最終話 そして終わる
「みーくん、そろそろ学校行く?」
「……うん。でも、和葉と一緒がいい」
「あはは、ゆかちゃんに会いにいったら寂しい?」
「うん。嫌だ、一緒にいてほしい」
「じゃあ、そうするね。おてて繋いで行こ?」
「ああ、もちろんだよ」
マナの監禁に会ってからまた一週間経った。
今日ようやく、外出を許された。
和葉は時々俺を置いて外に出かけていたが、手錠はあれ以来されていない。
俺も、逃げようとは思わなくなった。
一緒にいると、なぜか落ち着く。
和葉がいないと、そわそわする。
だから最近では俺の方から和葉に寄っていく機会が増えた。
今日も。
「和葉、明日は休みだから家にいる?」
「うん、もちろん。早くみーくんとの子供作りたいもん」
「はは、そうなったらいよいよ学校いけなくなっちゃうな」
「でも、その分一緒にいられるよ?」
「うん、そうだね。俺も、そのほうがいい」
開き直ったからなのか、すらすらとそんな言葉が出てくる。
嘘は言ってない。
俺は和葉とずっと一緒じゃないと、多分無理だとわかった。
彼女がいなくなった時の恐怖は、もう味わいたくない。
和葉がそばにいれば、そんな怖い思いをしなくて済む。
一緒だと、心が安らぐ。
「みーくん、なんか最近いい顔になったね」
「そ、そうかな? 俺、別に何も変わってないけど」
「んーん、すっごくいいお顔。和葉のことだけ見てくれてるそのお目目も、和葉の匂いだけ嗅いでくれるお鼻も、和葉とちゅうしたくてたまらない様子のお口も、全部素敵だよ」
「うん。和葉以外どうでもいいんだ。もう、学校もあんまし興味ないや」
「えへへ、嬉しいなあ。ね、学校でも隠れてしちゃおうね」
「もちろんだよ」
なんか世界の景色が変わったような気がする。
周囲の視線があまり気にならなくなったし、雑音も耳に届かない。
なんだろうなあ、いいことばっかりだ。
こんなことなら和葉のことをもっと早く受け入れておけばよかった。
「あ、ゆかちゃんだ。おーい」
学校に着くと、和葉にできた親友のゆかちゃん正門のところに立っていた。
そしてその横には、あまり見慣れない男子生徒の姿も。
「あら、おはよう和葉ちゃん」
「えへへ、おはよー。その人がゆかちゃんの彼氏?」
「あら、彼氏じゃないわよ旦那様。ね、ともくん」
「うん。俺はゆかとずっと一緒だから」
随分と淡々としたものいいをする彼は、どこか同じ匂いがする。
そして幸せそうだ。
俺のことも、和葉のことだって見えていない様子だ。
「じゃあまた。お互い忙しいから遊ぶ機会も減るかもだけどね」
「だね。またねー」
俺も。
すぐにその場を去ったその男の顔もゆかちゃんとやらの顔も。
もう、頭に浮かんでこなかった。
◇
教室で、俺に話しかけてくる奴はいなくなった。
土屋も、初音さんも、入学してすぐに仲良くなった人たちも誰もいない。
そういやいるのかどうかすら知らない。
まあ、どっちでもいいんだけど。
「みーくん」
「ん、どうした和葉?」
「ううん、呼んでみただけ。えへへ」
「あはは、なんだよそれ」
俺には和葉がいるから。
むしろ他の連中にかまっている時間はない。
だから今は心地よい。
そういや、どうしてこんな遠くの学校に入学してきたんだっけ。
なんか、今ここに自分がいる理由もよくわからなくなってきた。
「和葉、二学期になったら転校しようか。もう、ここにいる理由がない気がするんだけど」
「うん、そうだね。ゆかちゃんもゆかちゃんで、多分楽しくやるだろうし。和葉もここにいる必要はないかなあ」
「じゃあ、そうしよう。もう、ここに用はない」
そして、誰にも用はない。
そう思うと、先生が何をはなしているのかさえ、耳には入ってこなかった。
◇
「みーくん、ちゅうしよ?」
休日の朝。
和葉は俺を求めてくる。
「うん」
「えへへ、嬉しい。ねえみーくん、和葉ね、ゆかちゃんに転校することをお話しに行くから、ちょっとだけ待っててくれる?」
「え、か、帰ってくるよね?」
「あはは、もちろんだよ。三十分くらいで戻るよ」
「ほ、ほんとに? 俺も、一緒に行ったらダメかな」
「んー、そんなに和葉がいないと寂しい?」
「うん……一緒じゃないと、嫌だよ」
「じゃあ、ゆかちゃんにお話するのは明日にするね。今日は断っとく」
「和葉……よかった、嬉しいよ」
俺は、多分このあと和葉を抱く。
そして明日も、和葉だけがいる世界を望む。
和葉はすっかり怖い顔をしなくなった。
毎日毎日、俺との子供を楽しみに、俺を求めてくる。
俺は随分とパソコンにも詳しくなった。
いつ子宝を授かるかは運次第だけど、そうなったらすぐに和葉のお母さんの会社に世話になると、そう約束されている。
和葉のお母さんには、電話であいさつした。
和葉とずっと一緒にいますと言ったら、快く受け入れてくれた。
なんか、すべてがうまく回っている気がする。
それに、どうして昔はあんなに和葉から離れたがっていたのかも、よくわからない。
こんなに幸せなのに、どうして逃げようと思ったんだっけと、思い出して不思議になる。
友達とバカ騒ぎしたり。
女の子に告白して付き合ったりフラれたり。
そんなことが楽しいと思ってた時期も、あったんだな。
ただ、今は全然興味ない。
体育祭も、文化祭も、どうでもいい。
青春なんて、そもそもいらない。
和葉がいないと、何も始まらないんだ。
だからもう逃げないし、逃げたくもない。
捕まった、というよりは自らそれを望んでいる。
「みーくん。これからもずーっと一緒だね」
「ああ、一緒だね。和葉、大好きだよ」
「えへへ、和葉もみーくん大好き」
今日も長い一日が始まる。
でも、休みの日も学校の日も、晴れの日も雨の日も、多分これからもずっと同じ景色を見続けるんだろう。
時雨和葉。
その子の笑顔を見れば安らいで。
その子の怒った顔に怯えて。
その子が隣にいると落ち着いて。
その子が隣を去ると不安になる。
ずっと、そうなんだと思う。
でも、それでいいやって思う。
ほら。
和葉が笑ってる。
俺も思わず笑ってしまう。
「和葉、ゲームするのか?」
「うん。この前の続き。ラスボスを倒さないと」
「ああ、そっか。前は途中で消しちゃったもんな」
「だね。ラスボスからは逃げられないけど、ゲームはリセットできるから便利だよね」
と。
和葉が言ってから。
また、笑う。
「でも、現実でもリセットなんてことがなくてよかった。大好き、みーくん」
完
ラスボスと幼なじみからは絶対に逃げられないって、知ってた? 天江龍 @daikibarbara1988
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