第13話 そして弁当のおかずを読み上げる

 和葉がこの学校に推薦入学したのは嘘ではなかった。

 その証拠に、推薦入試組が選ばれる学級委員の候補の中に、和葉の名前がしっかりと書かれていたのを俺は見つけてしまった。

 和葉は辞退したらしいけど、しかしこれでますますなぞは深まった。


 どうやって俺が入る予定だった学校を先に知ることができた?

 まさか和葉のやつ、未来予知能力者……いや、そうだったらこんなに疑心暗鬼なメンヘラにはならんだろ。

 じゃあタイムリーパー……なんていねえよな。

 ていうかもしそうだったら、俺は一体何回惨劇の渦に飲まれなければならんのだ。

 別の世界線の記憶が残滓程度でも残ってるわけもないし。


 ……いや、ほんとわからん。

 こればっかりはストーカーとか愛情とかメンヘラとかそういう話で片付かない。


 ただ、授業中ひたすらいろんなことを考えてみても見当もつかず。

 結果として、あきらめた。

 過程はどうあれ、結果として一緒の学校にいることに変わりはない。

 だからあきらめた。放棄した。

 和葉がこの学校に入学できたからくりを知ったところで、過去を変えることはできない。


 だったら考えるべきはそこじゃないと。

 切り替えて前を向くことにした。


「みーくん、お昼だよ? お弁当、ここで食べる?」


 お昼休みのこと。

 和葉が弁当箱を出しながら俺に声をかけてくる。

 中学の時は、毎日交互にあーんをみんなの前でするという公開処刑プレイによって、俺の羞恥心がずったずたに引き裂かれていたわけだが。


「人前が嫌なら、どっか場所変えてもいいよ?」


 こんなことを言うようになったのだから和葉も成長したってもんだ。

 なるほど、やっぱり和葉も確実に大人の階段を昇りつつはあるのだ。


 これなら、逃げなくてもいずれ和葉が普通の愛情深い、ちょっと嫉妬深いだけの可愛い彼女に変貌する未来も可能性としてゼロではなくなる。


 ……これは何かの兆しなのか、それとも。


「みーくん?」

「あ、ごめん……うん、それなら非常階段の方に行こうか。あそこなら人いないし」

「うん。じゃあ行こ?」

「ああ」


 手をつながれて、そのまま一緒に外へ。

 見せつけてくれるぜって感じのため息交じりな愚痴があちこちから聞こえたが、まあそれくらいなら俺の心は痛まない。

 この辺はすっかり和葉に鍛えられている。

 ずいぶんと心が鉄のようになったもんだ。


 なんて感心しながら手を繋いだまま廊下を歩き、非常階段の手前に到着する。

 和葉は廊下にぺたんと座ってから、大きなお弁当箱の風呂敷を解いて、俺に渡す。


「今日はね、いっぱいみーくんの好きなおかず入れたよ?」

「そ、そうか。なんだろう、楽しみだ」


 開けると、色鮮やかな弁当が姿を現す。

 思わず、ほほうと声を出してしまうほど、豪華でうまそうな弁当だ。


「ふふっ、すごいでしょ。にんじんのおひたし、玄米ご飯、たたき、ランプ肉、コンビーフ、ローストビーフ、あとはスモアをデザートにしてみたの」

「すごいなあ。でも、なんか結構ジャンルバラバラだな?」

「ふふっ、ゴロが合わなくて」

「?」

「ううん、私の愛情とメッセージたっぷりだから。食べて食べて」

「う、うん」


 もちろんどのおかずもおいしくて。

 ただ、平らげる順番は、さっき読み上げたとおりにしてほしいといわれ、なぜか先にニンジンのおひたしのあとで玄米ご飯を完食することに。

 なんか栄養学的な意味でもあるのかな?


「ふふっ、食べてくれた。ね、もう絶対に約束だよ?」

「な、何がだよ」

「あれー、ちゃんと約束してくれたら、みーくんがついてる嘘も許してあげようかなって思ったのになあ」

「う、嘘って……いや、だから引っ越しのことは」

「そうじゃなくてね。ま、私のお弁当見たらわかるかな?」

「?」


 俺が弁当を空にした後。

 小さな弁当箱を取り出した和葉は、その中身を見ながら品目を読み上げていく。


「春キャベツ、つくね、ネギトロ、山椒ちりめん、がんもどき、いくら、卵焼き、海苔巻き、しそ餃子、つくだ煮、天ぷら、瑠璃煮、羊羹をデザートにしたの。えへへ、いっぱい作ったでしょ」

「す、すごいな」

「でも、全部は食べれないからみーくんにもあげるね」

「う、うん」


 お腹はいっぱいだったが、断るという選択はもちろんなく。

 それに、満腹でも和葉の料理はうまかった。

 でも、こんなに自分用に弁当を作るのは初めてだな。

 やっぱり、以前と比べて和葉は変わってきたってこと、か。


「ふう。お腹いっぱいだ」

「ふふっ、食べてくれてありがと。確かに伝えたからね。もう嘘ついたらダメだよ?」

「う、嘘なんて……つかないよ」

「そ。ならよかった」


 じゃあいこっか。

 この後、キスをせがまれることもなく和葉はすんなり俺と一緒に教室へ戻った。


 あっさりとしたその態度がまた不気味だったけど。

 俺は和葉が何を言いたかったのかもわからず、目の前にいる機嫌よさそうな幼馴染を見てほっとしていたのだった。

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