第28話 夏芽先輩、大丈夫ですか?

 その週の土曜日。

 夏芽先輩と練習を行う日である。


 地元のプール施設へと向かうのだが、少々時間が違う。

 違うというのは、約束の時間が午前からではなく、午後からなのだ。


 朝食を食べ終え、数時間ほどしてから、十一時頃に自宅を後にする。

 プール施設まではそこまで時間はかからないものの、早めに家を出たくなったのだ。

 夏芽先輩と関わりたいという思いが強く、施設に向かって歩いていた。

 自宅を出る際は、妹の友奈から“いってらっしゃい”と見送られ、今に至るということだ。


 そして、目先には、プール施設の看板が見える。

 アクアプールという施設名。

 先輩は来てるのかな……。


 施設近くのところで、スマホを見、時間確認を行う。

 十一時半か。

 浩紀は、施設内にある受付近くの場所でゆっくりしていようと思い、一先ず中に入る。


 施設の入り口の扉を開けると、何やら騒がしい。

 今日は土曜日であり、平日よりも人の出入りが激しいのである。


「お前さ、後で後悔してもおせえからなッ」

「どうせ、強がってるだけだろ」

「ちッ、今日は気分が悪いし、どっかに行こうぜ」


 とある三人が正面からやってくる。が、ハッキリと、その人らの顔は見えなかった。

 浩紀はあまり関わりたくないと思い、施設に入ったところらへんの壁を見、無言を貫き通す。


 高圧的な発言の人とは関わらない方が吉である。

 その三人の男性の集団は、浩紀の方をチラッと確認するように見ていたような感じだが、そのまま施設からいなくなった。


 はああ……。これで一安心か。

 というか、誰だったんだ?

 そもそも、先ほどの三人は誰と口論していたのだろうか?


 疑問が残るものの、受付近くの待合室フロアに向かうことにした。






 待合室フロアには少し人がいる。簡易的な売店などがあり、昼時である今、待合室で食事をしている人をチラホラと見かけた。

 浩紀は誰もいない席に腰を下ろし、なんとなく暇を潰す。辺りを見渡すが、夏芽先輩の姿は見当たらない。


 まだ、来ていないのだろうか?

 それとも、別の場所にいるのだろうか?

 分からず、なんとなく浩紀はスマホを片手にする。


「……」


 スマホに特にメッセージはない。

 夏芽先輩はどうしてるんだろ……。


 ただ単にスマホ画面を見ててもしょうがない。

 浩紀は検索ページで適当にネットニュースを流し見し始める。


「……」


 ネットニュースには、当たり障りのない感じのことしか記載されていなかった。

 何も大きな起伏のある事件がないことは良いことなのだが、せめて、良いニュースくらいは記載してほしい。


 本当に退屈である。

 浩紀が、別のサイトを開こうとした直後、スマホにメッセージは入った。


 誰だろ……先輩?

 画面上に表示されたのは、夏芽先輩の名前。

 そろそろ、プールで練習をしようということなのだろうか?


 メッセージフォルダを開くと、『プールにいる?』という内容が浩紀の視界に入る。

 夏芽先輩はプール施設に居るのか?


 浩紀は席から立ち上がり、待合室から一旦出る。

 施設何の廊下を歩いていると、薄着姿の先輩を見かけた。


「先輩?」


 浩紀は早歩きで近づいていく。

 夏芽先輩はそこまで元気がなさそうな気がする。

 練習が始まるから疲れているといった感じだ。


「どうしたんですか?」


 浩紀は夏芽先輩の目の前に行くなり、問いかけた。


「ちょっとね、色々と」

「色々?」

「まあ、あのね、私。さっき、プールで練習をしてたんだけど。面倒な人と出会って。口論になってたの」

「口論……もしや、因縁をつけるような口調の集団のことですか?」

「え、ええ……浩紀は知ってる?」

「知ってるというか、先ほど、入り口付近のところで、すれ違ったんですけど」

「何か言われた?」

「いいえ、特には。俺は、その人らの顔とかをハッキリと見ていなかったので、どういう風な人らのかもわからないんですけどね」

「そう……でも、その方がいいと思うわ」


 夏芽先輩は本当に元気が乏しい。

 早く帰りたがっている顔つきであった。


「先輩は、今日は休みますか?」

「そうね。ちょっと、そういう風な気分じゃなかったし」


 本当に大丈夫かなと思う。

 普段なら積極的で、明るい口調が特徴なのだが、そういった魅力が今、全体的に欠けているような感じがした。


 具合が悪いのなら無理をしない方がいいと思う。今後の水泳の試合に支障が出ても困るからだ。


「じゃあ、どうしますか? 一旦、待合室で休んでから帰りますかね?」

「……浩紀って、なんで私が困っているか、詳しく聞かないの?」

「いや、余計に聞いても、先輩が気分を悪くすると思ったので」

「そういうこと考えてたんだ。別にいいのに……むしろ、聞いてほしかったのになぁ」


 先輩は甘えた声で言う。

 一瞬だけ、先輩の雰囲気が明るくなったような気がした。


「……聞いた方がいいですか?」

「聞いてよ」

「じゃあ、聞きますけど、なんでさっき具合悪そうにしてたんですか?」

「ひ・み・つ」


 年上の女の子からの誘惑した口調。


「……さっきと言ってることが違うじゃないですか」

「本当に私が答えると思った?」


 先輩は軽く冗談っぽく笑う。


「……」


 答えないとはなんとなく思っていた。

 無言になり、気まずくなる浩紀。


 その間に、先輩は浩紀との距離を詰めてくる。

 彼女は耳元で、『ナンパされてた』と一言だけ呟いてきたのだ。


 しかも、先輩の吐息が耳元にかかり、不意を突かれた感じに、浩紀は胸元がドキッとし、心臓の鼓動が早くなった。


 な、なにしてくるんだよ、と浩紀は思う。

 年上の女の子からのスキンシップを受け、みるみるうちに気恥ずかしくなってくるのだった。






「ねえ、浩紀? ちょっと、一緒に遊ばない?」

「え? 今日は具合悪いから帰るんじゃ?」

「んん、気が変わったの」

「気の変わり様が早いですね」

「そう? まあ、いいじゃん。今日は水泳じゃなくて、どっかで休も? いつも部活ばかりだと辛いでしょ?」

「まあ……気分転換も大切ですけど。先輩、具合が悪いんじゃないんですかね?」

「少し治ったし。でも、本当に気分悪かったんだからね。だから、浩紀からいっぱいしてもらうから」

「え⁉」


 不意打ち的なセリフに動揺を隠せず、浩紀は後ずさってしまう。


「浩紀ー、もしかして、変なこと考えてた?」


 先輩は耳元から顔を離すと、浩紀と視線を合わせて言う。

 本当に顔が近いって……。


 ただ、からかわれただけなのか?

 けど、不思議と嫌な気分はしなかった。


「ね、行こ、浩紀」


 先輩から手を握られ、浩紀は前かがみになって転びそうになってしまう。


 今日は部活ではなく、単なるプライベート的な休みになりそうだ。

 それもそれでいい。


 爆乳な先輩と一緒に過ごせられるなら何でもいいと思い、浩紀は先輩とプール施設から立ち去るのだった。

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