第12話 友人は虫になる
「よう悠木、今日も相変わらずラブラブだな」
「あ、おはよう土屋。うん、ラブラブだよ」
懲りもせず、俺たちに朝から絡んでくる土屋からは目が離せない。
空気が読めないタイプではなさそうだが、悪気なく口を滑らせそうなタイプではある。
昨日、初音さんと三人でカラオケに行ったことをうっかり話さないか、目が離せない。
いや、今は早々に離れるべきか。
「ま、そういうわけだから。行こう和葉」
「え、なんで? 土屋君とは仲良しなんだよね? どうしてそんなに離れたがるの?」
「い、いや。だって」
「男の人と話すのはいいよ? それとも、土屋君と私が話してまずいことでもあるの?」
「……」
やっぱり和葉は、昨日のカラオケの件を疑っている。
だから土屋に本当は誰と行ったのか、聞こうとしてるに違いない。
まずい。あまり無理やりこの場を離れようとすれば、そのほうが疑わしく思われる。
……頼む土屋、何もしゃべらないでくれ。
「ねえ土屋君、昨日のカラオケ楽しかった?」
「え、まあそうだな。でも、こいつは先に帰っちゃったから」
「へえ。誰と行ってたの?」
「誰って……二人だよ」
「二人……ふうん。じゃあ、そのあと一人カラオケしたの?」
「え、ええと。俺も結局すぐに出たよ。それが何か?」
「……ううん、別に。ごめんね、私が急かしたの」
土屋はなんとか空気を読んでくれた。
まあ、後ろで俺が必死に腕でバツマークを作って黙っててくれと鬼の形相でアピールしたからさすがに伝わったのだろう。
しかしこれで一安心。
土屋よ、お前も処刑にならずに済んだぞ。
「なあんだ。てっきり誰かいたと思ったのになあ」
席に着いた和葉はつまらなさそうにつぶやく。
でも、この感じだとストーカーをされてたって線はなさそうだ。
ただの憶測か、女の勘か。
どちらにせよ、俺の寿命は少し伸びた。
「な、言っただろ? あと、別に土屋と離れたかったのだって、俺以外の男子と和葉がしゃべるのは嫌だからだよ。和葉、かわいいから狙われたらいやだし」
もちろんアフターケアも忘れない。
こういう一言が後々に効くのだ。
「みーくん……うん、ごめんなさい。和葉、みーくんの気持ちも考えずにあんなクソ虫と会話しちゃった。和葉のこと、めってしていいよ?」
「し、しないよ。でも、もう男子と話さないでくれる?」
「うん。みーくんがそう言うなら、そうする。えへへ、偉い?」
「うん、偉いよ。ありがと」
さりげなく頭をなでてやりながら、しかし自分で自分の首をがっつり絞めたなと後悔した。
あと、土屋はクソ虫らしい。
そのうち殺虫剤とか巻かれないことを祈ろう。
「じゃあ、和葉は偉い子だから、今日は帰ったらいっぱいお話しようね?」
「言われなくてもするって。和葉、今日はまっすぐ家に帰ろ」
「うん。えへへ、なんか嬉しい。和葉、やっぱりお友達いらないかも」
このまま俺にキスしてくるんじゃないかってくらいに和葉は甘えてくる。
それを、また多くのクラスメイトに見られて冷ややかな視線を送られる。
……やっぱり和葉から逃げるなんて無理なのか?
いや、そもそも逃げようって選択が間違ってるのか?
ただ、ずっとこうやって和葉の機嫌をうかがって、何かに怯えながら暮らすということに、若干十六歳の俺はまだ抗いたい気持ちがある。
さて、どうしたものか。
まあ、今朝決心したことではないが、いくら和葉がラスボスだろうと幼馴染だろうと、攻略法はあるはず。
逃げ道がないならまずはそこから。
俺の話は都合のいいこと以外聞かないけど、それなら一体誰に説得してもらったら、和葉は改心するのだろうか。
「あ、時雨さん」
と、悩みながら和葉の笑顔を見ていたところで和葉に声をかける女子が。
名前は知らない子だが、昨日和葉たちと一緒にファミレスに行ってた集団の中にいた子だ。
「ゆかちゃん? どうしたのー?」
「ごめんねせっかく仲良く話してるところで割り込んで。ね、昨日お願いした件なんだけど考えてくれた?」
「んー、もうちょっと考えるね。ごめんね、せっかくのお誘いなのに」
「ううん、いいよ。来週まで時間あるから」
用件を伝えると、ゆかちゃんと呼ばれるその子は遠慮気味に離れていく。
背の高い美人だ。
初音さんとは少しタイプが違うけど、凛々しいきれいな子だなあ。
この学校って、女子のレベル高いんだよなしかし。
うーん、ますます和葉がいない世界線を一度でいいから旅してみたかった。
「ごめんねみーくん。さっきのはゆかちゃんって言って、昨日一番よく話した子なの」
「そ、そうか。なんだ、すっかり友達いるじゃんか」
「うん、きれいな子から順番にって思って。みーくんの好みなら、知ってるし」
「い、いや。名前も知らない子を好きになったりしないだろ」
「じゃあ名前知ったから好きになるの?」
「そ、そういう意味じゃないよ……」
「ふうん。ま、さっきの話は断るつもりなの。なんかね、クラスの男女十人くらいで集まって、ワイワイしないかってことだったんだけど」
「へえ。合コンみたいなもんかな?」
「行きたいの?」
「い、行きたくない、よ?」
「うん、断っとく。みんなの前でチューして、みーくんとの仲の良さをアピールしようかなって思ってたけど、その必要なさそうだし」
「そ、そうか。うん、任せるよ」
なんとまあ、この学校では合コンまであるのか。
しかもさっきのゆかちゃんって子みたいにかわいい子が来る場なら、ぜひとも行ってみたかったものだけど。
ま、どっちみち和葉がいたら楽しめないし、敢えて地雷を踏みに行く必要はない、か。
「みーくん、そろそろ授業始まるよ」
「あ、そうだな。そういや、和葉ってここ受験するときどうしたんだ?」
「え、どうもこうもないよ? 推薦だから」
「ああ、それなら何も心配は……え、推薦?」
「うん。だからみーくんが私のためにいっぱい勉強して頑張ってるところ、ずっと見てて嬉しかったんだあ」
「い、いや。お前は地元の公立を受けるって」
「言ったけど、変えただけだよ? え、それが何か?」
「……」
「でもー、どこに引っ越すのか言ってくれないまま慌てて先にお引越ししちゃったから、おうち探すのに結構時間かかっちゃったんだから。みーくんったら、うっかり私を置いていっちゃうんだもんね」
「あ、いや、まあ」
「忘れていったんじゃないの?」
「わ、忘れていったというか、ええと、ご、ごめんほんと、うっかりして、た」
「だよね。えへへ」
え、いったいどういうこと?
推薦って、秋には決まってるはず、だよな?
で、俺は三月のギリギリまで待ってここを受験した。
本当に偶然、なのか?
いや、ありえない。
全国から学校を探したんだぞ俺は?
一体この日本にいくつの高校が存在するっていうんだ。
……。
「あー、また難しい顔してる」
「え、ああ、ごめん」
「ううん、悩んでる顔も好き。でも、悩んでも無駄だよ」
だって。
頬杖をつきながら和葉は笑った。
「和葉とみーくんは、絶対離れない運命なんだもん」
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