。
「え、ごめん。昔のことを……いや、なんでもない。友奈、さっきのことは忘れてくれ」
浩紀は誤魔化すように言い、ソファから立ち上がろうとする。
「お兄さん? 食事の方はどうしますか? もうできましたので」
「そうか……」
内心、苛立ってしまい、食欲が湧かなくなった。
今は部屋に戻りたいという思いが強くなっていく。
浩紀が背を向け、ソファから離れようとした時、友奈から右手を掴まれる。
「困っていることがありましたら、私、相談に乗りますよ?」
首だけ振り返り、彼女の瞳を見ると、その真剣さが伝わってくる。
けど、実の妹の前で変な姿は晒したくなかった。
隠したいという思いが強くなっていく。
「いいよ」
浩紀は適当に言い、友奈の掴んだ手を振り切ろうとする。が、妹はそう簡単に話してくれなかった。
「でも、お兄さんのそんな顔を見たくないので……お兄さん、家に帰ってきた時から。表情、暗かったですよね?」
「え⁉ な、なんでそれを……友奈の見間違いだろ」
「そんなことないから。表情とかに余裕がなかったですし。お兄さんは、悩んでいると思ったんです」
「……」
やはり、隠し事はできないなと思い、浩紀はため息を吐いた。
そして、友奈と共に、ソファに腰を下ろした。
「それで、どういった悩み事ですか?」
「……水泳のことなんだ」
リビングのソファに座る二人。浩紀は友奈に話し始める。
夕食前のコミュニケーション。
年下の妹に相談なんて、本当にどっちが年上で年下かわからない。
けど、隠し事をしたままの関係では、確実に友奈は納得しないだろう。
「水泳? お兄さんは一度やめましたよね?」
「やめたよ。中学二年の終わり頃にな」
「でも、どうして、水泳で悩んでいるんですか? もしや、夏芽先輩のことで?」
「違うよ」
「では、どういったことで?」
「昔さ。中学の頃だけど。水泳で優勝してばかりいる俺をよく思わない奴がいたんだよ。そいつのせいで、水泳をやめることになったんだけど」
「そうですか……だから、なんの前触れもなく、あの時やめたんですね」
友奈は納得したように頷いた。
「でも、お兄さんはやった方がいいと思います」
「え?」
「他人の影響で好きだった水泳をやめるとか、そんなことしないでくださいってことです」
隣に座っている友奈から念を押されるように忠告される。
「私、水泳を頑張ってる時のお兄さんの方が輝いていましたから」
「でも、俺は……」
「諦めるんですか?」
「いや、けど、俺は」
「自信ないとか、そんなのお兄さんらしくないです。私……勝手に水泳をやめたから、お兄さんのこと、嫌いになっていた時期はありました」
「やっぱり、冷たい態度をとっていたのは、そういうことだったのか」
「はい」
友奈はハッキリと頷いた。
「でも、水泳をもう一度やってくれるなら、私は嬉しいですけど。お兄さんは悔しくないんですか? 昔、嫌がらせをしていた人が有名になってきて」
「それは嫌だけど……」
「だったら、話は早いです。もう一度、水泳をすればいいだけですから」
「水泳か……」
浩紀は怖かったのだ。
水泳をやろうとすると、中学時代の苦しみが蘇ってくるようで、心が動揺してしまう。
「お兄さんは、もう少ししっかりとしてください。私よりも一年早くに生まれてきておいて、だらしないですよ」
友奈は頬を膨らませ、ちょっとばかり怒って見せている。が、その表情自体が可愛らしく思えてしまう。
確かに過去から逃げてばかりではよくないと、一つ年下の妹から言われ、ようやく気付き始めたのだ。
「……考えておくよ。明日までにはさ」
「まあ、少しでも過去と決別してくれるようなら、いいですけど。一旦、夕食にしましょうか」
ソファから腰を上げる、エプロン姿の妹。
友奈は優しい笑みを見せた後、手を差し伸べてくれた。
確かに考え込んでいてもしょうがない。
妹の友奈に相談したことで、多少なりとも気分が楽になったような気がする。
浩紀は彼女の手に触れた。
暖かい。
人の温もりというか、女の子の優しさを直接感じることができた気がした。
もう、偽るのはやめた方がいい。
他人から批判されたとしても、自分が思う信念を貫き通せばいいのだと――
自分が思っている正しさを、自分が信じられなくなったら、自分が自分ではなくなってしまう。
隠し続けるほど、辛いものはない。
浩紀は決心がついたような気がした。
そして、友奈から引っ張ってもらい、その場に立ち上がる。
友奈は優しい。
おっぱいは小さいものの、それ以上に他人を思いやる心がある。
浩紀は少しだけ、嬉しくなった。
以前と比べ、親しみやすくなった妹と、ようやく心を通わせられた気がしたからだ。
二人はご飯をよそうために、炊飯器のあるキッチンへと向かうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます